第10話 頑張りましょう
慌ただしい日々が過ぎ、あっという間にカニルーニャ家御一行が到着する日になった。
慌ただしいとは言っても、それはうちの家来衆がそうだっただけで僕自身は特にすることなかったけど。
強いて言えば歓迎の宴の際に着る服について、アリス・イリナのメイド陣と一悶着あったくらいか。
赤、黄、金などのどう考えても派手すぎる色味の布地を押し付けてくる二人に、黒、白、灰、銀の服がいいと主張する僕。
派手な色味の服は上級貴族しか身につけることが許されない色であり、それを纏うことでカニルーニャ側におもてなしの意を表すべきだと連日の説得を受けた
しかしそこは僕も譲らない。
相手も伯爵家だし、上級貴族だから。
同格相手にうちは上級貴族でござい! ってアピールするのって逆効果だと思うんだよなあ。
金持ちが金持ち相手に『俺は金持ちだ!』って言うのと同じ理屈でしょ?
それよりも僕たちが意外と慎ましく生きてることを伝えるべく、地味な服で応対する方がいいと思うんだけどなあ。
……などと言っていましたが、僕はここ最近、毎日真っ赤な布地に黄色や橙で縁取りをしたピエロみたいな服を着て過ごしています。
原因の一つは金持ちが金持ちだと主張して何が悪いの? という世界観ギャップが埋められなかったこと。
金持ちは金持ちというステータスであり、上級貴族は上級貴族というステータス。
だからそれを誇ることはなんら恥ずべきことじゃないということだ。
勿論それを笠に着て横暴を働けば眉を顰められる結果になるけど、こと縁談においてはアピールの一つなので相手にもわかりやすく、喜ばれるだろうということだった。
それに加えて初日にした約束を持ち出されてしまい、敢えなく白旗を上げることになった。
そう、人前に出るときのコーディネートを任せるという約束だ。
言ったよ、確かに言った。
だって目覚めてすぐこんな服着たくないし、そりゃあ先送りするだろうさ。
まさかこんなにすぐ約束を履行することになるなんて思わないじゃないか。
恨むぞ過去の僕よ。
お前が先送りした難は、将来というにはあまりにも短いターンでお前を苦しめることになった。
「お似合いです旦那様。差し色の橙が映えますわ」
「本当に素敵です! その服をお召しになった伯爵様をご覧になれば、エイミー様も一眼で恋に落ちること間違いありません!」
「お兄様かっこいい! ねえ、お仕事終わったらそのお洋服を着て遊んでくださる?」
「あー、まあいいんじゃね? ほら、着飾れるっつうのも貴族の特権ってやつだし。俺? 貴族にしてくれるっつってもそんな目立つもん着るのはゴメン被るわ」
「流石はお館様。上級貴族の色をそこまで完璧に、上品に着こなすとは。感服いたしました」
「うお! びっくりしたあ。ああ、縁談のための服ですかい? そういや王宮の奴らもキンキラキンキラしたやつ着てやがりましたね。縁談の間だけですし、頑張ってくださいな」
「服など飾りでございます。レックス様の心持ち次第で見る目も変わるでしょう。背を丸めていては服に負けてしまいますぞ?」
四勝(アリス、イリナ、ユミカ、オドルスキ)二敗(メアリ、マハダビキア)一分(ジャンジャック)ってとこか?
