第9話 誕生日の魔法石(5)

「魔石ではない、と。どういうことか説明してもらおうか、鑑定士殿」


 ルイスとイヴァンが困惑する中、テレンスの冷静な声が響く。

 その冷淡な視線に怯むことなく、エリーゼは答えた。


「言葉通りですね。これは魔石ではなく、単なる綺麗な石です」


 その言葉に魔法使いたちは眉をひそめ、ルイスはわけが分からないというように首を傾げた。


「それはどういうことなんですか、エリーゼ様」


「私がこれを魔法で鑑定したところ、何も視えなかったんですよ。魔法が視えない、つまり、そこには何もないんです」


 エリーゼの目には、これにいつも見えるような輝きは無く、ただなにも映らなかった。

 魔力の残滓のようなものはあるが、これに魔法は一切かけられていない。

 これには、鑑定するべきところが何も無いのだ。


「己が間違えているとは思わないのか?」


 エリーゼの言葉に、テレンスが言い返す。

 たしかに、見えないとなれば魔石を疑うよりもエリーゼの目を疑うのは当然のことだ。

 だが、エリーゼは自分が間違えているとは思わない。


「いいえ。私は間違っていません」


 なぜなら、エリーゼの力は大魔法使いである師匠から授かった叡智の結晶だからだ。

 己を疑えば、必然的に師匠を疑うことになる。

 長い間積み重ねてきた実力を、疑ったりなんかしない。


「魔石の表面に魔法を反射するように効果はかけられていますが、表面上に魔法を塗り、それらしく見せているだけ。この石には力がありませんよ。……それに、あなた方は最初から嘘をついています。この石、ディステリアで発見したものではありませんよね?」


 エリーゼの言葉に、テレンスの目が見開かれる。


「ディステリアには何度も足を運んだことがありますが、このような性質のものは見られません。ディステリアの地脈は魔力が豊富で、遺跡で発見されたものには大抵、独特の魔力が宿っています。しかしこれには魔力が見られません。ディステリアで見つけたとなると、不自然ではないでしょうか」


 そう言い切ると、テレンスは何も言わずただ頷いた。

 イヴァンがその様を見て、首を横に振る。

 降参、ということなのだろう。


「……さすがですね、魔法鑑定士様」


 はは、とイヴァンは笑う。


「今噂の鑑定士殿の実力を試させて貰っただけのことだ。疑って悪かったな。あんたはなかなか良い眼をしてるみたいだ」


 イヴァンの言葉に、エリーゼはにっこり笑う。

 彼らはエリーゼに魔法鑑定をさせて、試したのだ。

 魔法鑑定士の実力が、どれほどのものなのかを。

 そしてエリーゼは見事、魔法使いたちに認めて貰えた、ということだ。


「さすがですエリーゼ様!」


「まあ、なんとなく試されそうな気はしてたもの。まさか、そう来るとは思いませんでしたけれどね」


 どんな魔法でも視ることのできる魔法鑑定士が、いざ魔石を鑑定したところ何も見えなかった。

 プライドにかけて、分かりませんでした、なんて答えることはできない。

 だから、エリーゼが適当な魔法を答えるだろうと彼らは思ったのだろう。

 魔法使いたちから、「これは魔石である」と差し出されたところで、今更先入観に騙されたりしない。


「でも残念です。魔法研究機関の様々な品を見せていただけるかと、期待していたのに」


 はぁ、と小さくため息をついてから、わざとらしくイヴァンをちらりと見る。


「そうでしたか、それはもうしわけない。よろしければ少し見学をされますか?」


「まあ、いいんですか?ありがとうございます!」


 よくぞ言ってくれた。

 内心ガッツポーズだ。


「エリーゼ様は相変わらずですねぇ……」


 エリーゼの目論見を見透かしているルイスから苦笑いをされた。


「いいんですよ。だって私、魔法が大好きですから!」



 その後は機関内を案内してもらい、あれこれ珍しい品を眺めてきた。

 イヴァンが案内してくれたが、一つ一つを細かく解説してくれてとても楽しく見学することができた。

 しかし、いつまでも遊んでいるわけにもいかず、本来の目的である第二皇子の誕生日パーティーについての打ち合わせを終えて、エリーゼたちは帰ることに。


「今日は本当にたのしかったわ……!」


「それは良かったですね」


 ルイスと話しながら、夕陽の指す宮廷の廊下を歩く。

 人がいないのをいいことに、ぐーっと腕を上げて伸びをしたりもする。


「パーティーは二週間後の今日……ちょっと不安もありましたけれど、この調子なら大丈夫ですね」


「エリーゼ様がお元気になられて、我々も安心です。どうです?あのドレスはお気に召しましたか?」


「あ、ああ〜。あれですか……」


 青色のグラデーションのドレスのことを言っているのだ。

 少し言い淀み、迷った末に口に出す。


「あの青色のドレス、デザインしたのって誰なんです?」


「おや、公爵様をイメージしたドレスは気に入りませんでしたか?」


「やーっぱりそうだったのね……!いや、まあ可愛いし気に入ってはいますけれど……」


 気に入ってはいる。

 あんなに綺麗なドレス、嬉しくないわけが無い。

 けれどもエリーゼが着るには、一つ、大きな問題がある。


「あれ着てるとずっとダリウスのこと意識しちゃって、ちょっと恥ずかしい、です」


 エリーゼの言葉に、ルイスは目をぱちぱちとさせた後、満面の笑みになる。


「はっはっは、そうですかそうですか!いやぁ、その言葉を公爵様が聞いたら大変お喜びになりますよ!」


「もう。ルイスさんったら……!」


 恥ずかしくなってルイスを窘める。

 しかし彼は、ひとしきり笑った後に表情を改めるとエリーゼに向き直った。


「……エリーゼ様。そろそろ、素直になられても良いのではないでしょうか。」


「……なんのことかしら」


 途端に、エリーゼは彼から視線を逸らす。


「公爵様はずっと、エリーゼ様の返事をお待ちしております。もうそろそろ、結論を出しても良いのではないでしょうか?」


「ルイスさん。まさか、私が公爵のことを好きだなんて言うと思っているの?ありえないわ」


 昔から嘘をつくのは下手だった。

 ルイスから顔を背けて、冷たく言い放つも、その声は弱い。


「私では駄目なの。私では、公爵家に相応しくないの」


 自分は今、きっと上手く笑えていない。

 もうこれで話は終わりだと言うように、エリーゼは表情を作ると再き歩きはじめる。


「さ、行きましょう、ルイスさん。遅くなると公爵が心配するわ」


 ルイスはまだ何か言いたげな顔をしていたが、大人しくエリーゼの後をついてきた。

 しかし、どうしても我慢ができないと、最後に一つだけ叫ぶ。


「エリーゼ様、私は応援していますよ!セラフェン公爵家一同、いつでもエリーゼ様をお迎えできる心構えはできております!」


 エリーゼはそれに、何も返せなかった。

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