第2部 第13話 対話〜浮遊都市スペランツァへ〜

アカツキが目を覚ましたのは、隠し砦付近の救護所だった。

キアラが付き添うように隣に座っており、アカツキに現状を話して聞かせてくれた。


「もうデオン軍との決着はあらかたつきましたが、ジルカースさんとデオン氏の姿が見当たらず、オネストさんは周囲に様子を確認しに向かっています」

「そうか……俺は何だか長い夢を見ていたような気がする」

「夢だったんです、辛いことは全部。きっとその方がいい」


そこで各地に散りぢりになっていた両軍の仲間たちが、合流した様子で次々に救護所へと入ってきた。

一番にアカツキに語りかけてきたのは、この世界で最初にアカツキの存在を受け入れたテオだった。


「アカツキ……!無事だったのね」

「テオ、心配をかけたようですまない。オネストたちの力を借りて、こうして帰ってくることができた」

「じゃあ当たったのね、私の言った言葉」

「ああ、テオの言寿ぎ(ことほぎ)のおかげだ。そういえば、ゼロの姿が見当たらないようだが……」


アカツキの問いかけに、物憂げな顔をして“それが……“と返したテオは、先ほどあった誘拐事件を打ち明けた。


「彼らは“浮遊都市スペランツァ“へ行くと言っていたわ。ゼロとイルヴァーナくんの身の安全は、そこでしか保証されない、と」

「浮遊都市……そうか……」


何かを思い出した様子のアカツキの体が、突如光を帯びて輝きだす。

恐々触れたテオがその光に吸い込まれると同時、二人の存在は光の粒になってその場から飛び立った。


***


その頃、ジルカースとデオンは地上から隔離された異空間にいた。

曇りのない鏡のように澄んだ水面と青空が展開された空間に、武器もなく立ったデオンは、シュビラーナの精神世界に居ることを知る。

デオンがヤンドーラから聞き知っていたのは、神力というのは使用者の人間と契約者の神の、双方で心の底からの意思疎通が計れていないと発動しない、という事だった。


(ということは、今ジルカースはこの戦乱を終わらせようと願っているってことか)


デオンもヤンドーラから、他の二神・シュビラーナとキシュラーナに関しては聞き及んでいた。己とは異なり、心の底から民草の平和を願う二神であると。

『あんたは戦いのある世界についてはどう思ってる?』と聞いたデオンに対し、ヤンドーラは“ひとりの女のために平和な世界を作ろうと願ったこともあったが、そんな事ももう忘れてしまった“と、悲しげな声色で言ったのだ。


(ボクだって本当はこんなことしたくなかったさ。イルヴァーナは他でもないボクに似た、可哀想な子だと思っていたから)


デオンがイルヴァーナに下した“洗脳“という非人道的行為は、かつてデオンが父から受けた虐待を思い起こさせた。

イルヴァーナには自分とは違う、真っ当に幸せだと思える人生を歩んでほしかったが、王の立場となったデオンにとって、それだけを選ぶことは許されていなかった。

諸将や取り込んだ者たちが願う道へと、戦いへと導かれてゆく。それはデオンがジルカースに求める戦いの姿勢と、どこか似ていた。

その代わりに、デオンは無気力さが現れ始めたこの状況でもなお、全ての非道の罪は自分が背負うと、柄にもなく決めたのだった。

それが、十八歳を最後に死ぬはずだったデオンが信頼し愛した、愛してしまった、イルヴァーナやメリルやレギオンたちを守ることになるだろうと。

凪いだ景観の只中、デオンはかったるげにジルカースに問う。


「やれやれ、武器を取り上げられちゃこっちのペースになりゃしないじゃないか。それで?あんたはボクに何を言いたいわけ?」

「息子のゼロがお前たちのところで世話になったようだな。人質にはしたが、非道な行いをしなかったこと、ひとまず礼を言う」

「……あんたの息子だって言うなら、あんたに再会するための糸口になるだろうと思ったからね。丁重に扱ったまでのことさ」


お互いに丸腰の状態と言うこともあってか、デオンはいつもの調子で切り掛かる事もできず、ジルカースの言葉に素直に答えていた。

デオンからの正直な言葉を聞くことができたジルカースは、ほんの少し安堵した表情をして口元に笑みを見せた。


「お前が俺と戦うこと以外に何を望んでここまで来たのか、それを知りたかった。ただ闇雲に人々を傷つけ、侵略をしてきたわけではないだろう。ここまでついてきている仲間がいるならば、なおのことな」

「やれやれ、あんたには何もかもお見通しってこと?なんだか釈然としないけど……確かにその通りだよ。侵略してきた中でも、優秀な部下を引き入れたり、政治に強い人間を取り込んだりしてここまでやってきた。メリルはダテに計画的じゃないし、レギオンもただボクの部下でいた訳じゃないよ」

