第11話サイドストーリー/アイラの章

※幼少期に家が没落してから大人の賞金稼ぎになるまでのアイラのお話です


アイラが生まれ育ったのは東の国、王の側近兵を務める精鋭部隊長の家系だった。

その本名はルシュナータ、アイラは後に名乗る偽名である。

家族は父母と、五歳年下の弟と妹。

当時の彼女は五歳とまだ幼く、それでも側近兵を務める父の熱心な教育もあり、己の将来に対する希望は溢れんばかりにあった年頃だった。


そんなアイラが不老不死の力を人工的に投与されたのは六歳の時だった。

父としては強い力を得られるという点において、王の側近兵として確固たる力が得られると信じての事だったようだが、研究員たちの思惑は違っていた様だった。

世界で一番最初の、人工的な不老不死の力の被検体、それがアイラだった。

力としてはテオに与えられたものよりも弱いものであったためか、神力が目覚める事もなく、拒絶反応が出る事もなく、順当に適応した。

またアイラは幼い年頃だった事もあり、この時の事は程なく記憶の隅に追いやられてしまう。


彼女の身の上に二度目の転機が訪れたのは、それから数年後、十歳の時だった。

今代の王の側近を務めてきたアイラの一族が、再びの内乱の勃発により国を追われる事となった。

実父が家族を庇い死ぬその最中、手助けをして来たのは、テオの叔父にあたるレイドという男だった。

彼は神子の一族の出自であったが、長子でない事もあってか、外界や世俗との関わりが深い人物だった。

度々アイラの父の元へ赴いては、二人で和やかに酒を酌み交わしていたのだが、今回の父の死ばかりはレイドも信じたくない様だった。

「射撃の仕方は分かるな?自分の身は自分で守るんだ」

平素はレイドに見守られながら、父から射撃術の教えを受けていたアイラだったが、いつものように背を叩かれはしても、つまりは”人を撃て”とはっきり言われた事に戸惑っていた。

十歳ばかりの年端もいかない子供に、己の身を守るために人を撃て、とは残酷ではある。しかしそれがレイドの、ひいてはアイラの父もが、彼女に託した教えなのである。

「訓練のように頭や心臓は狙わなくていい、下半身を、足腰を狙え、歩けなければ追っては来れない」

先行するレイドに守られながら、幼いアイラも母や弟妹たちを守ろうと必死になって銃を撃ち放った。

後に賞金稼ぎアイラと有名になる彼女の最初の実弾射撃は、実に悲しい幕開けだった。


それからアイラたちは、隠れるようにして中央都市の外れの孤児院に身を寄せた。

初老の女院長のフィオナは、秘密に関してはきっちり守る人間で、人の道理に反した事は絶対にしない人間だった。

またシスターという身の上に似合わぬ豪快さと快活さも持ち合わせており、後の賞金稼ぎアイラの生き方に影響を残した人間のひとりでもあった。

「あんたがいちばんお姉さんだからね、狙撃の腕もあるようだし、もしもの時は皆を守るために一緒に戦ってくれるかい?」

そう言って力強く手を握ったフィオナの優しい眼差しを、アイラは未だにずっと覚えている。

それからレイドはアイラの義父という体で、度々孤児院に様子を見に来た。内乱の一件以降、アイラの母が病にふせりがちだった事もあるだろう。

「俺とお前の母さん…エピルさんとは幼なじみでね、丁度お前位の頃、お前の父さんと三人でよくあれこれやらかして怒られたな」

”エピルさんはあの頃から綺麗な人だったよ”

