第15話 試練

「くぅ……ッ、このッ!! 遠距離から一方的にッ!! 卑怯だと思わないのかね!!」

「あんたに言われたくないわよ!!」

「2対1を責めるならともかくな。──【閃火・不知火】」


 タバコを咥えた中年の刑事が大小様々な炎を撒き散らして、迫りくる雷を全て焼き払う。

 炎で雷を焼く。これは一般的な物理現象ではあり得ないことかもしれないが、基本的に"異能"によって起こされる現象は"異能"で対処することができる。

 その法則に則れば、雷を炎で焼き尽くすことなど刑事──白木巡にとっては容易いことだった。


(あのおっさんが上手いこと雷を対処してくれてる……だけれど、致命的な隙が未だに見えないわね。できれば一撃で決めたいけれど、何発かぶち込む必要があるかもしれないわ)

    

 エルフの少女──シャルミナは、雷を撒き散らす敵組織の首魁──竿実雷電の隙を観察することで見つけ出そうとしていた。

 白木の加勢でシャルミナ側の状況は好転したかに見えたが、数の有利を竿実は己の能力で打破し続けていた。


 それは針の穴に糸を通すような精密なコントロール。

 長年異能犯罪者として生きてきた経験が竿実を生かしていた。


「【紅蓮灰燼ぐれんかいじん】」

「──っ、ナイスよおっさん!」

「ぐぅ! 見えん!!」


 白木はチラリと隙を伺うシャルミナを見るやいなや、強烈な炎で"異能"のを撒き散らし、完全に竿実の視界を灰で奪った。

 そしてシャルミナにとって人の気配を感じることは容易く、今の状況において視覚は必要無かった。

 そのため、意図にいち早く気づいた白木は視界を奪うことに専念し、竿実を動揺させることに成功した。


 シャルミナは灰が周りを覆った瞬間、桜花の閃剣を納刀し、居合の構えを取るなり──灰が巻き上がるほどの速度で移動した。


「【花吹雪・余花よか慚愧ざんき】」


 ──抜刀。

 空間ごと斬り裂くほどの速度で、シャルミナは《感知》頼りに人の気配に向けて刀を振るう。

 そしてそれは、確かに肉を斬り裂く感触を手に伝えた。


「ぐぁぁぁあっっ!!! いてぇなぁぁあ!!!」

「くっ……浅いわね」


 灰が晴れる。

 そこにいたのは、肩をざっくりと斬り裂かれて血をボタボタと垂れ流している竿実の姿があった。しかし致命傷には程遠い。


「《イナヅマ》──ぐぅぅ!!」

「──ッ!? アイツ、自分の傷を焼いた……!!」

「これで失血による気絶も狙えないか……厄介だな」


 あのまま血を流し続けていると、いずれは失血に体が耐えきれずに気絶するはずだが、驚くべきことに竿実は自身の異能で傷を焼き、無理くりな止血を実現してみせた。

 さしもの行動にシャルミナと白木は目を剥いて驚く。


 だがしかし傷は与えた。

 有利なのは依然としてシャルミナと白木の二人サイド。


 されを竿実も理解しているのか、でっぷりと蓄えた腹の脂肪をばちん、と叩くと忌々しげに二人のことを見つめた。


「おのれ……僕の計画を邪魔するだけでなく、まさかこの僕をここまで追い詰めるだなんて……しかも貴様のことは知っているぞ!! 特異のエースッ!! 現場が肌に合うと昇進を断り続けている奇特者ッ!! ──白木巡ぅ……ッ!!」

「……あんた、そんな有名人だったの?」

「さぁな。犯罪者からの評価なんてどうでも良い」

  

 それもそうね、とシャルミナは白木から視線を外し、致命的な隙を見逃さないために竿実の一挙手一投足をジロリと見る。

 すると竿実はニヤリと笑うと、徐に手を掲げると大量の雷を集め始めた。


「煙幕なんて僕にでも作れるんだッ!! 《ライコウ》ッ!!」

「──っ、しまっ……」


 ──ズガガガッ!!!

 と轟音が鳴り響き、雷が至る所の全てに降り始める。

 煙幕とはよく言ったもので、それは圧倒的な光量と威力で竿実の姿を覆い隠す脳筋的な技であった。


「……くっ、いないな。どこに行った」

「まだ近くにはいるはずよ」


 雷が晴れた時、竿実の姿は無かった。

 しかしあの体型からして遠くには行ってないだろうと断じる二人は、辺りを見回しながらシャルミナは《感知》で人の気配を感じ取る。


「っ、こっちよ!!」

「分かった!」


 《感知》が反応を示し、そこから少し離れた別の部屋に移動していることが分かった。方向的には奥の奥……ベニヤに覆われてはいたが出口のある場所だ。

 白木は一瞬にして竿実が異能でベニヤ板を剥がして逃げるつもりだということを理解した。



「ちぃっ、もう見つかったか」

「むぐっ、んんっ!!」


 追いかけた二人が視界に入れたのは、恐らく行方不明と見られる女性を盾にするように構えながら出口の方向へと歩く竿実の姿だった。


「っ、人質……ッ!! どこまで卑怯なのかしら!!」

「ひひひ、最後に逃げた者が勝つんだよお嬢さん。……おおっと、動くなよ、少しでも動けばコイツの命は無い」

「人質を殺せばあんたは逃げられなくなるでしょう?」

「そうかもしれないが、少なくとも特異の連中が一般人を見殺しにしたってことで醜聞は免れないぞ?」


 シャルミナは内心で舌打ちをした。

 ハッタリをかけたものの、シャルミナ自身も一般人を見殺しにすることなど絶対にあり得ない選択肢だ。

 それは隣にいる男も同様だろう、と判断をする。


(《峰打ち》の対象になるのは一度に一人だけ……人質諸共斬ることは不可能ね……)


 ……いや、だがしかし隣の男ならば遠距離から竿実のみを狙い撃ちにすることが可能かもしれないとシャルミナは考える。


「……あなた、遠距離が本分でしょ。人質に当たらないようにデブだけに炎を当てることができるんじゃないかしら?」


 白木の方を見ないよう、小声で彼だけに聞こえる声で囁いたシャルミナは、しかし何も反応が無いことに訝しんで白木に向き直ると、彼の様子がおかしいことに気がついた。


「む、無理だ……俺にはできない……」


 震えた声で呟く白木に、シャルミナは舌打ちをして軽蔑した目を彼に向ける。


(ダメね。こういう輩は使い道にならないわ)


「あんたそれでも刑事かしら? 助けられる人を全力をかけて助けるのがあんたたちの仕事でしょ」


 そう声をかけたが反応は無い。

 シャルミナは白木のことを忘れ、自分一人で何とかしなければならないと案を練り始める。


 

(クソッタレ……動け、動けよ俺の体……見るな……見るなよ……過去の俺ェ!!)


 白木はただ一人、消し去りたい過去の記憶に焼かれていた。

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