第49話 図々しいんですよ
目が覚めた私は、いつもと違うベッドの感覚に戸惑った。
見回した部屋には見覚えがある。いつも掃除をしていた王宮の客間だ。
(……んんん?)
ゆっくり体を起こすと、傍に座っていた椅子から誰かが立ち上がった。
「トウコ! 目が覚めたか!」
「……え? ジュリアン様?」
驚いて髪の乱れを整えようとしたが、頭に何か巻かれていることに気づき、触った部分の痛みに思わず顔をしかめてしまったようだ。
私がひどい顔をしていたのだろう。ジュリアンが肩を抑えた。
「無理に動くな。医師に治療してもらったが、問題ないように思えるが頭を打っているので。数日は安静にしているようにとの話だった。……あと申し訳ないが、傷口を縫うのに問題があるからと縫う部分の髪の毛を切るのを私が許可してしまった。本人の許可も得ずにすまなかった。むしろ気を失っている間にやってもらった方が、トウコも痛みも感じなくて良いかと思ってな」
女性の髪は大切だと言うのに、と謝罪をするジュリアンに慌てて手を振る。
「いえいえそんな! 治療の時に髪がとか言ってられませんし、むしろ起こされて聞かれた方が怖かったので助かりました。……そもそも私が上手く避けられなかっただけなのに」
話をしていて徐々に気を失う前の状況が蘇った。
「ジュリアン様やニーナ様の方こそおケガはないですか?」
「ありがとう、大丈夫だ」
話を聞くと、ナイトたちに絡んでいた貴族の子息たちが、金で雇った怪しげな男たちに『酔っ払いの事故に見せかけて』ジュリアンやニーナを襲撃させようとしたらしい。
「金を弾んでくれて、家の名誉を傷つけられたから好きなだけボコボコにしろ、殺しても構わんと言われただけで、絶対に殺せとも言われてねえし、ましてや王族なんて聞いてねえよ! そんなんいくら俺らだって断るに決まってるだろうが! 命がいくらあっても足りねえよ」
と後から馬車を引いて来た護衛たちに捕まってわめいていたそうだ。
頼まれた相手は信用がどうだとか言ってなかなか口を開かなかったそうだが、
「それじゃお前らが自分の意思で王族を襲ったと言うことで、家族親族含めて反逆罪として死罪で構わんと言うことだな。まあ死んだら信用もクソもない訳だが」
と騎士団の人間から問われた途端真っ青になってすぐに白状したらしい。
「よほど家を放逐されたり、家門に影響が出るのが嫌だったのか分からないが……いや、プライドを傷つけられたと思ったのか。どちらにせよ浅はかを通り越して呆れるしかない。王族を襲撃するなど、命知らずにも程がある。大事にせず穏便に済ませるつもりだったがそうも行かなくなったな」
「そうでしたか……」
貴族の世界は未だに良く分からないが、証拠隠滅を図るため国のトップである王族、王子と王女を手に掛けても良い、と思えるぐらい失いたくない立場なのかと思うと、呆れるより怖くなった。
どうせ騎士団の人だって見ているのだから逃げられないと思うんだけど。
「ナイトはトウコが治るまでケヴィンの実家に預かってもらうことにしたので、居心地は良くないかも知れないが、良くなるまでは王宮で静養して欲しい。私の対応が悪かったせいでトウコを危険な目に遭わせて本当に悪かった」
頭を下げるジュリアンに私はやめて下さい、と顔を上げてもらう。
「ジュリアン様はとばっちりを受けた側ですし、そもそもがナイトとパフのトラブルです。私たちの方が巻き込んだ側じゃないですか」
悲痛な表情のジュリアンは首を振る。
「──私は、呪われているんじゃないかと思うんだ。だからトウコにも災いが起きたのではないかと思っている」
「……は?」
いきなり何を言い出すのかと戸惑っていると、彼は自分の母から始まり、身近な女性が何度も死に至った経緯を深刻そうに話し始めた。男性にはそんな突発的な死は怒らないと言う。
「だから……私の身近にいたからこそトウコはこんなケガをしたんだと思う。やはり私は女性と接することで相手を不幸にしてしまうんだ」
黙って聞いていたものの、悲観的になるにも程があるだろうと私は段々腹が立って来た。
「その、ジュリアン様」
