4 ミッドウェー島炎上

 第一機動部隊、第二機動部隊からそれぞれミッドウェー島に向けて攻撃隊が発進したのは、七月五日〇一三〇時(現地時間:七月四日〇四三〇時)前後のことであった。

 第一機動部隊(第一航空艦隊)から発進したのは、翔鶴の零戦九機、九九艦爆十二機、九七艦攻十二、瑞鶴の零戦九機、九九艦爆十二機、九七艦攻十五機の計零戦十八機、九九艦爆二十四機、九七艦攻二十七機の総計六十九機であった。

 攻撃隊指揮官は瑞鶴飛行隊長の嶋崎重和少佐である。

 一航艦がミッドウェー沖に到達した時点で、すでに艦隊では米空母の出現は確実視されていた。それは二式飛行艇による真珠湾偵察や、乙散開線と定められた哨戒線に配備された第五潜水戦隊の報告から考えて、明らかであったからだ。

 もちろん、南雲中将を始めとする一航艦司令部は、米機動部隊の撃滅こそ主たる目標であると思っていたので、五航戦航空隊の一部をミッドウェー攻撃に振り向けることに出撃前から反対していた。

 そもそも、五航戦は一時期、第二艦隊を基幹とする第二機動部隊に編入されることが検討されていたのである。

 第二機動部隊と言えば確かに勇ましい響きであるが、実態は小型空母三、商船改造空母一からなる小規模空母部隊に過ぎない。そのような空母だけでミッドウェーの基地機能を破壊するのは、困難であると思われていたからだ。

 しかし、一航艦の母艦航空戦力が引き抜かれることに対して、特に源田実航空甲参謀が猛烈に反対した。出撃前の艦隊司令部同士の打ち合わせでは、第二艦隊の白石万隆参謀長との間に激論が交わされ、一時は両艦隊司令部の間に非常に険悪な雰囲気が流れたほどであった。

 結果、五航戦の第一次攻撃隊のみをミッドウェー島攻撃に振り向けることで妥協が成立して、嶋崎がその任を担うこととなったのである。第二艦隊の近藤信竹中将の方が第一航空艦隊の南雲忠一中将よりも先任であり、一航艦側が要請を断りづらいという面もあった。

 また、この妥協の成立には、第二機動部隊に編入されることとなった戦艦日向艦長・松田千秋大佐が、航空隊によるミッドウェー基地施設の破壊が不十分な場合には戦艦による砲撃で破壊すれば良い、という趣旨の発言をしたことも関わっている。

 この松田大佐は出撃前の図上演習において赤軍(米軍)を担当して、一航艦に壊滅的打撃を与えることに成功した人物でもあり、演習とはいえ実際に一軍を率いた人間として、与えられた戦力を有効に活用しようという意図からの発案であった。

 ある意味で、戦力集中の原則と、敵艦隊と敵基地という二つの目標を同時に攻撃しなければならないという作戦構想の狭間で出された、苦肉の策であったかもしれない。

 そうした背景を抱えつつ飛行する五航戦攻撃隊の眼前に、ミッドウェー島は姿を現わした。






 一方、攻撃を受ける側となったミッドウェー基地では、この日の日の出と共に航空隊の発進を行っていた。

 まず、カタリナ飛行艇が索敵のために発進し、次いで南西に発見されたジャップ「主力部隊」攻撃のためのB17、B26、SB2Uヴィンディケーター、SBDドーントレス、TBFアヴェンジャーなどが発進した。

 ニミッツ長官やフレッチャー少将と違い、ミッドウェーの航空隊は昨日、発見された南西の敵艦隊が紛れもなくジャップ空母部隊の一群であると判断していたのである。

 ただ問題は、これら攻撃隊の所属が陸軍航空隊、海軍航空隊、海兵隊航空隊の寄せ集めであることであった。だがとにかくも、ジャップの空母に打撃を与えなければならないと考えて、航空隊は出撃に踏み切った。

