第6話 寂れた喫茶店のエルフ店員

「それで? あたしは普段何をすれば良いのかしら」


 場所は変わってバーカウンターを隔てた椅子に座ったシャルミナは、首を傾げながら俺に聞いてきた。

 ……普段……? エルフさんもエルフさんの個々人の生活があると思うんだが……常にずっとエルフコスプレで役に準じているわけでも無いだろうし。


 ……いや違うな。俺はまだシャルミナを甘く見ている。

 ここまで徹底的に役作りをしている彼女だ。ガッツリ普段の生活を捧げて演技力を鍛えようとしていても何も不思議な話ではないか。


 ……となると……まあ嫌だったら嫌って言うだろうし提案だけしてみるか。


「君には普段は店員として私の近くで働いてもらおう。無論、必要以上の給料は支払うことを約束するし、勤務体制に不満があれば見直すことも吝かではないがね」

「ちょ、ちょ、ちょ、待ちなさいよ! あたしはすでに匿って貰って……あまつさえこんな"業物"まで貰って……その上での働き先まで提供してもらうわけには行かないわよ!! 働くことは勿論構わないけれど無給無休で結構よ!」


 なんかすげぇこと言い出したな。

 働く上で無給無休とかブラック企業も真っ青な思考だろ。


 というか錆だらけの刀を"業物"とは随分嬉しい言い方をしてくれるもんだね。お世辞だとしてもサラッと言ってくれてるのが俺には嬉しいよ。

 だがしかし、無給無休は俺が許さない。 

 強い口調と有無を言わさぬ圧力を発して俺は言った。


「──働きには正当な報酬を。これは表の仕事だろうと裏の仕事だろうと変わらないことだ。君が思っている恩はまた働きとは別の話で、君が我が社に加入したからには従業員を餓えさせない義務が生じる。それは例え君がどれだけの資産を保有していても関係のないことだ」


 大学生の時にバイト戦士だった俺は、様々な職を経験してきた。その中には紛れもなくブラックと言えるバイト先もあったり、若いながらにメンタルだけは鬼のように鍛えられた。 

 というかメンタルが強くないと厨二病ごっこ遊びなんてできるわけねーんだよな。アイアム強心臓。


 まあ、要するに働きには正当に報いる必要がある。


 なにせシャルミナは俺のごっこ遊びに全力で合わせながら付き合ってくれているのだ。

 趣味が満たせればお金なんていらない……って考え方の人もいるかもしれないけれど、ここまで俺の願望を叶えてくれている彼女に、せめて金銭面での報酬は支払いたいという俺の想いでもある。


「そ、そう……分かったわ。……あたしに綺麗なお金が貰える価値があるかなんて分からないけれど」

「汗水流して働いた報酬は、きっと君の努力の証を後押ししてくれるだろう」

「うん……」


 シャルミナは嬉しそうにはにかんだ。

 俺は思わずその笑顔にドキッとしてしまったが、すぐに息を吐いて心を落ち着かせると、また演技に没入することができた。

 俺も成長したものだな。


 というか相変わらずシャルミナは設定の作り方とパスの出し方があまりにも上手い。

 きっと綺麗なお金が貰える価値、というのは裏社会で後ろ暗い任務だったりをこなしてきた負い目とかがあるんだろう……と予測できるだけのヒントを表情とか語感で表現してくれるのだ。

 

 だが俺もな。

 いつまでも設定設定とか言ってないで彼女のようにもっと入り込むようにしなければならない。じゃなければリアル感のあるごっこ遊びなんて夢のまた夢。  

 

「そして──深夜3時。【プロトコル・ゼロ】としての君は目を覚ます。私はヤツに繋がる情報を探し出し、君はその情報の精査をするために命ずる場所に出撃して欲しい」

「ええ勿論。あくまで戦闘は最小限に、情報を得ることが最重要でしょ?」

「その通りだ。戦闘を確実に避けろとは言わないが、できる限り無駄な戦闘を回避し、情報収集に時間を掛けて欲しい。──ヤツはあまりにも用心深い。自身の手下が消えたことを、ヤツが把握していないとは思えない」

「……尻尾を出したと思ったらいつの間にか証拠ごと立ち消えていく。ヤツは霞のような存在だわ。ボスの言う通り、自身の首に刃が届くことを理解した瞬間、きっと何もかもかなぐり捨てて逃げの一手を打たれるに違いないわね……」


 めちゃくちゃ設定説明してくれるじゃん。

 ふむふむ……なるほどね。俺たちが秘密結社だとしたら、敵対組織のソイツも秘密主義な上にビビりな性格だということね。

 要は、必要以上の戦闘が必要になる任務とかを振り分けるなよ? という暗に忠告しているのかなと俺は思った。


 ……ふむふむ、だとしたら俺が適当に情報収集してるフリをして怪しい場所に突っ込ませれば良いわけか。

 まあ、完全に勘を頼りにするのも味気ないからな。折角パソコンがあるんだからインターネットで噂されている場所とか事柄を捜査させようと思っている。

 

「では頼んだよシャルミナ。まずは早速、これを着てもらっても良いかな? この喫茶店の制服みたいなものだ」

「ええ構わない……わ? メイド服…………?」

「給仕服と言ってもらおうか。秋葉原にいるタイプではなくクラシックメイドのスタイルさ」

「ボス、やけに詳しいわね……」


 勿論クラシックメイドは俺の性癖です。

 でも別に露出が激しいわけでもねぇし押し通せばいけると思うのよ。現にシャルミナも若干困惑はしている様子だったけれど、嫌とは思ってないみたいだし。


「この裏に更衣室がある。サイズの確認もあるから着てもらっても構わないか?」

「ええ……じゃあ……ちょっと恥ずかしいけれど」


 と頬を染めながらシャルミナは更衣室に消えていく。

 そして待つこと数分、おずおずとした様子で扉から顔を覗かせたシャルミナが意を決したように俺の前に姿を現した。

 


 ──ツンデレメイド。


 そんな言葉が俺の脳内をよぎる。 

 美しい金髪ポニテと最高美の顔面は良いとして──あまりにも彼女にクラシックメイド服は似合いすぎていた。


 少々露出のあった前の服とは違い、ロングスカートなのもあって露出は控えめになったと言っても良い。

 だがしかし、むしろそれが彼女の美に拍車をかけていた。 

 見ようによっては童顔にも見えるシャルミナは、気が強そうな吊り目もチャームポイントとして輝いている。

 

 だからこそ、そんなシャルミナが落ち着いた服装を纏っているというのはギャップがあって、めちゃくちゃ似合っていた。

 正直俺は数秒間息をするのも忘れてしまっていたくらいには、シャルミナに見惚れてしまっていた。


 ……ふっ、美少女にクラシックメイド服を着させる俺の夢が叶ったな。

 

「サイズはどうだ」

「恐ろしいくらいにバッチリよ。この姿で働けば良いのかしら」

「あぁ。基本は接客を担当してくれ。君のような華やかで美しい女性が接客するともなれば、きっと喫茶店は行列になるに違いないさ」

「ふふ、そんなに褒められるとくすぐったいわ」


 仮面姿で演技してたらすんなり褒め言葉は出てくるんだよなぁ。普段だったら絶対無理オブザ無理だよな。

 あ、ちなみに喫茶店の時も仮面を被ることにしました。


 仮面無しだと表情を隠せ無さすぎて演技のリアル感が消失しちゃう可能性があるんでね。


「それでは一週間後のオープンに向けて頑張るとしようか」

「ええ、任せて」


 ぐっと拳を握ってやる気を迸らせるシャルミナの姿は、どこからどう見ても年相応の少女のようだった。

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