そう懐かしそうに笑うレイドの眼差しは、やはりというべきか寂しげで、アイラは幼いながらにして人生の厳しさを噛み締めていた。


そしてアイラが十二歳の年のこと。

母を病でなくしてから、アイラは双子の弟妹と義弟妹てある孤児院の子達を守らなければ、という気持ちをより強くしていた。

日頃から言われていた、「厳しい世の中でこそ人の縁を大切にする事だ」というレイドからの言葉のせいもあっただろう。


そんな時に、アイラの人生における一大事件となる事態が起きた。

孤児院に奴隷狩りの夜襲が入ったのである。

その日たまたま宿泊していたレイドとアイラは応戦に入り、孤児院の中は倒れた家財道具と銃跡により惨憺たる状態となった。

その最中、奴隷狩りのリーダー格の手により、レイドが重症を負ってしまった。

「今はまだ力が顕在化していないようだが……お前は人ならざる生命力を持った子だ、それを恨むか、受け入れて使いこなせるか、それはお前次第だ。強く生きろよ……」

そう言い残したレイドは、死期を悟った表情で、歳若いアイラの腕の内で息を引き取った。

その後の応戦の最中で、同じく右のこめかみへ致命傷を負ったアイラだったが、事件後フィオナ院長らの介抱の甲斐もあって一命を取り留めた。

明朝、ベッドの上で”驚異的な回復力が目覚めたことにより致命傷が回復した”と聞かされたアイラは、血まみれの包帯を解くと、嘘のように癒えている右こめかみの傷跡をなぞった。

鏡で見ればまだ薄らと傷が確認出来ていたが、傷跡は重症だったとは思えぬ程にすっかり癒えていた。

”人ならざる生命力を持った子”というレイドの言葉を、アイラはようやく身に染みて実感していた。

”それを恨むか、受け入れて使いこなせるか、それはお前次第だ。強く生きろよ”

レイドの言葉はアイラの心の中に、傷跡と共に深く刻み込まれた。

夜襲の夜に奴隷として攫われた弟妹たちを探すため、賞金稼ぎになることを決意したのはこの時であった。

しかしそこへ、東の国の元精鋭兵だという物々しい風体の男たちが尋ねてきた。アイラが人ならざる力を持った元特殊部隊長の娘だと聞き知って尋ねて来たらしかった。

十二歳のアイラに対し、ふた周り程も年上の厳つい男たちが揃って敬礼をする。

「部隊長のお嬢さんは若くして狙撃の腕が立つとお聞きしました。東の国を蛮族から取り戻すために協力して頂きたい、あなたの力が必要です」

賞金稼ぎになり弟妹たちを取り戻すと決めていたアイラは、彼らについて行く事を断った。

しかし、アイラが幼くして敵討ちのような事に身を投じる事を心苦しく思ったのだろう、フィオナ院長はこう言った。

「大切な子供たちを皆さらわれたのは、あたしらも同じさね。あたしも銃火器の扱いと人材にはちょっとツテがあってね、あんたの代わりに賞金稼ぎになろう。あたしが老いさらばえても子供たちを取り戻せなかった時は、あんたが跡を継いでくれるかい?」

その時、傷跡の鈍い疼きと共にアイラの意識によみがえってきたのは、レイドのあの言葉だった。

「厳しい世の中でこそ人の縁を大切にする事だ」

フィオナの頼もしい言葉に頷いたアイラは、愛しい養母へ別れの抱擁を交わすと、元精鋭兵だという彼らと共に東の国へと向かった。


そこで共に内戦に参加したアイラは、またたくまに東の国の半分の領地を奪還し、十六歳の時に刺青を受け継ぎ、若くして部隊長となった。

それから十五年余り抵抗を続けるも、戦力差は開き、やがて苦しくも敗走する事となる。

無念の最中のアイラの元へ届いたのは、フィオナの訃報だった。

”あたしにもしもの事があった時には、この名を、【賞金稼ぎソルティドッグ】の名をあんたに託すよ、子供たちの未来を取り戻しておくれ”

