第6話 今おいくつと?

「はい、ここがトウコとナイトの部屋よ。トイレは出て左の突き当り、浴場はトイレの奥にあるわ」


 メアリーという三つ編み赤毛にそばかす顔の背の高いメイドが、私とナイトを案内してくれたのは王宮の敷地内に建っている、住み込みの女性従業員用の宿舎の一階の一室だった。

 七、八畳ぐらいの割と広めのワンルームで、机と椅子、ベッド、本棚とクローゼットとシンプルな感じだが、定期的に掃除はしているとのことで埃っぽくもない。


「ほら一階なら窓からナイトも出入り出来るし、ストレスも発散出来るんじゃないかしら?」

「ありがとうございます、助かります」

『姉さん、ありがとよ!』

「まあ、可愛い声。返事してくれているみたいねえ」


 メアリーは笑顔でナイトの頭を撫でると、私に近づき声を落として話しかけて来た。

 ちなみに学者のお爺さんと国王から、変人扱いされるので私とナイトが話が出来ることは内緒にするよう言われていた。


「……トウコって、迷い人なんですって? 大変よねえ、急に知らない国に来てしまって。しかもジュリアン王子の家庭教師や話し相手をするとか聞いたけど……。私ならとてもじゃないけど出来ないわ。胃に穴が開きそうだもの」

「あのう……ジュリアン王子はそんなに気難しい感じなんでしょうか?」


 私が尋ねると、うーん、と首を捻る。


「気難しい、というのとはちょっと違うかしら。無反応と言うか、無関心と言うか。接し方に困るのよね。──例えばお茶を運ぶとするじゃない? コーヒーや紅茶にお砂糖入れますか? ミルク入れますか? と聞いても頷くか首を振るだけ、って感じ。スプーンで入れる量とかも一本二本と指を立てるの。一度もまともに声を聞いた覚えもないのよ。といっても私はまだ勤めてから四年ほどだし、他では話したりしているのかも知れないけどね。ただ話さないから何を考えているのか分からなくて怖いのよ。顔は亡くなった王妃様譲りでびっくりするぐらいの美形なのだけど。何だか人間じゃなくて人形みたいなのよね、見た目も行動も」

「なるほど……何か原因はご存じでしょうか?」

「さあ? メイド長とか、執事さんとか、もっと長いこと勤めている方なら分かるかも知れないけれど、私は知らないわ」

「そうですか」


 ──さて困った。

 パン屋や喫茶店でアルバイトをしたことがあるので、最低限【お客さん】に対しての丁寧語みたいなものは分かるし、失礼のない接客ぐらいは可能だ。

 だが聞いていると、無口、無反応、無関心みたいな不穏なワードがポンポン出て来る案の定な地雷案件ではないか。

 国王もストレスで毛髪に継続ダメージを受けるぐらいの扱いづらそうなお子様に、タメ口で対応しろと言うのか。いやまあ国王がストレスでああなったのか遺伝なのかは分からないし勝手な憶測だけども、例え国王から一筆もらったところで、王子が怒りまくったらおしまいな気もする。

 口数の少ないお客さんって急に怒り出したりすることもあるから、ものすごく応対には注意していたけれど、同タイプの人にタメ口をむしろ積極的に使って行け、みたいなことを言われても不安じゃないのよ。異国の、それも身分の高い人なんて、どう接すれば正解なのかまるで分からない。


「どんな遊びとかがお好きなんでしょうか? アクティブな追いかけっことか、剣術などだとついていけるか難しいですが、トランプとか室内で遊ぶものでしたら何とかなるかも知れません」


 これは趣味とか分かりやすい方向からアプローチするべきだ。私は情報を仕入れることにした。


「遊び? いや、読書されていたりするのをたまに見るぐらいかしら? 大体十八歳にもなって追いかけっことかやらないでしょ普通」

「……今おいくつと?」

「十八歳」

「王子ってお子様じゃないんですか?」

「ジュリアン王子以外に王子はいないけれど……誰かが子供だって言ったの?」


 ……いや、よくよく思い返したら言われてない。私が家庭教師や話し相手をつけたい王子=幼い子供と勝手に解釈しただけだ。王妃が赤ん坊の頃に亡くなっていると聞いただけで、てっきり内気で引っ込み思案の子供が脳内形成されていた。子供ならまだ何とかなるかもと思ったけれど、同い年とは。


「──同い年の王子の家庭教師って少し無理がありませんか?」

「え? でも迷い人って文化の違いとか一杯この国にはない知識持っているんでしょう? そういう、何ていうの? 文化交流みたいなものって王子には必要じゃない?」

「でも無反応で無関心な方なんですよね?」

「……あ、忘れてたわ! メイド服は普通のサイズで入りそうね。普段の服や下着もないからって言うから、トウコの衣服を町に買い出しに行かないといけないの。ちょっと体のサイズ計らせてくれる?」

「ねえ話聞いてます? メアリーさん」


 不自然に会話を切り替えたメアリーが素早くスリーサイズを測って、


「特に苦手な色とかある?」

「あ、ピンクとかオレンジみたいな派手で明るい色はあまり……」

「分かったわ! それじゃまた後でね!」

「あ、ちょっ」


 メアリーがそそくさと部屋から出て行く姿を見送り、私はため息を吐いた。


『おいおい、蓋を開ければ大人の世話係か。大変だなあトウコ』

「……ナイトは良いわよね、仕事しなくていいんだもの」

『いや、俺だってやれることがあれば手伝いたいとは思うけどさ、人間じゃなくて猫だしよ』

「うん、分かってるわ。ちょっとした愚痴よ」


 そもそも私が勝手に勘違いしていたのだ。私が悪い。

 明日、顔合わせをするとか言われたけど、私は無関心で無反応な王子と一体どんな会話をすればいいのだろう。ちょっと泣けてきたぞ。




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