エバンの特訓

~エバンが従者となった次の日~


 アルスはエバンが中庭にいるという情報を使用人から聞き、移動していた。


「やはりここは何度来ても見飽きないな」


 アルスは目の前に広がる光景を目にし口にする。


 アルザニクス家の中庭は華麗な庭園と言わんばかりに、たくさんの木々や花々がそこかしこに散りばめられていた。それらは専属の庭師が毎日手入れをしており、心身を休めるには打ってつけの場所になっている。


 そんな庭園の中をアルスが進んでいく。


「……ほど」


「えぇ、だからこうした方が……」


 すると、談笑するような声をアルスの耳は捉え、その声を目印に、歩いていくと、開けた場所にたどり着く。


 そこでは身動きの取りやすい服装をしたエバンが真剣な面持ちで、監視役兼指導役のセバスと会話をしていた。


 そんな二人を邪魔しないように木陰でそっと見守っていると、セバスがこちらへ気づく。


 あっ……


 キリのいいタイミングで現れようと考えていたアルスは、観念した様子で二人へと近づいていき。


「二人共おはよう」


 声をかける。


「アルス様、おはようございます」「っ! あ、アルス様! おはようございます!」


 動揺一つ見せず、惚れ惚れする姿勢で挨拶をするセバスと、慌てた様子のエバン。


 あははは……、これはセバスの厚い指導が入るな。


 内心、苦笑いをするアルスは一呼吸を挟み。


「エバン。昨日はぐっすり寝れた?」


 体調を気遣う。


「アルス様のお陰様でこの通り」


 エバンはにこやかな笑顔を見せる。


「うん、それは良かった。これからのエバンの予定なんだけど、私の従者として今日から色々な事を身に付けていってもらいたいんだけど……、セバスから聞いてるかな?」


 アルスはセバスへ視線を向けると、セバスは無言で頷く。


「聞いています」


「じゃあこれからエバンはモーリーたち、アルザニクス家の兵と一緒に訓練を行うんだよね? 最初は辛いと思うけど、君には才能があるはずだからすぐ慣れるはずだ。あと、模擬戦や訓練を行う際は剣を使うように。その武器が君に一番合っている武器だから。もちろん、剣の扱いが上達してきたら頃合いを見て他の武器も使ってもらうけど」


 詳しい説明を省き、剣を使ってほしいと伝えるアルス。


 基本、自身の得意な武器を探るには、数ある種類の武器を一つ一つ手に取り、最低でも数週間単位で使用してみて、自分に合うか合わないかを確認する必要がある。


 だけど、俺には鑑定眼鏡があるから、エバンにとって一番伸びしろがある武器が剣だという事が試す前から分かっている。


 すると、エバンは黙ってしまう。


 やっぱり納得できないよな。突然、君は剣を使う才能があるからって言われても。


 でも、エバンは剣の才能が一番伸びしろがある事は事実。何か思う事があるんだったら、納得するまで説得を……


 そんなアルスの不安をよそにエバンが顔を上げる。


「分かりました」


 1ミリたりともアルスを疑ってはいないという目。



 納得した? いや……、ただ俺を純粋に信じ切っているだけか?

 


「午後からはセバスに色々と教わる予定だと思うから頑張って」


「1ヶ月でエバンを最高の従者に仕立て上げて見せます」


 うわー。セバスが本気だ。


「はい! セバスさん、よろしくお願いします!」


 アルスはエバンが本気で頑張ろうとしている姿に嬉しいと思う反面、あることが気がかりになっていた。


「エバンさ、何で俺の事こんなに信じ切ってるの? 普通、訓練の内容だったり、どんな事をするかとか気にならない?」


 アルスはエバンに対する思いを口にした。


 すると、エバンはポカーンとした様子で首を傾げ。


「アルス様の命令に口出しなんてしませんよ? それに、何かアルス様にも事情があるから私を、そして妹を助けてくれたんだと思いますが、私たちがアルス様に命を救われたという事実は変わりません。なら、私はアルス様を信じて突き進むだけです。それにアルス様、自分で言ったじゃないですか。『私がすることを信じて付き従うこと』って、だから私はアルス様を信じて行動するだけです」


 エバンは至極当然といった様子で答える。


 そうだったな……


 アルスはエバンの言葉を聞き、心がスッと軽くなる。


「そうか……。では、率直に言おう。エバン、強くなれ。そして、私に似合う従者になれ。これが私の願いだ。やってくれるな?」


「当り前です。それがアルス様の願いであれば」


 エバンは本心からの嘘偽りのない笑みを浮かべながら、右手を心臓の位置に当て、答えた。



 

 その後、アルスはエバンたちと別れ、自分の部屋へ戻ると、身支度を整え、扉の外にいた使用人にエルドとモーリーを呼ぶようお願いした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る