賞金稼ぎソルティドッグは、子飼いの私兵たちを鍛え賞金首を狩る事で名の知れた人物で、アイラの耳にもその名声は届いていた。

いまだに実の弟妹の行方が掴めていなかったアイラは、その足で賞金稼ぎへと転身する。


それから五年経過した、アイラが三十六歳の年のこと、ようやく生き別れの実の弟妹の行方が判明する。

弟ルディークは奴隷商人をして賞金首となっており、妹サリヤの方は奴隷をしていたものの、その美貌を抜擢され、北の国で高級娼婦として働いているらしかった。

「こんな出会い方はしたくなかった、まさかあんたが奴隷を狩る側になってるなんて」

「姉さんは相変わらず青臭い夢を追ってるみたいだね、俺はもう物心ついた時からこういう生き方しか知らなかったからさ」

「やめなよ、このままじゃあんたろくな死に方しないよ」

「奴隷商人はいいよ、狩られる側になる不安もない、それに酒も金も女もなんであろうと好きにできる」

そう言い捨てたルディークの表情は、どことなく母の面影を残していたものの、すっかり悪心に侵された笑みを見せていた。

ルディークの言葉にもう希望は無いと確信したアイラは、せめて身内の情けとして自分の手で討ち取る事を決意する。

「こうすることしかできない姉さんを恨んでいいよ、あたしが代わりにあんたの業を貰って生きていく」

手馴れた自動式拳銃の一撃で仕留めたアイラは、静かに涙しながらルディークの首から形見のロケットペンダントを外した。

そこにはルディークの双子の妹のサリヤが写っていた。

父の面影を感じさせる顔立ちだったため、アイラの目にもすぐに分かった。

高級娼婦になった際に兄の元へ送って寄越した写真なのだろう、結い上げた髪にとても艶やかに着飾った衣を身にまとっていた。


写真を手掛かりに北の国へと向かったアイラは、自分の身なら縁のないであろう娼館へと足を踏み入れる。

高級娼婦ならば食う寝る場所に困って居ないだろうとは思ったが、娼婦という身の上は女として生きるならばどう考えても心易いものとは思えなかった。

面会に訪れたアイラに、サリヤは驚いたような様子もなく、冷めた表情で出迎えた。

「姉さん、ね。今更来てなんの用」

「……ルディークも同じ様な事を言ってたよ。暮らしに困っていないなら構わないけど、辛い思いはしていないかい」

「あたしは幸せよ、必要としてくれる人が居るもの、もう身請け先も決まってるのよ」

「…そうかい、それなら良かった」

「話はそれだけ?あたしもう行くから」

早々にその場を離れていくサリヤに声を掛けようとしたアイラだったが、下働きの者たちに制され叶わなかった。


しかし後日、サリヤの身請け人が過去に自分が狩った賞金首だと知ったアイラは、それを知ったサリヤが自害した事を聞かされる。

またしても身内を望まずして亡くしてしまったアイラは、憎らしい程の現実の残酷さに打ちひしがれた。

しかしその時、傷の鈍い疼きと共に彼女の意識によみがえってきたのは、やはりと言うべきかレイドのあの言葉だった。

「厳しい世の中でこそ人の縁を大切にする事だ」

「お前は人ならざる生命力を持った子だ、それを恨むか、受け入れて使いこなせるか、それはお前次第だ、強く生きろ」


”今なら分かる。きっとレイドさんも、あたしと同じように大切な人たちと煮え切らない別れを幾度も経験してきだんだろう”

生きる血なまぐささを痛いほどに感じさせるレイドの言葉に、また幼い頃のように背中を押され立ち上がったアイラは、弟妹を救えなかった無念を晴らすため、賞金稼ぎと並行して奴隷解放の活動を始める事を決意する。


過去にフィオナの救った子供たちの手により、孤児院も無事再建されていた。

アイラは賞金首を狩って稼いだ資金の半分をその孤児院の支援に回し、残りは年傘のある若者たちを私兵として鍛える資金として運用して行く事となる。

やがて【賞金稼ぎのアイラ・ソルティドッグ】の名は、奴隷狩りから子供たちを救うヒーローとして、たくましく世に知れ渡る事となるのである。


(アイラ編 了)

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