「……何だ?」
「今、二人きりなので上下関係を無視して申し上げたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「え? ああもちろん構わないが」
「それでは言わせて頂きます。あの、色々お辛いことがあったのは悲しいことですし同情いたしますけど、実際に自分が直接手を下した訳でもない女性が亡くなったことを自分のせいにするのって、何と言えばいいかその……図々しくないですか?」
「ず、図々しい? 私がか?」
面食らったようなジュリアンに私は強く頷いた。
「はい。死神の手柄を横取りしてると言いますか……第一、お母様や子守りの方が病気を患ったのは、ジュリアン様が何かを盛ったせいでもないですよね? たまたま病を持つ人が身近にいたというだけのことで。自分のせいだと思うのは、ご自身が命をもつかさどっていると思っていると言うことでしょうか? それは万能の神と同レベルだと言ってるようなものじゃないですか?」
「え? いや、ええと、私はそんなおこがましい気持ちはないんだが」
「気持ちがあろうとなかろうと、実際そう言っているのと同じことですよ。私は呪いとかそういう類のものは一切信じない人間ですので、ジュリアン様の仰ることは納得出来ないんです」
私はジュリアンをじっと見つめる。
「私がケガをしたのだって、ジュリアン様やニーナ様を守ろうと己の力を過信してただ無茶をしただけ、つまりは自業自得ですし、ナイトが骨折したのも、好きな相手を守るためとはいえ危険を軽視していた彼の無謀さが原因なのです。不幸が重なったことでご自分を不幸の元凶みたいに思われるのは勝手ですが、だあれもジュリアン様のせいだと思っていないと思いますよ」
「そう、だろうか」
「……私がいた国でも、周囲にやたらと不幸で可哀想アピールしている人たちが一部いましたけど、大抵は自分のまいた種でしたし、そういう人たちは、悲劇のヒロインぶるとか構ってちゃん、などと呼ばれていました」
「構って、ちゃん……」
情けない声を上げ、ジュリアンの整った顔が歪んだ。
「ジュリアン様がナイフで相手を刺して結果死に至らしめた、とか言動で追い詰めて精神的ダメージを与え、相手を死に追いやった、とかならもちろんご自身の責任を感じて、いくらでも反省したり後悔したりすべきだと思うんです。でもそうでないなら無意味だし、そんな理由でずっとほぼ会話も出来ず心を痛めていた、何も悪くないメイドや王宮で働いている人たちの方がよほど可哀想だったではありませんか」
「…………」
「この国の王族であるジュリアン様が考えなくてはいけないのは、過去に囚われて今身近にいる人たちをないがしろにしないことと、今後国を良くして行くために出来ることを考えるってことであって、呪いがどうとか思うことじゃないんですよ」
「──返す言葉もないな」
うなだれるジュリアンにちょっと言い過ぎたかなと思った私は、明るく笑って彼の肩を叩いた。
「それにですよ? 私、そもそもいっぺん日本で死んでますからね。これはどう考えてもジュリアン様無関係ですから。まー直接関係あるとすれば私を刺したクラゲですし。私が助けられなかったせいでナイトも一緒に死んでしまったので、ナイトを結果的に死に至らしめた原因は私でもある訳です」
「だがそれは不可抗力だろう?」
「はい。そう思います。ナイトともお互い運がなかったねえ、と笑ってますし。単にそう言う流れであったというだけだと私は思っています。だからジュリアン様、もっと気楽に生きましょうよ。呪いだのなんだのと自分を縛り付けたって、なーんの役にも立ちませんし誰も喜びませんから」
何で一応ケガ人の私が無傷の人を必死に慰めてるんだ。
そう考えつつも、ジュリアンが喋らなくなるきっかけが分かって、どこか安心している自分がいた。
それにしても、私もナイトのことを軽率だとか怒れなくなったなあ、とズキズキする頭をそっと触って反省するのであった。
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