 インド洋における英セイロン航空隊のように一隻でもジャップの空母を使用不能にさせることを狙っていたのである。そうすれば、味方空母部隊の負担も少しは軽くなるだろう。

 また、その傍らで、防空戦闘のための準備も進められている。海兵隊のシャノン大佐の指揮の下、兵員たちは対空火器に取り付いて高射砲や機銃を上空に向けている。戦闘機隊長パークス少佐らの搭乗する戦闘機も、上空に上がっていた。

 この時、ミッドウェー島の空を守る戦闘機の合計は、F4Fワイルドキャット六機、F2Aバッファロー二〇機の計二十六機であった。ただし、バッファローは搭乗員たちが「空飛ぶ棺桶」と呼ぶような機体であり、戦力としてどこまであてになるのかは不明であった。

 そして、ミッドウェー島のレーダー基地が日本の攻撃隊の機影を捉えると、これら戦闘機は基地からの誘導に従って迎撃へと向かっていったのであった。

 そして、その下ではあのジョン・フォードが助手のウィリーと共に懸命にカメラを回していた。






 嶋崎少佐は、青く美しく輝く海上に浮かぶ二つの島の内、西側のサンド島に向けて攻撃隊を導いていた。事前に、第一機動部隊がサンド島、第二機動部隊がイースタン島担当という合意がなされていたのである。

 不意に、艦攻、艦爆隊の上空を飛ぶ岡嶋清熊大尉の零戦隊が落下増槽を切り離して速度を上げ始めた。翼を振り、敵機発見の合図を送ってくる。

 見れば、ミッドウェー島の上空に黒い粒があり、それらが急速にこちらに向かってこようとしていた。

 一瞬、嶋崎の脳裏に同士討ちの危険性が過ぎったが、第二機動部隊の攻撃隊がミッドウェー島を通過してわざわざこちらの攻撃隊に合流しようなどということは聞いていない。

 間違いなく、敵の迎撃戦闘機だろう。

 やはり、ミッドウェー空襲は強襲となったか。嶋崎は自身の予測が的中したことに、安堵と緊張を覚えていた。

 敵空母部隊の存在をこちらの潜水艦部隊が捕捉した以上、アメリカ側にこちらの意図はある程度、見抜かれていると考えていい。

 なればこそ、ミッドウェー上空で敵戦闘機の迎撃があるかもしれない。嶋崎は事前に岡嶋にその懸念を伝え、艦攻、艦爆隊の護衛に全力を尽くしてくれるよう、命令していたのである。

 そして、岡嶋は嶋崎の期待に応えようとしてくれていた。帆足たくみ大尉率いる翔鶴戦闘機隊と共に、敵機に向かっていく。


「よし、我々は制空隊が敵機を相手取ってくれている間に突破するぞ!」


 二十七機の九七艦攻と二十四機の九九艦爆は、速度を上げてミッドウェー島上空に突入しようとしていた。






 海兵隊のジョン・カレー大尉率いるF4F隊は、鈍足のバッファロー隊に先んじて北西方面より現れたジャップ攻撃隊に対して攻撃を仕掛けた。

 だが、結果としてそれは勇み足に過ぎた。

 四機のワイルドキャットに対して、日本側の零戦は十八機。

 カレー大尉はジャップ攻撃隊の隊長機を狙おうと降下を始めたところで、さらに上空から現れた零戦に襲いかかられた。零戦の二〇ミリ機銃が火を噴き、たちまちカレー大尉機は操縦不能に陥ってしまう。辛うじてミッドウェーの海面に機体を不時着させることには成功したものの、一発の機銃弾も九九艦爆ヴァル九七艦攻ケイトに命中させることなく、空戦からの退場を余儀なくされたのである。

 彼の二番機を務めていたキャンフィールド中尉機もまた同様の運命を辿った。零戦の機銃に補助翼とフラップを吹き飛ばされ、やはり一発の機銃弾もジャップ攻撃隊に叩き込むことなくパラシュートで脱出することになった。

