第80話 肩と胸

 ある日のこと


 翔一の自宅にて、美織が憂鬱な声を上げていた。


 「うんん……肩凝った」

 「大丈夫か?」

 「大丈夫じゃないわ。翔一、肩揉みなさい」

 「せめて『ください』だろ」

 「はいはい、揉んでください」

 「主語を取るな、主語を」


 そう言って、俺は美織の肩を揉み始めた。

 時折、彼女は俺に肩もみを依頼することがある。


 俺としてはあまり問題はないのだが、先ほどみたいに主語を抜いて公衆の面前で「揉んで」とか言い放つから困りものである。


 肩もみ自体は、やましい行為でもないのだが、綾乃は俺がほかの女に触れることについて嫌な感情を持っていないか不安だが、本人曰く、美織なら別にいいんだそうだ。


 まあ、彼女もパソコンと向きっきりのことなんてよくあるから、肩も凝りやすいのだろう。

 それを放置するわけにもいかないからな。なんせ、肩凝りのせいで頭痛が起きるからな。


 小5くらいの時に、それで美織がイライラしているときは本当に大変だった。


 「はあ……気持ちいいわ。本当、翔一はなにやらせてもプロ顔負けの結果を出すわよね」

 「まあ、これに関しては、なんだかんだ1年以上やってるからな。それより、やっぱりパソコンと向き合いすぎなんじゃないのか?」

 「違うわよ。私の場合は、おっぱいが大きいから凝りやすいのよ」

 「そういうものなの?」


 胸が大きいから肩が凝る。

 よく聞く話ではあるが、体感できないので、よくわからん。


 だが、よく考えてみれば肉の塊が胸部にぶら下がっている。と、考えられる。そう思うと納得ではあるな。


 「なに考えてるかはわからないけど、翔一、とりあえずその考えは人に言っちゃだめよ」

 「な、なんでそうなる」

 「あなたがその顔をするとき、たいてい碌なこと考えてないんだもの」

 「そうか?」

 「長年の勘よ。私たちは一緒に過ごした幼馴染なんだから。なんとなくわかるわ」


 そう聞くと、俺は美織に嘘はつけないかもな。


 しかし、俺も美織の考えることの少しくらいはわかる。俺も俺とて、彼女と苦楽を共にした幼馴染だ。わからないことのほうが少ない。


 そんなこんなで過ごしていると、綾乃が家にやってきた。


 「お邪魔します。―――あれ?みおちゃん、来てたの?」

 「うん、来てるわよ。ごめんなさいね、あなたの婚約者、借りてるわ」

 「ううん、大丈夫だよ。それにしても、胸が大きいって大変だねー」

 「本当、大変よ。好きでもない男から見られるし、重いし、ブラの大きさ見つけるのだるいし、良いことないわよ」

 「そんなことないよ。みおちゃんはすごくいい体してるから、好きになった男の子を悩殺できるよ」

 「……それは私への当てつけかしら?」


 そう美織に言われて、綾乃はハッとした。


 美織が俺のことを好きだということを思いだした。しかも、自分が婚約者になったことで、その好きな人を奪ってしまっているということを。


 「っ……ご、ごめんなさい」

 「……ふふっ、良いわよ。ちょっとからかっただけ。私の好きな人が幸せになってくれればいいのよ」

 「うん……ごめんね」

 「いいわよ、あんまり謝ってばかりいると、肩もみしている翔一の手を、今すぐ私の胸に押し当てるわよ」

 「そ、それはダメっ!」

 「はて?どうしてかしら?」

 「そ、それは……みおちゃんの胸に比べたら、私のなんてちっさいから……」


 その言葉を綾乃は、顔を赤くしながら答えた。

 いじらしくて、ものすごく可愛い顔だ。


 そんな表情を見た美織は、俺に肩を揉まれたまま自分の胸を持った。


 「綾乃、胸は大きさじゃないわ。ハートよ、ハート」

 「で、でも、男の子は大きいのが好きだって……」

 「ていうか、綾乃も十分あるじゃない。世の中には揉むほどの大きさもない子がいるのよ」

 「そ、それは極論過ぎないかな……」

 「なあ、2人とも俺がいること忘れてないか?」


 俺がいることを忘れているのか皆目見当はつかないが、おおかたおぼえているとは思えない勢いでガールズトークを花開かせている。

 いや、ガールズトークか?


 内容が内容だけに、わからんな。


 だが、俺が声を出したことによって、綾乃は顔を真っ赤にして自分の胸を庇うように腕を組んだ。


 「し、ショウ君のエッチ!」

 「ちょっと待って、俺何もしてないよ」

 「綾乃、見なさい!」

 「ふぇ?」

 「この男の顔をよく見なさい!この綾乃に向けている汚れた欲望の目を!」

 「待て待て待て!そんな目はしてねえ!」

 「こいつは、あなたの胸に興味津々よ!」

 「みおちゃん、なんか自信出てきた!」

 「だから、そんな目はしてねえって!」

 「うっさいわよ、翔一!」

 「えぇ……」


 ここ俺の家だよね?この二人がいると、俺の立場がどんどん低くなるんだけど……


 その後も、俺を黙らせた2人は自分たちの胸―――もとい、おっぱいトークに花を咲かせていた。そんな中で、俺は美織の肩を揉んでいるのだから、シュールなことこの上ない。


 そうしていると、今度は結乃が帰ってきた。


 「ただいまー!って、あや姉とみお姉きてる?」

 「お帰り結乃ちゃん、来ちゃってるよー」

 「邪魔してるわ、結乃」

 「2人ともこんにちわ。なに話してたんですか?」

 「私たちのおっぱいについて話してたのよ」

 「なにそれ!―――私も混ぜてください!」


 そのまま、結乃も話の輪に入ってしまった……


 内容は、巨乳がどうだとか貧乳はここがいい!だとか、普段の男子が想像しないような、下世話な女子たちの会話だった。


 「それで、お兄ちゃんは貧乳と巨乳、どっちが好きなの?」

 「うわっ、飛び火してきた。てか、言っちゃえば、この場に貧乳いねえじゃん。詰まるところ、俺の回答って巨乳しかできなくない?」

 「翔一、綾乃は巨乳じゃないわ!神乳よ!」

 「新たな選択肢を作るなっ!」


 しかし、巨乳と貧乳か……

 あいにく、貧乳の異性というものを感知した記憶がない。


 母親も、結乃に遺伝するように大きいし、美織も綾乃も、その姉もみんな大きい。だから、どちらがいいと聞かれてもわからない。


 だが、好みを答えるのだとしたら……


 「揉めるくらいあればいいかな……」

 「「「変態だ!」」」

 「男だったら、こんなもんだぞ!?」

 「し、ショウ君、そういうのは高校卒業してからっ!」

 「わ、わかってるよ。お互いに責任持てるようになってから。だろ?」

 「わ、わかってるならいいよ」

 「あら?翔一がのろのろしてるのなら、私が綾乃の胸揉みヴァージン奪っちゃうわよ」

 「わけのわからないことを……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る