目覚めの時 その1
長い夢を見ていたようだ。
青春を捧げた、とある鬼畜ゲームに転生するという突拍子もない
夢も希望も無かったこの俺が、こんな幸運あってもいいのだろうかと違和感を覚えるほどに、居心地のいい家に生まれ、エバンやミネルヴァさん。ニーナ等の信頼できる仲間に恵まれた話。
そして……あの子に。
画面の向こう側に存在していた黒髪の少女。アメリアに会えた話。
こんな事を人に話したら、何こいつ、頭おかしいんじゃねえかと思われるだろう。
ゲームのやりすぎだ。もっと現実を見ろと言われるだろう。
それでも俺は……確かに過ごしたんだ。10年という長い時間。
アルス・ゼン・アルザニクスという男の人生を。
でも、あれが夢だったらどうしよう。
みんなが……大切な人達が本当はいない。想像だけの世界だったら……
そんな想いが自分の中をグルグルと暴れまわっている。
でもなんだろう。
心の奥底に眠る、温かい光。
冷たく冷えきった俺の心を溶かし、温めてくれる希望の光がこの空間から。
俺の意識を引きずり出そうとしているように感じる。
……この光に身を任せてもいいのかな。
アルスは何故だか、異様に安心できる光に体を預ける。
そしてもう一度、思考を停止させ、眠りにつくのであった。
~~~
「うーん。……ん?」
ある一室でアルスは目を覚ます。
……ここは何処だろう。
真っ白な天井に、豪華な装飾が施された光源。
アルスは天井を見上げたまま、ふかふかの寝具であろうモノに体を預け続け、右手を目の前にゆっくりと突き出す。
手は動く。指も……問題ない。うん、間違いなく俺の手だ。
手を開いたり閉じたりし、異常が無いかを確かめる。
そして、先ほどまで見ていた夢を思い出す。
……夢を見ていた。何か温かいものに身を任せ、ゆっくりと眠りにつく夢を。
あの光はなんだったのだろう。何か意味のあるものだったのか。
そう言えば……両手で掴めそうだったな……
想像とともに両手を目の前に突き出すべく、ゆっくりと手を持ち上げようとした時。
……ん? 左手が動かない?
何者かに固定されているかのように左手だけが動かない事に気が付く。
左手に何が……
動かない原因を探るべく、顔を左に向けると。
「……むにゃむにゃ」
枝毛一つ見えない、美しい薄色の金髪をベットにかけながら、アルスの左手をギュッと握り締め、可愛い寝言を発しながら眠っているハイエルフの少女。
ニーナっ!
アルスの目に映ったのは見覚えのある少女の寝顔。
ん~っ!
それと同時に込みあがってくる、嬉々とした感情。
……この世界は夢じゃない。
現実……現実なんだ。
そしてようやく、この世界が現実なんだと再度、実感するアルス。
「……ん。……アルス?」
体全体で喜びを表現していたアルスの物音で目を覚ますニーナ。
目を擦りながら小さくアルスと呟き、じっとアルスを見つめ、動かなくなる。
徐々に目を潤わせ、何度も目を擦り。
「に、ニーナ? その、おはよう……うぐっ!」
アルスはいたたまれない様子で、ニーナに声をかけた瞬間。
躊躇なく、全力でアルスの胸に飛び込むニーナ。
い、息が……
その衝撃により、呼吸困難に陥るアルスだったが。
「……グスっ。アルスぅ……」
小さく肩を揺らし、胸の中で涙するニーナに気が付き。
心配してくれてたんだな。
頭と腰へと手をまわし、優しく抱きしめる。
「心配……かけてごめん」
するとニーナは、アルスの胸から離れ、見上げるようにアルスの顔を見ると。
「……ちがう」
「え?」
不意打ちを食らったような顔。
「……だからちがう」
少し困った様子のアルスに泣き顔で詰め寄るニーナ。
どういう事だろう。
俺は今まで気を失っていた。背中に受けた攻撃のせいで。
皆には心配をかけただろう。だからニーナに謝ったつもりだったんだが……
アルスは何度考えても、謝罪の言葉しか思いつかない。
「迷惑かけてごめん」
「ちがう」
「不安な気持ちにさせてごめん」
「……ちがう」
「……死にかけてごめん?」
「ちがうっ!」
ビクッ!
一体何の言葉をかければいいんだ……
困り果てるアルス。
ニーナは怒っている。多分俺の事で。俺が寝ている間に何かをしてしまったのか?
考えろ……全集中だ。俺……
何か間違えてしまったのかと不安になり、先ほどまで活性化していなかった脳を無理やり回転させる。
……だめだ。なにも思い付かない。
しかし、何も声をかける言葉が見当たらず、冷や汗をかきながらニーナを見つめる。
「……帰ってきた時の言葉は?」
「へ?」
「家に帰ってきた時の言葉は?」
帰ってきた時の言葉……あっ……
その時、アルスはニーナがどんな言葉をかけてほしいかを理解する。
そうだったな。
家に帰ってきて……家族に。仲間にかける言葉……
単純だけど、これ以上のない、最高の魔法の言葉。
アルスは納得したような微笑みの顔を見せ。
「……ただいま」
「……おかえりなさい」
ニーナは目尻に涙を溜めながら、笑顔でアルスを迎えたのだった。
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