第27話 え? は? ほ?

「ケヴィンさん!」


 私が待ち合わせ場所である町のカフェに入ると、既にケヴィンは席に座り、コーヒーを飲みながら待っていた。


「よお」

「すみませんお待たせしまして。少し早めに着くように出たつもりだったのですが」

「いや、俺が早めに来ちゃっただけだから。こちらこそ申し訳ないね、付き合ってもらって」


 ゆったりした白い綿素材の長袖シャツの腕を軽くまくり上げ、茶系のチノパンに皮のブーツ姿のケヴィンは、大人の魅力が溢れていて少々ドキドキしてしまう。

 私なんか、バーゲンで買ったシンプルな濃紺のワンピースなのだけど。いや、これはこれで気に入ってるんだけど、子供と大人って感じで何だか申し訳ない。まあ私が大人っぽいワンピースなどを着ても色気はこぼれ落ちないので、無駄な背伸びはしないに限る。

 注文を取りに来たウェイトレスにアイスティーをお願いし、私は早速ケヴィンから情報を仕入れることにする。


「お母様はおいくつですか?」

「ん? 今度四六歳になるな」

「一九歳でケヴィンさん産んだんですか? お若いですね! うちの母より若いです」

「そうなのか?」

「ええ、今年で四九歳です」


 ……いかん。両親のことを思い出すとしんみりしてしまう。

 私は気を取り直して、洋服はどんな感じのものを好んでいるか、派手系か地味系か、趣味や何か不便だとかあれが欲しいみたいな話を聞いた覚えはあるかなどを質問してみた。


「うーん……俺も仕事ばっかりで、家に戻っても風呂入って食事して寝るのがメインと言うか……考えてみたら、世間話的なものぐらいしか最近してないんだよなあ情けないことに」


 ケヴィンの母親は長年、町の中にあるレストランで接客や厨房の裏方仕事などをしているそうだ。父親は三年前に病気で他界したらしい。

 私が運ばれて来たアイスティーを飲んで、急かさないように首を捻っているケヴィンを黙って見ていると、ふと思い出したように顔を上げた。


「──そう言えば厨房の若い子が辞めたから、洗い物や野菜の皮むきなどもやるようになって、手荒れがひどくなったとか言ってたな」

「なるほど、それならハンドクリームと寝る時につけるガーゼの手袋とか良いかもですね」

「そうか。俺はガサツだからか、そういうところに気が回らなかったな」

「まあ男性はそういう人多いでしょう? 自分が実際になって見ないと辛いのも実感出来ないでしょうしね。洗い物とかかなり染みて痛いんですよ洗剤とか。……ただそれだけだとあっさりし過ぎですよねえ」

「ハンドクリームや手袋もそんなに高いものでもないしな。普段でも渡せるものだし。まああまり高価なものだと逆に遠慮して受け取ってくれないんだが」

「そうですか。そうだ、お母様は休みの日は何してますか?」

「そうだな……休みが被ることが少ないんだが、たまに山とか森を歩いてたりする」

「それは運動で、ですか?」

「いや、リスとかウサギとかイノシシとか、普段会えないような子たちに会えるのが楽しいんだと」

「動物が好きなんですか?」

「ああ。台所で走り回る黒い虫も殺さないで捕まえて逃がすぐらいだからな。生き物自体が好きなんだと思う」

「……じゃあ、家族になれるような子をプレゼントするのはどうでしょうか? あ、勿論お母様が一番好きな動物は分からないので、こればかりはサプライズではなく、ペットショップとかに実際にお母様と行った方が良いと思いますが。今、お母様はほぼケヴィンさんが戻らなければ一人暮らしみたいなものですよね? 家族が増えたら生活に張りが出るし、良いような気もします。まあ眺めるだけで世話をしたいとは思ってないパターンもありますけど。私はナイトと暮らしてるので、動物のいる暮らしが楽しいなと思ってるんですよね」

