第11話 葛葉ちゃんと七夕

「葛葉ちゃん、今日はなんの日か知ってるかな?」


「なるせお姉ちゃんのおしごとがおやすみのひ!」


「確かにそうなんだけど、残念。今日は七夕の日だよ」


 今日は七月七日、七夕の日。

 ここ数年の七夕はいつも雨が降っていたけど、今日は驚くほどの快晴だ。

 夜になったら、きれいな星空が見えることだろう。


「たなばたってどんな日なの?」


 好奇心たっぷりな様子で聞いてきた葛葉ちゃんに、七夕について説明する。


織姫おりひめさんと彦星ひこぼしさんって人たちが、一年に一回だけ会える日があってね、それが今日。七夕なんだよ」


「おりひめさんとひこぼしさんって、いつもは会えないの?」


「うん、いつもは別々の場所にいるんだよ。だけど、七月七日だけ天の川を渡って会うことができるんだ」


「じゃあ、きょうはおりひめさんとひこぼしさんがうれしい! ってなる日だね!」


「そうだよ。だから今日はめでたい日なの」


「なるほど! 葛葉、たなばたについてわかった!」


 得意げに胸を張る葛葉ちゃんを見て、私は微笑む。


 葛葉ちゃんが言ったように、今日はめでたい日だ。

 だから、夜ご飯はちょっと豪華なものにしようと思う。

 葛葉ちゃんなら絶対に喜んでくれるだろうから、夜になるのが楽しみだよ。


 ……まあ、夜ご飯の話はいったん置いといて。

 先に笹の用意をするとしますか。


「よいしょ……っと。ふえ~、ちっちゃいサイズのを買ったのに重すぎ!」


 笹の設置が完了したところで、私は短冊を用意する。

 もちろん葛葉ちゃんの分も。


「なるせお姉ちゃん、これなぁに?」


「これは短冊だよ。これにお願いを書いて笹にぶら下げるの」


「葛葉もやっていい?」


「もちろんだよ。短冊の色は青とピンクどっちがいい?」


「うーん……葛葉、ピンクがいい!」


「はい、それじゃあ好きなお願いを書いてね」


 短冊とペンを渡すと、葛葉ちゃんはすぐに描き始めた。

 よっぽどお願いしたいことがあったのかな?


「さて、私のほうは……これ以外ありえないよね」


 私も短冊にお願いを書いていく。


「よし、書けた!」


「葛葉もかけたよ!」


「それじゃあ、お互いに見せあいっこする?」


「する!」


 というわけで、お互いの短冊を交換する。

 私の手元には葛葉ちゃんの短冊が、葛葉ちゃんのほうには私の短冊が渡る。


「せーので読もうね」


「うん、わかった!」


「「せーの!」」


 掛け声と同時に、短冊を裏返す。

 そこには、つたない文字で『なるせおねえちゃんがげんきでいられますよおに』と書かれていた。


 ああ、嬉しすぎて涙が出そうだよぉ。

 自分の幸せより他人の幸せを願うとか、葛葉ちゃんはなんていい子なの……!


「ありがとね、葛葉ちゃん。おかげですっごく元気になったよ」


「ほんと!? やったぁ~! なるせお姉ちゃんのほうこそ、ありがと!」


 私の短冊は、『葛葉ちゃんが健やかに育ちますように』って書いてある。

 本人に見られるのは少し恥ずかしいけど、喜んでもらえたのでよかったよ。


「健やかに育つんだよ、葛葉ちゃん」


「ん、葛葉すこやかになる!」


 葛葉ちゃんは両手をぐっと握って意気込む。

 やー、その仕草もてぇてぇわね。


 そんなこんなで時間は進み、あっという間に夜ご飯の時間がやって来た。

 私は食卓の上にお皿を並べていく。


「いつもよりお皿がたくさんだね、なるせお姉ちゃん」


「まあね。お皿がたくさんある理由は、料理を見ればわかるよ」


「葛葉、はやくみたいな~」


「もうちょっとだから待ってね」


 葛葉ちゃんには「料理はできてからのお楽しみだよ」と伝えている。

 待ちきれないといった感じでうずうずしているのは、それが理由だ。


 見ていて微笑ましいな。

 そんなことを考えながら、私は料理をセッティングしていく。


「よし、できた!」


「葛葉、もうみていい?」


「いいよ」


 私がそう言うと、葛葉ちゃんは椅子の上によじ登って食卓を眺める。


 大きな器に盛られた酢飯に何枚も重ねられた海苔のり、大皿に乗った多種多様な食材や刺身の盛り合わせなどなど。

 それを見た葛葉ちゃんは、大きく目を見開いた。


「すご~い!」


「豪華でしょ?」


「うん、ごーか!」


「これはね、手巻き寿司って言うんだよ。海苔の上にご飯を乗せて、好きな具を包んで食べるの」


「はえ~」


 ちょっと呆けた感じの返事をした葛葉ちゃん。

 言葉で説明されただけじゃ、いまいちピンとこないみたいだね。

 葛葉ちゃんは手巻き寿司食べるの初めてだろうから、当然っちゃ当然か。


「お手本見る?」


「みる~!」


「じゃあ、やっていくね」


 私は海苔を一枚とると、その上に酢飯を乗っけて伸ばしていく。


「この時にご飯を乗せすぎないのが大事だよ」


「なんで? お米がいっぱいだとおいしいよ?」


「確かにおいしいけどね。ご飯を乗せすぎると、具材を包むときに入りきらなくなっちゃうんだよ」


「なるほど~」


 葛葉ちゃんが納得してくれたところで、私はご飯の上に具材を乗せていく。

 今回は……サーモンときゅうりに決めた!


