画面越しの君 起点
「こ……これは……」
目の前に広がる光景に愕然とし、アルスは小さく呟く。
湧き上がる焦りを無理やり飲み込みながらアルスが初めに目にしたのは、あらゆる豪華な服に身を包んだ貴族達がこちらを注目し、ひそひそと話しながら拍手をする光景であった。
右も左も貴族だらけ……
この世界に転生しての初の光景に飲み込まれそうになっていたアルス。
「大丈夫よアルス。周りは見ないで胸を張って歩きなさい」
すると、サラがアルスだけに聞こえるように話す。
そ、そうだ。
無意識に親の後を追い、ぎこちない歩き方だったのを修正し、いつも通りの堂々とした歩き方に様変わりさせる。
背筋を伸ばし、顎は引く。目線は前に……お母様たちの後に続け。
こうしてアルスは己と格闘しながらも、長々と続く一本のカーペット上を歩き、アルザニクス家に用意されている席へと無事到着する。
あともうちょっと……
緊張を表に出すことなく、席へと到着したアルスは、会場の給仕に椅子を引かれ、着席する。
「ふぅー」
やっと到着した……
アルスにとって初めて経験する、息も出来ぬ時間。もし、アルス一人で入場する事になっていたら、無様な結果に終わっていただろう。
「ははっ。アルス、緊張してたな」
ガイルは公の場だから、大笑いはしないものの、アルスを見て笑みを浮かべる。
「偉いわアルス。初めての食事会で堂々と歩けるなんて。流石私達の子ね」
サラも嬉しそうに微笑む。
「いえ、会場の雰囲気に飲まれそうになっていた時、お母様の声が聞こえたお陰で我を失う事無く歩くことが出来ました」
こうして、アルスは周囲を観察しながらも落ち着いた様子でガイル達と会話をしていると。
「アルス。来たぞ」
「お父様?」
ガイルが視線を向ける先に注目すると、そこにはアルス達が先ほど入ってきた扉が鎮座しており、ゆっくりと開かれている最中であった。
お父様たちとの話に夢中で、家名の読み上げに気づかなかった……
周囲の貴族たちも一様に扉へと視線を向けており、並々ならぬ人物がそこにいる事が予想できる。
ドクンッ
「ん?」
アルスは自身の心臓が大きく鼓動するのを感じた。
一体どうしたんだ?
アルスの視線は扉から外さないまま、手を胸に置き、胸のざわめきを抑えようとする。
その時。
「っ!」
周囲から歓声が沸き上がる。
ドクンッ!
大きな歓声。一体どんな人物に向けてなのだろう……
アルスは手を胸に当てたまま、大きく開いた扉を凝視し、向こう側にいるであろう人影を見る。
すると……
「あっ、あれは……まさか」
男性と女性と思われる人物に挟まれた、一回りは小さい人物。
その人物にアルスの視線が流れるように吸い付くと、何故かその人物から離れなくなってしまう。
「ジーヴァ・ゾル・ウィンブルグ様、エルサ・ゾル・ウィンブルグ様……」
入場してきた人物達の名前が呼ばれる中。
ウィンブルグ家……王国にただ一つしかない家名がアルスの耳に入る。
絶対にあの子だ。
アルスは確信し、周りの時間がゆっくりと経過する感覚に陥る。
あぁ、この世界がグレシアスだと分かったあの日から一日たりとも忘れたことが無い……
その間にもある人物に対するこれまでの溢れんばかりの感情がアルス自信を襲っていた。
初めてグレシアスをプレイして、彼女を画面越しに見た瞬間に夢中になってしまった時から……ストーリーを進めていくごとに彼女のキャラに惹かれていったし、プレイするたびに彼女の行動には驚かせられた。
それからは何度も何度もプレイし、彼女の情報を片っ端から集め、彼女のルートをひたすら周回するといった、常人には考えられないことも沢山やった……
でも、その時はなんでこんなことをしているのか自分にも全く理解できていなかったけど……
今ならハッキリと分かる。
笑顔が一番似合い、悲しい顔が一番似合わない彼女を悪役令嬢という嫌われる運命から……いや、呪縛から救ってあげたかった。
しかし、グレシアスは残酷で、彼女がハッピーエンドになる世界線は何処にも用意されていなかった……
でも、今は……今回は違う!
俺はこの世界に転生するという、最高の贈り物を手にすることが出来た……
力を入れた握りこぶしを無意識に作る。
彼女と同じ舞台に俺は立っているんだ!
アルスは自身を持って彼女を見つめる。
今回なら彼女を待ち受ける最悪な運命を変えることが出来る!
彼女があんな悲惨な結末を遂げていい訳が無いからな……
アルスは一粒の涙を零しながら、一段と両手を固く握り、彼女の名前を呟く。
「アメリア・ゾル・ウィンブルグ」
この瞬間。グレシアスの世界を辿っていた運命が大きく動きだす。
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