第24話 王子に雑用を振る女
ピクニックの後から、少しだけジュリアン王子は活発になった。
活発と言っても私を誘ってせっせと王宮の敷地内にある川に釣りに行くだけなのだが、釣れた魚を私に渡して、
「……ナイトと、その友人に」
とほんの少しだけ笑みを浮かべる。飲み屋のお姉さんに貢いでるようなものだ。貢ぐのはいいんですが、焼く作業とかほぐす作業は私なんですよ。生で与えるのは寄生虫とかもいるかも知れないし怖いもんね。骨だって何のきっかけで喉に刺さるかも分からないんだし。
ナイトにはちゃんとジュリアン王子が友だちの分も魚を釣って来てくれるんだよ、と伝えているので、彼と会うたびに、
『王子様、何だか最近良く魚を釣って来てくれるみたいだね。仲間も喜んでるよ。ありがとな!』
とおさわり無料サービスをしているので、喜びの表情だけは少し出るようになったジュリアン王子は嬉しそうに撫で回している。
始終魚を貢がれることにより、寮の私の部屋の窓の外には毎朝のように焼き魚を食べにナイトの友だちがやってくるようにもなった。私は教えたことはないが、その噂をどこからジュリアン王子が聞きつけたらしい。
ある朝、私が友だちにご飯を出そうとして裏口から自室の窓の外にお皿を持って行ったら、少し離れた木の陰から彼がそっと猫たちの様子を見ていた。よくあの大きな身長で気づかれないと思ったなー。ナイトが真っ先に気づき、
『……王子様って、本当にちっさい生き物が好きなんだなあ』
と苦笑した。以前、小動物が好きだという話をしたのを覚えているらしい。
木陰に佇むジュリアン王子に声を掛け、餌場まで連れて来た。
「ジュリアン様、近くで見た方が可愛さが堪能出来ますよ」
私はいつも用意している自分用の折り畳みの椅子を開いた。彼は穴があったら入りたいと言わんばかりの風情で椅子に座る。
「トウコ、すまない。自分があげた魚を食べている姿を見たくて……」
『あ、そうだった。ほらみんなー、いつも魚を獲って来てくれる王子にお礼してくれー』
ナイトがそう言うと、今日食べに来ていた三匹の友だちはにゃおにゃお鳴きながらとジュリアン王子に体を押し付けていた。
「魚のお礼をしているようですよ」
「──そうか。気にせずとも良いのだが」
そう言いつつも頬を緩めたジュリアン王子は、そっと手を伸ばして頭や体を撫でている。
(なるほど……ジュリアン様は、猫絡みで屋外にいる用事を作れば、抵抗なく外に出てくれるんだな。と言うことは、私ももっと用事を作れば良いんだわ)
食事をすませて挨拶をした猫ちゃんたちは、仕事へ向かうナイトと一緒に消えて行った。
私はぼんやりと見送るジュリアン王子に話し掛ける。
「ジュリアン様……あのう、もしお忙しくなければお願いがありまして」
「何だ?」
「実は、仕事終わってから毎回寮の共同キッチンで魚を焼いていると、部屋にこもる臭いもなかなか取れませんし、時間も掛かるのでちょっと困ってまして……」
「うむ。それが?」
「それでですね、出来たら魚は燻製にしたいんです。あれなら屋外で出来ますし生で冷蔵庫入れとくより長持ちしますし、何より室内に臭いも付きませんから」
私の父は自宅の庭で釣って来た魚やチーズ、ソーセージなどを良く燻製にしていた。お酒のつまみにするのが目的だったが、私も好きで良くつまんでいた。
この町でもキャンプやバーベキューなどをする人がいるらしく、先日買い物に出た際にアウトドア用品の店で、ナラやヒッコリーのスモークチップや、持ち手の付いた四角い深底の鍋みたいな簡易的な燻製窯などが売られているのを見つけてしまったのだ。
金額こそ全部揃えたら四万マリタンほどとと少しお高いものの、何しろ普段の給料は寮費で納める三万マリタン以外は食費や細々とした生活用品にしかかからない。贅沢もしてないし、貯金は結構貯まって来ている。このぐらいの出費は良いのではないかと思ってつい購入してしまい、先日届いたばかりだ。
「ですが、私も働いている時間は見られませんし、休みの日も自室の掃除や食材の購入に出たりと、なかなかまとまった時間が取れないこともありまして。なので、たまにチップや食材が焦げていないか様子を見て頂けるとありがたいのです。……何しろ、ナイトや彼の友だちは町のパトロールをしてくれてますし、労いたいんですよね。燻製にすると旨味が増しますし、彼らも喜ぶんじゃないかと。あ、でもお忙しければご無理はいいませ──」
「大丈夫だ。やり方を教えてくれれば出来る」
やる気に満ちたジュリアン王子の顔を見て、私は内心で頭を悩ませる。
外に出すのが目的とは言え、この国の後継者である見目麗しい王子に、燻製器の世話を任せる雑用などを頼んで良いものだろうか? ……いや、もっちもちの国王様が友だち対応でOKだと念書くれたし、あくまでも本人の前向きな意思が明確だ。
(……うん、まあイヤイヤやらせる訳じゃないし良いよね)
それに何より、ジュリアン王子が楽しそうにしている姿を見ているのは、私も嬉しいのだ。
前の一言も話をしなかった頃に比べたら、彼は少しずつ変化している。
このまま、もっと表情豊かに、会話も社交的に出来るようになれば、国をしょって立つ立派な未来の国王への道は近づくのだ。私も出来る限りない知恵絞らねば。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます