第6話オニババ・セイネン・ニゲル

鬼っ子に命を助けられた。


あのままではあのどす黒い鋏で身体を八つ裂きにされていたに違いない。


まさかあの口裂け女が実在するとは思いもしなかった。


幽霊やUMAならまだしも、妖怪や怪人が実体を手に入れて街を闊歩するなど


危険極まりないではないか。


俺の顔を鷲掴みにした口裂け女の握力は


まるで万力のような力だった。


念力のようなものなのだろう。


頬ににじむ痛みがこの異空間も口裂け女の存在も現実の事であると訴えてくる。


口裂け女のルールを押し付けるために念力か何かで俺を操るとは、


銃を持った犯罪者に襲われるレベルのかなり危険な存在と言える。


そんなことよりも俺のために鬼っ子に怪我をさせてしまった。


男として情けない


「ごめん」


「謝らなくてよい、逃げよう…」


鬼っ子が脇腹から引き抜いた裁ちばさみを地面に放ると


カンカラン


と、アスファルトの上に金属が落ちる乾いた音が町に響いた。


力なくよろめく鬼っ子を支え立ち上がらせる。


少女の傷口からはドクドクと真っ赤な血があふれ出た。


俺は上着を脱ぎ鬼っ子の脇腹にあてがい止血を試みるがあまり意味はなさそうだった。


とにかく今は口裂け女から逃げ、距離を取るほかない。


怪我をした鬼っ子をかばいつつ隠れられる場所を探すのだ。


オレンジ色に変貌し、人の消えた町中を逃げ惑う


ジャキン!


ジョキン!


あの化け物が鋏を開閉する金属音が真っ黒に塗りつぶされた町に響きわたり


時折後ろから


メキメキメキメキゴジャーン


と街路樹が倒れる音が追いかけてくるのが聞こえる。


まるで口裂け女が笑っているかのように思えた。



~そして冒頭に戻る。

__________


異界へと変貌した町を逃げ惑うSと鬼っ子の2人は途中、


コンビニや家など助けを求めようとしたが無駄な努力だった。


建物の明かりは消えさり、人の姿も動物の姿でさえ見当たらなかったからだ。 


アミューズメントパークの正面玄関も施錠されているかのように自動ドアが開かず


信号も真っ黒のまま光を発することはなかった。


目の前に広がる空間はまるで演劇の書割のようで


どこまで逃げても移動をしていないような感覚に陥る。


2人はアミューズメントパークに併設された


立体駐車場に逃げ込んだ俺と鬼っ子は車の後ろに隠れる事にした。


万全の状態であればもっと遠くに逃げるべきなのだろうが


負傷により脂汗を流している鬼っ子をこれ以上走らせることは不可能と判断したのである。


2人とも息が荒く、汗を流していた。


Sにいたっては普段運動不足なためか息が絶えだえになっており。


鬼っ子も傷が痛むのか患部をSから借りた上着で押さえている。


口裂け女に追われていては応急処置も難しい


携帯も電波がつながらず


公衆電話も真っ黒に塗りつぶされて使えない。


薬局もコンビニにも入れないので応急処置もままならなかった。


先ほどSが鬼っ子に手渡したシャツも真っ赤に染まっている。


このままでは鬼っ子の命に係わるかもしれない。


こんな異常事態でなければ救急搬送されて然るべき状態だったが


鬼っ子はSに気を遣わせまいと傷をかばいながらも必死に逃げるのだった。


____



大型バンの影に隠れた俺と鬼っ子は少し息をついた。


すこし息を整えることはできたがすぐに見つかってしまうだろう。


「あの…君、傷は大丈夫?」


「君じゃない…イ…イワテだ」


鬼っ子は少し思案した様子だが名前を教えてくれた。


イワテとは苗字だろうか?珍しいように思えるが、下の名前だろうか?


ふと疑問にも思ったが呼び方がわからないよりはずっと良い。


「そうかイワテちゃん、まだ動けそう?って無理か」


イワテと名乗る少女は苦しそうに傷口を押さえ苦痛に顔を歪めている。


想像しただけでとても痛そうだ


このままにしていては出血多量によって手遅れになってしまうかもしれないし


下手をすれば破傷風などの感染症に侵されてしてしまうかもしれない。


ジャキンジョキン         


少しづつあの口裂け女が近づいてくる音が聞こえる。


いや、そんな悠長なことを言っている場合ではないか。


とりあえずはどこかに身を隠したが何か手を打たないと遅かれ早かれ殺されてしまうだろう。


中学生や高校生の頃にあこがれたテレビアニメーションの主人公になったようなシチュエーションだが


現実的な脅威としてあのような化け物が目の前に現れてしまっては何もできないものなのだなぁ。


そんな事を思っているうちに


カツンコツン


ジャキンジョキン   


と口裂け女の履いているパンプスのヒールの音が周囲に響く


あの化け物がアミューズメントパークの正面口付近までやってきたようだった。


イワテを救うためにもあの化け物のおとりになろう。


そうすればイワテちゃんだけでも逃げ延びることができるかもしれない。


相手が油断すれば俺も逃げ切れるかも…。


冷静に考えれば無謀である。


人間の心理というものは不思議なものだ。


異常事態に置かれた際に正常な判断ができなくなるらしい。


「イワテちゃんは良いからここに隠れてて。なんとかあいつを引き離すからその隙に逃げてくれ」


「ま、ま…て」


イワテちゃんはふらふらと立ち上がると


俺にもたれかかるように倒れそうになり抱きかかえる。


改めておもったが可憐で華奢な少女だ。


動ける俺が彼女を助けなければ。


イワテはおもむろに俺の首に両腕を絡めると


そのまま俺の首筋に嚙みついた

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