でもこの家の人達は基本僕に肯定的だからこの戦績は当てにならない。
特にオドルスキとユミカは僕が何したって肯定する気配がある。
が、もう決まってしまったことを嘆いても仕方ない。
仕方ないと思わないとやってられないが本音だけど、少しでも慣れよう。
「お館様。兵がカニルーニャ家一行を目視いたしました。数は約20。予想の範囲内の人数と言ったところですな。最低限の武装が見られるようですが、それは我々と言うより、万が一魔獣が現れたときのための備えといった様子のようです」
「ああ。時間もジャンジャックの予想どおり、か。流石だな。それじゃあ皆配置に着くよう伝えてくれ。オドルスキは兵士たちにカニルーニャ家が門を潜り次第、屋敷を取り囲むよう伝達。蟻一匹通すなと伝えてくれ」
「はっ!」
ガチャで引きあてた騎士団パック。
あんまり気にしてなかったけど、兵士達は普段、屋敷に併設された詰所に常駐しているらしい。
先日覗きに行ったら運動場みたいな場所で一心不乱に訓練を行っていた。
ジャンジャック曰く練度は高いらしいので屋敷の守りを指示しておく。
いくらオドルスキやメアリが強くても、一人でカバーできる範囲はたかが知れてるからね。
ちなみに彼らにも先日の竜肉は行き届いている。
「旦那様、カニルーニャ家御一行が到着なさいました。玄関ホールにお願いいたします」
「ああ、わかった。すぐに行こう」
さて、この派手な服を見てどんなリアクションをされるか心配だけど、男は度胸だ。
今日僕についてくれる予定の二人に改めて声をかける。
「ジャンジャック、メアリ。頼むぞ」
「御意」
「畏まりました」
うん、すごい違和感。
メアリですよ。
普段は口の悪い美少年なのに、この日が近づくにつれてどんどん美少女が完成していった。
今朝、髪を結い、軽く化粧をした彼を見て鳥肌が立ったよ。
どこのアイドルだお前は。
顔だけじゃなくて挙動や言葉遣いも完璧に女子だし、普段低めの声もハスキーで通るとこまで調整されている。
「どうされました? ご主人様」
「いや、早く元のメアリに戻ってほしいからさっさと終わらそうと思ってな」
「まあ! ふふっ。余計なこと考えずにやることやってくれりゃあ結構ですよ。頼むぜ兄貴」
混ざってる混ざってる。
その顔と声で地を出すな混乱するから。
ほらジャンジャックが睨んでるしアリスも怖い顔してるぞ。
ユミカだけは小さな拳を握り締めてお姉様頑張ってって応援しているのが癒しだ。
「さあ、行こうか。まあ命のやり取りという訳でもない。あまり緊張し過ぎないように。アリスとイリナは先に玄関ホールへ。何か用件があれば聞いておいてくれ」
「承知いたしました。行くわよイリナ」
「はい! では行ってまいります伯爵様」
さて、エイミーちゃんと初顔合わせだ。
僕が玄関ホールに着くと、報告を受けたとおり二十人程度の集団が整列していた。
先頭には禿頭と白い顎髭が目を引く老人
ざっと見たところ女性は一人もいない。
僕が現れたのに気付いた老人が恭しく頭を下げる。
「カニルーニャ伯爵家にて家宰を務めております、ハメスロットと申します。以後お見知りおきくださいませ。ヘッセリンク伯爵様におかれましてはこのような貴重なお時間をいただき」
「ああ、そのような前置きは不要だハメスロット殿。で? 見たところ、エイミー嬢がご不在のようだが、理由を教えてくれるかな?」
カニルーニャ家一行がやってきた。
予定ではこの後に顔合わせがてら軽く懇談して晩餐会という段取りだったはずだけど、なぜか肝心のエイミー嬢がいない。
どういうこと?
「お嬢様は長旅の疲れが出たようで……申し訳ございませんが、準備していただいた部屋で先に休ませていただいております。ご容赦ください」
控えていたアリスが軽く頷いた。
イリナがいないのはエイミー嬢を部屋に案内してるからか。
疲れ、ねえ。
そんなキャラだったか?
報告じゃオドルスキ相手に生き残れるレベルで屈強っていう話じゃなかった?