 後続するバッファロー隊もまた、同様であった。むしろ、機体が旧式化していた分、彼らの方が悲惨であったかもしれない。

 ミッドウェー島上空に嶋崎少佐の攻撃隊本隊が辿り着くまでに火焔を吐いて撃墜された機体は、すべてが合衆国側のものだったからである。

 そして、その空戦に少し遅れて、第二機動部隊を発進した志賀淑雄大尉率いる攻撃隊もまた、ミッドウェー上空に姿を現わしつつあった。






 嶋崎少佐の攻撃隊がミッドウェー島上空に達すると、地上から幾つもの瞬きが発生した。

 島に備えられた対空火器が射撃を開始したのだろう。

 数瞬後、対空砲火の炸裂に伴う振動が攻撃隊の各機を襲う。空に黒煙が生じ、それが輪となって現れては風に流されて消えてゆく。

 真珠湾以来、何度となく敵地の上空に飛び込んできた嶋崎にとっては、この程度で臆するものではない。ただ冷静に操縦桿を操り、機体を爆撃針路に乗せていく。


「ちょい右……、ちょい左……」


 偵察員の言葉に従って、機体を繊細に操る。


「―――宜候!」


「てっ!」


 その瞬間、投下索が力一杯引かれ、九七艦攻の胴体下から八〇〇キロ爆弾が切り離される。急に軽くなった機体が浮き上がるのを制御しながら、嶋崎は偵察員から命中の報告が上がるのを待っていた。






 ミッドウェー上空には黒い煙の花が咲きつつ、その中を突っ切るようにジャップの攻撃隊が突入してきた。

 綺麗に編隊を組んだ九七艦攻ケイトが大型爆弾を投下し、逆落としに突っ込んできた九九艦爆ヴァルが爆弾を叩き付けていく。

 飛行艇格納庫の上でカメラを構えているフォードとウィリーの周囲にも、爆弾は容赦なく降り注いでいた。

 友軍戦闘機とジャップ戦闘機の空戦を、地上で対空砲火を撃ち上げる守備隊兵士を、そして爆弾を投下していく敵機と炎上するミッドウェー島を、カメラに収めつつフォードは歯軋りする思いであった。

 自分がただ地上でカメラを回しているだけだというのが、ひどくもどかしかった。

 自分は後世まで残る戦争の映像を撮っているのだという興奮よりも、何故自分は戦闘機パイロットにならなかったのかという後悔が彼の中で渦巻いていた。

 あらゆる種類の轟音が鳴り響き、硝煙と焼け焦げた臭いを漂わせる戦場の中で、フォードはそれでも映画監督としての本能からカメラにしがみついていた。

 その彼が何かしらの予感を覚えて上空を見上げてみると、何か黒く大きな点が自分たちの方に落ちてきていることに気付いた。

 刹那の間思考が停止し、次の瞬間、それがジャップの爆撃機が投下した爆弾であると気付く。


「いかん! 伏せろ!」


 反射的に、フォードはウィリーに向かって叫んだ。

 轟音が、二人を包み込んだ。

 八〇〇キロ爆弾の炸裂が格納庫を破壊し、転げ落ちたウィリーが地面に叩き付けられる。フォードもまたカメラの三脚を抱えた姿勢のまま、屋根から地上へと落下した。

 肩と足に激痛を感じたフォードは、それでも自らの半身とも言えるカメラを確認する。

 フィルムは、まだ回っていた。

 彼はそれを、ジャップの爆弾によって倒壊した格納庫に向けた。

 なおもミッドウェー島には爆弾が降り注ぎ、振動と轟音がカメラを揺らしている。

 後にジョン・フォードは、この揺れている映像を見て、戦闘シーンを撮影する際にわざとカメラを揺らして映像に迫力を出す手法を思い付いたという。

 だがこの時の彼はまだ、そのような手法も、この海戦の結末も、知る立場にはなかった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 この時、ミッドウェーを発進した攻撃隊もまた、近藤信竹中将率いる第二機動部隊に迫りつつあった。