「それが分かって良かった。少なからずお前を信頼して人々が従っていたのか、それとも以前にお前がアカツキに使ったような技で、人々を強制的に服従させていたのか。“お前も“仲間に恵まれていたようで良かった」


そこまでのジルカースの言葉を聞いて、デオンはいっとき俯くと「仲間、ねぇ……ボクに仲間かぁ……」と、噛み締めるように言う。そしてふっと笑うと、「ボクにもまだ信頼していい仲間がいたんだねぇ」と言って、ジルカースに対しそっと右手を差し出した。

思いがけぬその行動に、ジルカースは驚いた様子でデオンを見やる。


「……二人だけの対話に持ち込んだ、あんたの望みはこれだろう。ボクだってあんたと戦いたい気持ちはあるけど、滅んでほしくはないからね。妥協案て奴さ」

「まさかお前の方から和平を申し出るとはな。いいのか?取り込んだ仲間には易く賛同しない人間もいるだろう」

「そこはメリルとレギオンに任せるさ。それより、せっかくサシでいるんだ。拳ででもいいから戦いたいもんだけど、どうだい?」


挑発的なデオンのその言葉を受け、ジルカースが一瞬ソワつくも、二人の間に現れたのは意外な人物だった。

突如として巻き起こった光の渦の中に現れたのは、デロ、もとい死亡世界線から呼び出されたデオンだった。


「おや、こいつは意外な奴が現れたね。どうした、お前も一緒にジルカースと戦いたくなった?」

「……水入らずのところ失礼するよ。急ぎ伝えたいことがある。イルヴァーナとゼロが攫われた。場所は浮遊都市スペランツァ」

「スペランツァ……だと?これはまた懐かしい場所だな」


「知ってるの?」と問いかけたデオンに、ジルカースは過去に自分が神だった頃に居た場所がそうだったと話した。

かつてジルカースが居たのは、人々を監視するための浮遊するモニターに囲まれた天上の空間。

その一角を守るかのように、周囲にぐるりと広がっていたのが、真っ白な無人の廃墟が織りなす、浮遊都市スペランツァだった。


『そこは我ら三神が、上位神を護衛するために棲んでいた古き場所だ』


青空と青い海が広がる空間にこだまするのはシュビラーナの声だ。その声色には、どこか昔を懐かしむような感情が伺えた。


『そんなことよりジルカース、お前たちの大切な者が危険に晒されようとしているのでは?急ぎ向かわなくては』

「デオン、イルヴァーナというのはお前の馴染みか」

「そうだよ。イルヴァーナには簡単にそそのかされないよう神力をかけたんだけどね……わかった、行ける力があるのもボクとジルカースぐらいしかいないんだろう」

『安心して、私たちも一緒に行くから』


そこに新たに現れたのは、一際まばゆい数多の光の粒だった。それらが集約して人の形を結ぶと同時、光の中からテオとアカツキが現れる。


「私の守護の神力も、きっと二人の助けになるはずだから」

「ここから先、俺とデロはお前たちについていく。共に守ろう、大切なものを」


テオとアカツキの言葉に頷いたデロが、光の粒になりデオンの体に溶け込む。


「俺とお前はいまひとつの存在になる。この力、お前の糧にできるならば惜しくない。うまく使えよ」


アカツキもまた、そう言って光の粒になると、ジルカースの体に馴染むように一体化した。


「さぁ、行きましょう。早く二人を迎えに行ってあげないと」


テオの言葉に歩み寄った二人をぐるりと囲むように、轟音を響かせながら光の渦が巻き起こる。

三人はシュビラーナ、そして他の二神の力を受けて、浮遊都市スペランツァへと飛び立った。


***


浮遊都市スペランツァは、白い外壁に囲われた、サークル状の形をした建造物だった。

到底人が作ったとも思えぬ、長く続く回廊のような建造物。その天上には雲ひとつない紺碧の星空が広がっていた。

都市と呼ぶにはあまりに簡素な作りをしていたが、人のような生身の体をもたぬ神々が棲んでいたという場所ならば、確かにそれも一理あるのだろう。


『私たち三神が住む以前から、このあたり一帯は浮遊都市スペランツァと呼ばれていたね。神々しか棲んでいないのに都市とは、理屈はわからないが、おそらくは世界を統べる神々が住むここを都市と定めていたのだろう』


シュビラーナの言葉に、その中央に佇む銀色の反射体に覆われた空間を見やったジルカースは、一時言葉を飲んでから「行こう」と、デオンとテオに声をかけた。

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