「……そうか。考えて見たら聞いたことなかったなあ。母はどう思ってるんだろう? 一度聞いて見るのも良いな」


 ケヴィン自体はナイトと仲良くしてるぐらいだし、猫も犬も好きらしい。


「まあペットショップに行くのはお母様の希望聞いてからにするとして、今日はハンドクリームとか手袋を見に行くだけにしましょうよ。もし家族を迎えるのなら色々必要なものもあるでしょうし」

「そうだな。いやあやっぱり女性にアドバイスをもらうのって大事だな。自分では考えない視点があって本当に参考になるよ」

「参考になったのであれば良かったです」


 私とケヴィンはカフェを出ると、化粧品などを扱っている店で色んなタイプのハンドクリームを試したり、グリーン系の爽やかな香りの香水などを勧められて購入したりした。


「トウコにも何かプレゼントするよ。メイド仕事も手荒れするだろう? あ、それとも香水の方が良いか? 遠慮なく言ってくれ」


 満足の行く買い物が出来たのか、ケヴィンはとても嬉しそうだ。


「あ、いえ私は結構です」

「遠慮するなって」

「遠慮ではなくて、ハンドクリームつけてても、ナイトやお友だちのご飯とかおやつとか作る時に毎回洗わないとならないので勿体ないと言いますか。あと、香水とかはナイトが嫌がると思うので」

「猫にハンドクリームの成分は毒なのか?」

「さあ。それは細かい成分が分からないので判断できないですけど、少なくとも日常で口にする機会がないものですからね。後で害があると分かっても遅いじゃないですか。だから使いたくないんです」

「……そうか。本当に俺は気が利かないな」


 しょんぼりするケヴィンに私は慌てた。


「いえ、私みたいに燻製を裂いておやつ作ってたり、魚を直接釣り上げて捌いて焼いてたりするようなワイルドな飼い主はあんまりいないと思うので、全然気にしないで下さい。むしろイレギュラーな方だと思いますから。アハハハ」

「悪かった。それじゃ、高い食事でもご馳走するか」

「そっちの方が嬉しいです! 食い意地張ってますので」

「ははっ、そうか。じゃあ遠慮なく食べてくれ」

「はい!」


 買い物を終えた私たちは、こじんまりしているけど味が良いというレストランに入り、私は魚介のたっぷり入ったグラタンと、フルーツタルトをご馳走になった。とても美味しかった。彼はお土産に気になっていたケーキまで買ってくれた。ケヴィンはとても良い人である。


「今日はご馳走様でした。とっても美味しかったです」

「──ああ。あんなもんで良かったのか? もっと食べてくれて良いのに」

「いやケーキまで買って頂きましたし充分すぎです。今夜と明日の私のおやつにさせて頂きます」

「そうか。それなら良かったが」


 食事の時から何かを言い掛けては口ごもる感じのケヴィンが気になり、私は尋ねた。


「あのう……何か気になることでも?」

「いや、ええと……」


 少し言い淀んだケヴィンが、私の目を見る。


「トウコ」

「はい?」

「あのな、あの、もし誰か好きな人がいるのでなければ、俺と結婚を前提に付き合ってみないか?」

「──え?」

「いや、最初に会った頃からいい子だなあと思ってて、ナイトも良い奴だし、でも俺はかなり年上だから、そういう気持ちになれないかもと思ったんだが、どうしても気持ちは伝えておきたくて」


 え? は? ほ?

 私と結婚を前提にって……え? 結婚? 結婚ってあの夫婦になる結婚?

 私の脳内はパニックである。ケヴィンは私の動揺に気づいたのか、


「いきなりこんな話をしてすまない! もちろん、しばらく考えてから返事をくれれば良いから」


 と混乱中の私をなだめつつ寮まで送ってくれ、再度お礼を言って去って行った。

 私は気がつけば自室のベッドに腰掛けており、


(いや、どういうことだってばさ)


 とただ混乱が収まるのを待つのであった。




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