 ミッドウェー攻撃に飛び立った志賀大尉率いる攻撃隊は途上でこの米側攻撃隊とすれ違っており、艦攻隊率いる鮫島博一大尉が艦隊に対して警告の電文を送っている。

 そのため第二機動部隊の将兵は、対空戦闘の用意を整えた上で敵機の来襲に臨むことが出来ていた。

 また、伊勢と日向に搭載されていた電探もこの時、効果を発揮していた。

 五月末、この二戦艦には試験的に電波探信儀、つまりはレーダーが搭載され、各種試験後もそのまま撤去されることなく、搭載されていたのである。

 伊勢には「二号一型」と呼ばれる対空電探が、日向には「二号二型」と呼ばれる対水上電探が設置されていた。

 二一号電探は波長一・五メートル、調子が良ければ航空機を単機で五〇キロ、編隊で一〇〇キロの探知能力を持っている。一方の二二号電探は波長十メートル、こちらも調子が良ければ大型艦を五〇キロ、小型艦を十七キロの距離で探知することが出来た。

 先日、ミッドウェー海域で濃霧が発生した際には日向の二二号電探が艦隊の針路保持に効果を発揮し、昨日の米飛行艇に対しては伊勢の二一号電探が威力を発揮した。

 リード少尉のカタリナ飛行艇を距離三十三キロで探知し、即座に発進した零戦がこれを撃墜したのである。

 敵機はこちらの艦隊の発見に気を取られていたのか、上空から逆落としに突っ込んできた零戦にさしたる抵抗も出来ずに撃墜されていた。

 志賀隊からの警告もあり、直掩の零戦の発艦も含めて第二機動部隊の迎撃態勢は万全であった。


「直掩の零戦、敵機に向かいます!」


 龍驤艦橋にある角田覚治は、見張り員の報告に鷹揚に頷いてみせた。

 ここから先は、零戦搭乗員たちの技量と各艦の艦長や航海長の操艦技術にかかっている。戦隊司令官としては、ただ空襲が終わるのを待つだけである。


「ミッドウェーの基地航空隊は、こちらに食い付いたか」


 第二機動部隊の任務は、ミッドウェー島の基地施設の破壊である。だが、それでも角田には米空母部隊の所在が気になっていた。

 空母を守るように進む戦艦日向の艦長・松田千秋大佐が図上演習で青軍(日本軍)の空母に壊滅的打撃を与えたことは、角田の記憶にも残っている。

 もし、図演と同じような状況が実際に起こったら?

 図上演習の際は、統裁官兼青軍指揮官の宇垣纏少将が強引に青軍の損害を軽微なものに訂正したため、南雲艦隊が実際に大損害を受けた場合のことは何も想定されていない。

 図演で自らの指揮ぶりを否定された松田大佐も、図演は味方の士気を向上させることが最大の目的、と解釈し、やはり南雲艦隊が大損害を蒙った場合の米軍側の作戦行動の予測について何も語っていない。

 対空戦闘で手持ち無沙汰となったためか、角田は今すぐ日向の松田艦長に問い合わせてみたい気分になった。もちろん、そのような単なる思いつきを実行出来るわけもなく、ただ龍驤の司令官席に座っているしかない。

 しかし、万が一が起こった場合は……?

 第二艦隊司令長官・近藤信竹中将は、航空戦の指揮を角田に一任してくれていた。

 つまり水上砲戦のような状況が発生しない限り、第二機動部隊の実質的な指揮官は角田であったのだ。

 どのような事態が発生しても一航艦を援護しやすいよう、もう少し艦隊を北寄りに進めるべきか……。

 そう思いつつ、角田は高角砲発砲の振動に揺れる龍驤に身を任せていた。

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