「……そうか。なら仕方ない。無理はさせられないし、晩餐会も延期しようか?」
「いえいえ! それには及びません。少し休めば持ち直すとおっしゃっていましたので。問題ございませんとも」
「ジャンジャック?」
「こちらとしても問題はないかと。晩餐会と顔合わせを兼ねてということでいかがですかな?」
マハダビキアの段取りに影響がないなら僕は一向に構わないけどね。
今日に向けて相当気合いが入ってたから、やる気を削ぐようなことはしたくない。
部下のモチベーション管理は風通しの良い職場づくりの基本だ。
「ありがとうございます。お嬢様も安心されるでしょう。着いて早々の無礼を嘆いていらっしゃいましたので」
「身体を壊しては本末転倒だからな。時間までゆっくりされるよう伝えてくれ。家来衆の方々もささやかではあるが軽食と茶を用意している。疲れを癒してくれ」
「重ね重ねのお心遣い、感謝いたします。では、これにて」
「メアリ、皆さんを案内するように」
「畏まりました。では、参りましょう」
メアリが家来衆を引き連れて階上に消えていく。
エイミー嬢も家来衆も屋敷の2階にある来客用フロアに寝泊まりしてもらう段取りだ。
なんでこの屋敷は無駄に部屋が余ってんのかね。
雑魚寝可能な大部屋とか何を想定してるのか誰か説明してほしいもんだ。
【説明いたしましょうか?】
いや、大丈夫です。
【そうですか……何かあればお声掛けください】
頼りにしてるよ。
それより今はカニルーニャの皆さんについてだ。
部屋に戻って早速ジャンジャックと擦り合わせを行う。
「さて、どう思う? エイミー嬢だが、ジャンジャック達が訪問した時の印象とズレがあるな。長旅の疲れが出て休息が必要になるタイプだったか?」
「ふむ。答えは否、でございます」
「となると、病気でも患ってるか。それとも何か企んでる? いや、まさかな。縁談と偽って遠路遥々やってきて、同じ伯爵家同士でどんぱちやらかすつもりなんかないだろう。特にうちのような旨味の少ない領地を狙うか?」
旨味があるのは僕やオドルスキみたいな人種がいてコンスタントに魔獣を狩れるからであって、そうでもなければ毎日命の危険に怯えながら屋敷に籠るしかない。
そうこうするうちに税金を払えと国にせっつかれるハメになる。
改めて考えると酷い領地だな、ここ。
「家宰のハメスロットさんのことは昔から知っておりますが、忠臣を絵に描いたような男でございます。滅多なことはしないと思いますが、さてさて」
「念のためにマハダビキアに軽いものも作っておいてもらうか。病気なら晩餐会用の料理はしんどいだろう」
「御意。早速伝えてまいります」
ジャンジャックが出て行くのと入れ替わりにメアリが帰ってきた。
人の目を警戒して侍女モードのままだ。
「失礼いたします。カニルーニャ家の皆様を部屋に案内してまいりました」
「ご苦労様。僕しかいないから力を抜いていいぞ。で? どうだった」
それまで完璧な美少女だったものが、ふっと力を抜いたように見えた次の瞬間には、見慣れた柄の悪い美少年に戻る。
「家来衆の方は特に何も。絵に描いたような質実剛健の士って感じ。多少色目使ってくる輩がいるかと思ったけど全然だったな。ついでに嫁さんの部屋も覗いてきたけど、こっちは問題あり。疲れてるは、完璧に嘘」
「なぜわかる?」
「信じられねえ勢いで飯食ってやがったぜ?侍女が両手で抱えるレベルの馬鹿でかいバスケットの中にパンパンに詰まったサンドイッチを光の速さで胃袋に収めてる感じ」
えー。
なんだろ、逆に興味湧くんだけど。
「おう変人伯爵。興味津々って顔してんじゃねえぞ」
「失敬。体調を崩しているならと、気を使ってマハダビキアに軽い食事を作るよう指示したのは無駄だったかな?」
「あ、それ俺がもらうわ。最近おっさんの試作に付き合って重たいもんばっかだったからな。スープとかサラダとか粥とかが食べてえんだよ」
いくらマハダビキアの腕が確かでも、パーティー料理だから味付けも濃いのが多い。
我が家の家来衆、若い男がメアリしかいないから自然と試食役は彼に固定されたんだよな。
アリスとイリナは太るからと固辞してるし、オドルスキとジャンジャックはそんなに食えないと拒否。
ユミカはそもそも子供だ。
「好きにしろ。さて、どうするか。体調不良でないのであればそれにこしたことはないが……いや、考えても仕方ないか。メアリ、念のために、警戒を強めるようジャンジャックとオドルスキに伝えろ。あと、ユミカをここに連れてきてくれ」
「ユミカ? 何考えてんだよ兄貴」
「うちの可愛い妹によからぬことをする輩がいないとも限らないからな。僕の側に置いておく。アリスとイリナにはオドルスキを付ける。マハダビキアは、なんとかなるだろう」
「男には冷てえのな。俺と爺さんがついておくよ」
「それは頼もしい。では向かってくれ」
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