海辺の誓い

夏蜜

前半

 教室のカーテンが海風に揺らぐ。整然と並ぶ窓際の机には影が波打ち、潮騒の響きを二階まで連れてくる。時折カーテンが大きく膨らむと、泡立った雲の中を旋回する鳶の姿が見えた。鳶は一頻り飛び回ったのち、灯台の屋根で羽を休める。すぐ頭上には風見鶏があり、鳶の代わりにくるくると、いっそう忙しなく回ってみせた。

「渚」

 ふいに階下から声をかけられ、渚は視線をそちらへ向けた。クラスメイトの澪だった。彼女は頤のあたりで切り揃えた黒髪をそよがせ、笑顔で手を振っている。渚は窓の桟から少し身を乗り出し、澪に手を振り返した。

「あなた、まだ学校にいたの?」

「それは、こっちのセリフよ。期末考査を控えて皆帰ったというのに、渚ったら放課後の教室で一人何をしているのよ」

「……何も。天気が良いから海が見たくって」

「渚ったら、変わってるわね。窓際の席にいるんだから、いつも眺めてるじゃないの。だったら、もっと特別な場所へ連れていってあげるわ」

 澪が玄関のほうへ回り込もうとしたので、渚は声を張り上げて止めた。

「待って、今そっちに行くから」

 呼びかけに、灰青色のスカートがくるりと翻る。澪は校舎の影に半分ほど躰を入れた状態で笑みを浮かべた。

「早くしないと置いていくわよ」

 渚は自分の机からスクールバックを手に取り、気持ちをはやらせながら教室を飛び出した。タン、タン、と他の生徒がいない階段に足音が弾む。玄関に到着すると、澪がすでに待ち構えていた。彼女は横向きに立ったまま、上半身を軽くひねって渚を見る。

「もう、待ちくたびれたわ」

「あなたって、随分せっかちね。私、けっこう急いだのよ」

 渚は息を切らして、苦しむ胸に手をあてがった。玄関の空気は窓辺に比べると冷やりとしている。それなのに、吸い込むたびに真逆の熱い吐息が肺から上がってくるのだ。

 一向に顔を上げようとしない渚に、澪は待ちきれないといったふうに手を差し伸べる。

「だって渚を連れていくなんて、とてもわくわくするんですもの。一分だって我慢できないわ」

 頬笑む澪の掌に、渚は胸にあてがっていた手をやんわりと添える。次の瞬間には、澪に手を引かれて太陽の下を駆け出していた。途端に空気は生温く変化し、制服の襟が風に裏返る。海が間近にあり、潮の香りが鼻腔をくすぐった。

 道路を渡ると、澪は途中で歩道を逸れて小径に足を踏み入れた。先程眺めていた建造物が見上げるくらい大きくなっている。灯台の入り口前に来たところで、彼女はようやく足を緩めて渚を解放した。元気よく振り返ったクラスメイトに、息が上がっている様子はほとんどない。

「ここからの眺めがとっても素晴らしいの。渚、転校してきてから、まだ一度も天辺まで登ったことがないでしょう?」

 澪は屈託のない笑顔を浮かべるが、優に三十メートルはありそうな灯台を今から頂上へ向かうには、まず体力を回復しなければならない。

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