第8話 社畜はつらいよ
「あんのクソ上司めぇ~!!」
スマホの通話ボタンを切るなり、私は怒りをあらわにする。
もう深夜二時過ぎなんですけど!?
今からデータの修正しろとかふざけてんの?
そこまで重要なやつじゃないんだから、明日の勤務中でいいじゃん!
明日の朝までに終わらせとけとか、嫌がらせか? 嫌がらせだろ!
ああもうなんか
ただでさえ残業まみれで疲れてるのに、深夜に起こされて仕事させられるとかマジ最悪。
「どうしたの、なるせお姉ちゃん……」
できるだけ静かな声でキレてたつもりだったけど、ちょっと怨念を押さえ切れていなかったみたい。
葛葉ちゃんは目をこすりながら私のもとに向かってくる。
「ごめんね、起こしちゃって。悪いんだけど、これから会社に行かないといけなくなったからお留守番しててもらえるかな?」
そう言うと、葛葉ちゃんは泣きそうな目で私の足にしがみついてきた。
「いかないで……。葛葉さみしい……」
てぇてぇ。
というのは置いといて、どうしたもんかね……。
私が会社に行けてかつ葛葉ちゃんが寂しくならない方法は……あるじゃん!
私はポンっと手を叩くと、葛葉ちゃんに提案した。
「葛葉ちゃんも一緒に会社行く?」
「おしごとしてるなるせお姉ちゃんのおそばにいられるの?」
「そうだよ」
「それなら、葛葉もいっしょにいくー!」
葛葉ちゃんが二つ返事でOKしたことで、私たちは一緒に出勤することになった。
「ここがオフィスだよ。いつもここで仕事をしてるの」
「わー! つくえがいっぱいだぁ! 葛葉、たんけんしてくるねー!」
「勝手にものをつついたりしないようにね」
「はーい!」
初めての会社に興奮した葛葉ちゃんは、オフィスの中をちょろちょろと走り回る。
私は自分のデスクに向かい、パソコンを起動した。
「えーっと……このデータのここをこうして……これをああして……」
データの修正をすべくパソコンをポチポチすること十数分。
オフィス内の探検を終えた葛葉ちゃんが戻ってきた。
「すごーい! なるせお姉ちゃんがおしごとしてる! カッコいい~!」
「ありがとね。葛葉ちゃんに褒めてもらったら、もっとやる気が出たよ」
パソコンをポチポチする指の勢いが早くなる。
仕事の調子が良くなった私を見て、葛葉ちゃんは何かを決意した様子で尋ねてきた。
「葛葉、なるせお姉ちゃんのおーえんしたい! なにかすることあるー?」
「私としては、葛葉ちゃんが近くにいてくれるだけで充分だよ」
「それなら、もっとちかくにいてもいい?」
「もちろんいいけど……」
葛葉ちゃんは「んしょ、んしょ」と可愛らしい掛け声を上げながら、私の座っている椅子に登ってくる。
それから、私の膝の上にちょこんと座った。
なんだッ……これはッ……!?
てぇてぇ……ッ!?
「これでもっとがんばれる?」
「朝まで集中できますありがとうございます最高ですッ!!!」
「それはがんばりすぎだよ!?」
葛葉ちゃんのおかげで気合いマックスになった私は、かつてない速度でデータを修正していく。
そのまま一時間ほど作業を続け、きりがいいところまで進んだところでいったん中断。
コリをほぐすように、大きく伸びをした。
「あぁ~、首と肩が死ぬぅ~……」
ちなみに腰はもうとっくに死んでいる。
首・肩・腰を悪くするのはデスクワーク族の定めだよ。つらい……。
「なるせお姉ちゃん、つかれてるの?」
「疲労が全部首と肩にきてます……」
泣きながら返すと、葛葉ちゃんは私の膝上から降りる。
私が不思議に思っていると、葛葉ちゃんは私の真後ろに椅子を設置。
その上に登った。
「葛葉が肩もみもみってしてあげるね! なるせお姉ちゃんがげんきになーれ!」
葛葉ちゃんは可愛らしい掛け声を言いながら、私の肩をもみもみしてくる。
ふおおおおおおおおお……!?
心地いい……! 気持ち良すぎるんですけど……!
疲れが……疲れがすべて飛んでいくぅ~。
「どう? げんきになった?」
「すっごく元気になったけど、まだ続けて欲しいな~」
「しょうがないな~」
もみもみ、もみもみ。
葛葉ちゃんは一生懸命私の肩をもみ続ける。
「あ~、そこ。そこ最高~」
「えいやー!」
「今のところもう一回お願い!」
「はいやー!」
葛葉ちゃんの肩もみは最高だった。
終わるころには、私の疲れはきれいさっぱり消え去っていた。
葛葉ちゃんがにこりと笑いながら聞いてくる。
「おしごとがんばれそ?」
「頑張れます今なら三徹いけますッ!」
「なんで!? ちゃんとねないとめっ! だよ!」
作業効率は五倍になりました。
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