将来の夢
「予約していた佐々木空真です」
「佐々木空真様ですね、確認いたしますので保険証をお見せください」
その後、自分定義プログラムを受けるため、空真は近くの病院を訪れていた。
「はい、確認致しましたではこちらをお受け取りください」
「整理券と…これは?」
渡された用紙には、事前アンケートと書いてある。
「自分定義プログラムを受ける前に、こちらを書いていただくことになっているんです」
「なるほど」
「思ったことを素直に書いてください、それが自分定義にも繋がりますから」
話によるとこれで精密度というものが上がるらしい。待合室の椅子に腰掛け、アンケートを見る。
「周りからの呼ばれ方……学校の成績……」
主な内容は自分の事について、学校での事についてだった。難しいことは無く、スラスラと書き進める。
「……将来の夢……か」
手が止まった。ここに来てもまだ、どこか水面下で悩んでいる自分が居ることに気がつく。
「僕は……」
◇◇◇
「ありがとうございます、では呼ばれるまでお待ちください」
再度椅子へ戻り、受付の左上にあるモニターを見つめる。手元にある番号は52番、モニターに表示されていた番号は50番。すぐ呼ばれそうだと感じながら、考えずにはいられないこの後のことを思考する
どんな適性があるのだろうか、自分はどんな人間なのだろうか。いや、もしかしたら悠翔と同じように……ギタリストになることが出来るのだろうか。
『52番の方、三番の診察室までお入りください』
機械音声による呼び出し、決まってしまうのが怖い、もしギタリストになれなかったのならどうすればいいのか。それでも悠翔が大丈夫だったのだ、何とかなるだろうと自分を鼓舞する。
「佐々木空真さんですね」
「はい」
診察室に入ると若い男性医師が出迎えてきた。用意された椅子に座ると、先ほど記入したアンケート用紙を医師が取り出す。
「なるほど、基本的な素質自体はあるようですね。成績自体も優秀なようで」
「そう……ですね」
定期テストの成績は上の下と言ったところで、そこそこいい方だと自負していて、その上通知表等の成績も悪くない。
「数値だけでみれば、どんな職業でもやっていける能力はあると思います」
素質があり、この先もやっていけるはず。そう褒められている、期待されている、将来は比較的安定している。そのはずなのに、なぜか心は喜んでいなかった。そんな事よりももっと……
「では、注意事項を。施術後に性格が変わった、などとありますが、これはその職業に向けて、そして今後の空真さん自身に必要な事になります」
「……もちろんわかっています」
手渡された同意書にサインをする。それを確認した医師は、薬と水を手渡してきた。
「では、こちらを飲んでください。あと、意識を失う事もあるので今の椅子ではなくそちらのベッドに腰掛けてください」
「わかりました」
隣に置かれたベッドに座り、カプセル剤を口に入れ水を飲む。一抹の不安と抵抗感。今ならまだ引き返せるかもしれない、今すぐ吐き出せば、まだ何とかなるかもしれない。
しかし、決めなければならない。ゴクリという音と共に、カプセル剤が喉を通っていく。本当に良かったのだろうか、という自問自答も、そして意識も、薬と共に流された。
◇◇◇
目が覚めると、病院の診察室。確か薬を飲んでから……
「目が覚めましたか」
「……どのくらい……ですか……?」
「ほんの五分ほどです」
自分定義はされたのだろうか、覚醒と未覚醒の混ざった意識の中、ゆっくりと体を起こす。
「さて、貴方の将来の夢はなんですか?」
その問いに、答えようとする。当たり前の事を口にしようとして、それを何かが拒絶した。
「事務仕事です」
「なるほど、事務仕事ですか……」
口に出してしまうと一切の違和感がなく、これがやるべきなのだと思える。これが自分定義プログラムの効果なのだろう、そもそも自分は
「仕事の母数も多く、単純ゆえにスペックの求められる仕事だと思います。データを見る限りは向いていると思いますよ」
「そうですよね、頑張ります!」
「……それでは本日はこれで終了です、何か異変等起こりましたら、病院の方に連絡をしてください」
◇◇◇
「おかえり空真、どうだった?」
帰宅すると、母が出迎えてきた。
「事務仕事を目指す事にするよ」
「事務仕事! 自分定義プログラムで事務仕事が浮かぶ人は、とっても優秀でいい地位を貰いやすいらしいわよ?」
「うん、これで安心かな」
良かったじゃない、頑張りなさいよ? と言う母に感謝の言葉を伝え、自分の部屋に戻る。
「あ、ギターそのまんまにしてたのか……」
自分のベッドの上に置かれたギターをケースにしまう。よくやっていたような気もするが、悠翔の付き合いに弾く程度のただの趣味。別にわざわざ出すまでもないだろうと物置の奥にしまいこんだ。
「あ、そういえば報告しないとな」
スマホを手に取り、悠翔へと連絡を送る。「僕も受けてきたよ」という内容に既読がつくまでには、十秒も経たなかったのだ。
◇◇◇
二学期の始まり。親友の空真と鉢合わせない様にといつもより早く家を出た。朝練の為に早くから登校する生徒たちに紛れ、久方ぶりの通学路を速足で通り去る。
夏休みのある日、自分定義プログラムを受けてきた親友。一緒に音楽をやるんじゃないかと淡い期待を抱いていたが、現実はそんなに甘くなかった。空真の口から出たのは事務という言葉。
自分のせいだ、自分があのプログラムを受けたのが原因だろう。元から悩んでたとはいえ、決定打になったのは自分だと考えている。
合わせる顔がない、学校についても落ち着いて席に座ることが出来ず、教室の後ろの方を行ったり来たりする。かれこれそれだけで30分ほどが経過したその時、
「……あ、おはよう悠翔。珍しく早いね?」
「お、おはよう……空真」
あまりにも爽やかかつ元気な挨拶。まるで
「ん?どうかしたのか?」
「いや……なんでもない」
どうにも違和感が拭えない、空真はこんな感じだっただろうか、これが自分定義プログラムの影響なのだろうか。
「今日の授業は何だっけな……あ、その前に先生に結果を報告しないと、行ってくるよ」
「……おう、気をつけてな」
その日以降も、空真から違和感を感じ続けた。とても楽しそうに話している、そのはずなのに……どうしてか、謎の虚無感があった。
今後もきっと仲良くやっていけるだろうが、この感覚が残り続けるなら、距離を置くしかないのではないだろうか。
だって、空真の将来を潰したのは、他でもない自分なのだから
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