02 皇帝の部屋
一度帰宅し、約束の時間に再び皇宮を訪れた。皇室使用人の案内で、皇宮の内部へと案内される。
広間のようなところに、ナジュドがいた。使用人はお辞儀をして、その場を離れる。
「ここから先は私しか知らない空間だ」
奥の扉には石板でできたパズルのような装置があった。ナジュドが魔力を込めながら模様を組み合わせると、扉が開いた。
中に入るとホールのような空間となっており、その床にも同じような装置があった。同様に模様を組み合わせることで床の扉が開き、転移用の魔法陣が出現した。
「すごーい、映画みたい!厳重だね~」
「特別な魔法で、皇帝にしか操作できない仕様となっている」
「へー!すごいすごい」
素直にはしゃぐ光莉を見て、ナジュドは表情を和らげる。
「それほど重要な場所に招くということだよ。
私がここに人を呼ぶのは、初めてだ」
3人が転移装置に乗り、ナジュドが魔力を込める。
転移先は、大きな書斎のような部屋だった。
室内には螺旋階段があり、どこまで続いているのか見えないほど高い天井。そして天井まで続く本棚には、びっしりと本が並べられている。
中央には暖炉を囲むようにソファが並べられている。
「天井が見えない!本がいっぱい!!」
「皇位継承後に引き継がれる部屋だ。使用者によって、部屋の様子が変わるらしい。
198代は美しい森林に囲まれた寝室、197代は軍事戦略に関する書物を集めた部屋だった」
使う者にとって必要な物が揃った部屋になるなんて、まるで魔法の部屋だ。
「この部屋は……?」
「魔法や歴史に関する書物がほぼ全て揃っている。
ここにいると、皇宮図書館などただのハリボテのように思えるよ」
「確かに、そうですね」
それだけナジュドが自分たちの歴史に関心を持ち、知ろうとした証ともいえる。
ナジュドは2人にソファに座るよう促した。
「私は君たちを信頼しているし、君たちにも信頼してもらいたい。だから今日ここへ呼んだのだ。
お茶を淹れても構わないか?」
「え…は、はい」
手伝います、と言うべきか迷い、結局そのまま座って待つことにした。
智希は少し緊張していたが、光莉はいつもと変わらない様子だった。
「君たちの国には、『コーヒー』という飲み物があるらしいな。アウグスティンから聞いたよ」
「はい」
「その飲み物は、赤い実から生成されるものか?」
「そうです。ご存じなんですか?」
ナジュドはカップを用意しながら言う。
先日パジャ島のキャンプ地でルートヴィヒたちに振る舞ったことで、噂が広まったのだろう。
「恐らくその実の成る木の栽培は、世界で禁じられている」
「え?!なんでですか…?!」
「その実を食ったヤギが異常に元気になったので、『悪魔の実』として当時根絶やしにしてしまったのだよ」
「え、コーヒーの木を?もったいなーい」
光莉はのんきに答えるが、智希は絶句する。
確かにコーヒーの実自体にもカフェインは多いだろうから、そういうことになってもおかしくない。
…が、根絶やしにする程のものを軍人に振る舞ってしまったのかと、智希は青ざめる。
その姿を見て、ナジュドは笑いを堪えるかのように言う。
「すまんすまん、咎めるつもりで言ったのではない。皆味も気に入り、飲んだあとは仕事が捗ったと話していたようだ。
『生成』できたということはまだどこかに生えているということだろう。再び栽培するならきちんと各国に掛け合うから相談してほしいと思っているだけだ」
「よ……よかった、知らなかったとはいえすみません……」
てっきり責め立てられるものと思っていたので、ほっと胸を撫で下ろす。
ナジュドがポットとカップをテーブルに運んだ。静かな手つきで、お茶を注ぐ。
「本題を…誤解なく上手く伝えられるか、自信が持てずにいる。回りくどい説明ばかりになりそうなので、何を言いたいかを、先に言わせてくれ。
話したいのは、神級魔法のことと…私の父の兄弟のことだ」
話の内容は、智希の予想と概ね一致していた。智希が返答する前に、光莉がすっと手を挙げる。
「あの、ごめんなさい。