「最後にこうやって、くるくるくる~って巻くんだよ」


「おててでくるくるするから手巻き寿司って言うんだね」


「そうだよ。葛葉ちゃん賢いね~」


「えへへ、でしょでしょ~」


 私が頭をナデナデしてあげると、葛葉ちゃんは嬉しそうに笑う。

 てぇてぇからずっと撫でていたいところだけど、葛葉ちゃんがお腹を空かせているからね。

 今回は自重する。


「手巻き寿司についてわかったところで、いただきますしよっか」


「する~!」


 というわけで、いただきますの挨拶をすると、葛葉ちゃんはワクワクした様子で手巻き寿司を作り始めた。

 私が見せたのと同じように、海苔の上に酢飯を広げていく。


「うんうん、上手上手」


「なにを入れようかな~」


 葛葉ちゃんは「どれもおいしそうで決めがたいな~」といった感じで悩む。

 熟考の末に葛葉ちゃんが選んだのは、奮発して買ってきた国産養殖マグロだった。


「これをこうして~……くるくるくる……っと! できたぁ!」


 初めての手巻き寿司に、葛葉ちゃんは大興奮といったご様子。

 自分で作った手巻き寿司をいろんな方向から眺めては、感嘆の声を上げる。


「すごいね、葛葉ちゃん。とっても上手にできてるよ」


「えっへん!」


 褒めてあげると、葛葉ちゃんはドヤ顔で胸を張った。

 うん、てぇてぇ。


 葛葉ちゃんはもうしばらく手巻き寿司を眺めたところで、満足したのかようやく食べ始める。


「あーむ」


 口いっぱいに手巻き寿司を詰め込んだ葛葉ちゃんは、目を細めながら幸せそうにもぐもぐする。

 ごっくんと呑み込んだところで、キラキラと目を輝かせた。


「なるせお姉ちゃん、これすっごくおいしいよ!」


「でしょ~。具材はまだまだたくさんあるから、他の組み合わせもいろいろ試してみるといいよ」


「うん! 葛葉、おいしいのもっといっぱいつくる~」


 葛葉ちゃんが手巻き寿司づくりを再開したところで、私は先ほどのお手本で作った手巻き寿司を口に運ぶ。


 う~ん、おいし~!

 サーモンは脂が乗ってて酢飯と相性抜群だし、きゅうりのシャキシャキ感がいいアクセントになってるわ。


「なるせお姉ちゃん、この赤いつぶつぶはなに?」


「これはイクラだよ。おいしいでしょ?」


「うん! すっぱくておいし~!」


 葛葉ちゃんとの会話を楽しんだり、作った手巻き寿司を交換しあったり、私たちは楽しいひと時を過ごすことができた。


「葛葉ちゃん、満足できた?」


「ん。葛葉、もうおなかいっぱい」


 たくさん食べた葛葉ちゃんは、お腹をさすりながらソファーにもたれかかる。

 この感じだと今日は早く寝ちゃいそうだね。


「葛葉ちゃん、こっちにおいで」


「なーにー?」


 ベランダのドアを開けながら呼びかけると、葛葉ちゃんはのんびりやってきた。


「ほら、空を見てごらん」


「お空……?」


 空を見上げた葛葉ちゃんが息をのむ。


「うわぁ……! きれい……!」


 そこには、満天の星空が広がっていた。

 雲一つない空に、無数の星が輝いている。


 ここ数年で一番の夜空を眺めながら、私はふと考える。


 そういえば……ちょっと前までは、きれいな景色とか見ても何も感じなかったな。

 心に余裕がなかったから……感動すらできないくらいに疲れきっていたからだろうね。

 それがこうして美しいと思えるようになったのは、葛葉ちゃんのおかげだ。


「ありがと、葛葉ちゃん」


「なるせお姉ちゃん、なにか言った~?」


「星空がきれいだね~って」


「だね~!」


 本当に、美しい景色だ。

 葛葉ちゃんと一緒にこの景色を見ることができてよかった、本当に。


「ねーねー、なるせお姉ちゃん。おりひめさんとひこぼしさんは会えたかな?」


「会えてるよ、きっとね」


「葛葉、なるせお姉ちゃんとはなればなれになっちゃうのやだから、おりひめさんとひこぼしさんが会えなかったらかなしい」


「そうだね。私もそう思うよ」


 大事な人がそばにいてくれるだけで、人生はすごく楽しくなる。

 私は葛葉ちゃんのおかげでそう気づけたから。


 織姫さんと彦星さんが再会できたらいいなと、夜空を眺めながら思うのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る