集中するために、甘い物用意していい?」
「あぁ、自由にしてくれ」
「やった!智希、お願いしますっ」
話が長くなり集中力が切れることを心配したのだろう。智希は光莉のために、マカロンを『生成』した。
「マカロン!!今度は萎んでない~!!」
「あれから研究したんだ」
「なんと色鮮やかで可愛らしい……!」
以前光莉にリクエストされて作ったが、上手くいかなかったのだ。
いずれリベンジしようとこっそり『生成』を繰り返し、試行錯誤していた。
「ごめんね、ナジュドさん。私達だけ美味しい思いしちゃって」
「……よかったら私も、頂いていいか?」
「それはもちろん、いいですけど…」
ナジュドの言葉に、智希は驚く。
皇室の者は、皇室料理人の作るものしか食べないように徹底されていたからだ。
「今日は無礼講だ。
できるだけ、君たちと対等に話したい」
そう言って智希に断り、ナジュドはマカロンをひと口つまんだ。
「本当に美味いな」とナジュドが声を漏らすと、なぜか光莉が「でしょー?」と嬉しそうに言う。
「私は、君たちの友になりたい……という言い方はズルいな。だが今日は、全てを晒すつもりでいる。
聞いたうえで君たちが納得のいくこと、同意できることに関しては、ぜひ…私の味方についてくれると非常に心強い。
そういう狙いで、これから話をさせてもらう」
確かにズルい言い方ではあるが、わかりやすくて良い、と思った。
智希は2人のために、マカロンを追加で『生成』した。
「これほど回りくどく予防線を張ることには、理由がある。
これから話すことはあまりにも政治的であり、世界を揺るがしかねない歴史的な背景もあるからだ。
だからこそ君たちに…誤解が生まれないよう、早いうちに打ち明けておきたいのだ」
ナジュドは、静かにお茶を啜った。
「この世界の歴史は、大まかには…知っているか?」
「初代ギルガメシュ皇帝が魔力を授かって…世界を統一した?」
「そうだ」
ナジュドは『浮遊』魔法で、1冊の本を呼び寄せる。皇室の歴史を記した本だった。
ページを捲りながら、ナジュドは落ち着いた声色で説明する。
「太陽神シャマシュと金星の女神イシュタルから魔力を授かったギルガメシュは、友人であるエンキドゥと対を結んだ。
圧倒的な強さを誇ったギルガメシュは、魔法を人々に広めた。
その強さでシュメール帝国を統一し皇帝となったギルガメシュは、帝国の配下につくことを条件に、その当時あった世界の国々にも魔法を広めて回った」
初代皇帝は世界を統一しただけでなく、やはり世界中に魔法を広めた人物のようだった。
「魔法は瞬く間に人々に浸透し、世界は魔法なしには成り立たたなくなった。
だからこそこの世界では、魔法をもたらしたラティア神、イシュタル、シャマシュに並んで、初代皇帝も同様に崇められてきた」
石油や石炭のようなエネルギーを必要としないほど、この世界は魔法で物事が成り立っている。
魔力が少ない者でも生活ができるよう、帝国の政策によって様々な魔導具や装置が開発され、それらがライフラインとなっている。
人々にとって魔法は、生きるために欠かすことのできないものとなっているのだ。
「初代皇帝の力は、その息子たちに受け継がれてきた。
第一皇子、第二皇子は強い魔力を有し、その息子にも、そのまた息子にも魔力の強さは受け継がれた。
そして不思議なほど、第三以降の皇子や皇女には強い魔力は引き継がれなかった」
次の世代でいうと、ザイルとリドワーン。
彼らの魔力容量は1億を超えているが、第三皇子であるライルの魔力容量は1000万ほどで、イオやリオンと変わりない。
「......これから私が話すのは、皇族にとっての不都合な真実だ。
それが明かされてしまうと、一歩間違えれば、世界がひっくり返る。
だからこそ、ここには君たちしか呼ばなかった」
ゆっくりとした手付きでカップを置くと、ナジュドは暗い表情のまま言った。
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