07 きみが隣にいること








 一方男性陣は、その後も飲んで飲んで飲み続けていた。

 最終的には智希が野球のルールを説明している辺りで、次々と撃沈していった。


「だ、大丈夫……?」


 日が変わる頃になり、光莉たちが女子会を終え男子メンバーの席に向かうと、顔を上げているのは智希だけで残り3人はテーブルに突っ伏して寝ていた。


「光莉ー、帰ろーぜぇ」

「……天野くん、飲みすぎじゃない?」

「だいじょうぶだいじょうぶ、浄化すればすーぐ冷めるから」


 気が大きくなっているのか、ヘラヘラ笑う智希に光莉はため息を漏らす。


「リオン、ねぇリオン」


 リイナがリオンを揺り起こそうとするが、リオンは完全に熟眠している。


「……リオンはだめだ。

 ヒカリ、トモキが歩けそうなら先に帰ってていいよ。少し待ってからリオン連れて帰る」

「私達も少し残るよ。トモキ、歩いて帰れそう?」

「歩ける歩ける。さ、帰ろー」

「ま、待って天野くん!」


 ニナとメイサがしばらくリオン達に付き添ってくれるというので、「助けがいるなら連絡して」と言い残し、光莉は智希を連れて一旦帰ることになった。


「天野くん、どんだけ飲んだの?」

「エールを1、2、3、4……わからん」

「も~」


 足取りはよたよたしているが、なんとか前には進んでいる。

 今までに見たことのないご機嫌な智希の姿に、光莉は呆れつつも見守りながら歩みを進める。


「光莉は楽しかった?」

「うん、ずーっと喋ってた。

 あの店、メイサのお姉さんのお店なんだって」

「へー!飯も酒も美味かったな~、今後2人で行こうぜ」

「うんうん」


 すると智希が突然立ち止まった。

 光莉の方を振り返ると、智希はすっと光莉に手を差し出してくる。


「光莉、手ぇつなご」

「え!? や、やだ!!」


 突然のことに、光莉は思わず拒否してしまった。


「なんで?」

「いや、むしろなんで今手つなぐの…!?」

「おれが酔っ払ってるからだよ」

「はぁあ~!?」


 光莉の言葉に構わず、智希は光莉の左手を優しくつかんだ。


「酔っ払ってなきゃできん、こんなこと」

「……酔いにまかせてこういうことするのはずるいと思う」

「ずるい男なの、おれ」


 光莉は文句を垂れながらも、智希の手を握り返した。

 智希はますます機嫌がよくなり、光莉の手を引いて商店街を歩き始める。


「エッチな話ばっかしてたでしょ」

「男だもん。しょうがない。でもどうせみんな耳年増だよ」

「なに、耳年増って」

「経験ないのに、聞きかじった知識だけ豊富なの。どうせみんな童貞だよ」

「あはははっ」


 普段の智希からは考えられないほど饒舌に普段は言わないような話をするので、光莉はだんだん面白くなってきた。


「他にはどんな話した?」

「うーん…元の世界の話とか…野球の説明したり…セ〇〇〇しながら“マナの混和”するとか…」

「なんかすごいワード出てきたけどスルーしよう…」

「世界観が違うよな」


 異世界アオハルファンタジーにそんなワードはいらない、と光莉は一蹴する。


「……天野くん、野球、もうしないの?」

「したいなぁ。魔族と野球チーム作ろうかな。

 でももう本気では投げらんないかもな」

「また練習したらいいのに」

「なんで? てか野球やってたって話したっけ??」


 智希が首を傾げ、光莉を見遣る。


「中2の時、うちの中学との試合をたまたま見たの。

 天野くんがピッチャーで出てた試合」

「え、うそ。まじか」

「かっこよかったから、辞めたのもったいないなーって」

「俺かっこよかった? うわー、うれしい。よく覚えてるね」


 光莉が褒めると、智希は素直に喜ぶ。

 中学2年の総体で野球部の試合を応援に行った時、相手校のピッチャーが智希だった。

 光莉はそこで初めて智希のことを認識したのだ。


「光莉がかっこいいって言ってくれるならもっかい頑張ろっかな」

「言う言う、何回でも言うよ」

「うれしいなぁ」


 光莉がおだてると、智希は嬉しそうに腕を振った。


「でも俺いま、野球よりもやりたいことあるんだ」

「なになに?」

「ピアノを作って、光莉に弾いてもらう」


 智希の優しい笑顔に、光莉は少し胸が痛くなった。


「光莉よく、指動かしてるでしょ。ピアノ弾きたいのかなって。

 俺も光莉のピアノ聴きたいし」


 光莉は、元の世界で覚えた曲を忘れないように時々指で空を切りながら鍵盤を叩く真似をしていた。

 それを智希は見ていたようだ。


「なんで…そこまで……」

「光莉のことまだなにも知らないけど、一緒に来たのが光莉でほんとによかったって感謝してるんだ。

 だから光莉が喜ぶことをしたい」


 酔っているせいか、ぽろぽろと素直に言葉を吐く智希。

 光莉はきゅっと、唇を噛み締めた。


「どうして天野くんはそんなに…私に優しいの?」

「優しいってか、ふつうでしよ。

 光莉のこと大切だから、光莉には笑っててほしいだけだよ」


 堪えきれずに、光莉は思わず泣き出しててしまった。

 女子メンバーに続いて智希にまで優しい言葉を投げかけられて、完全に涙腺が崩壊してしまった。


「え、うわ、なんで泣いてるの? ごめん、俺なんかした?」

「ごめ……うっ、ごめん、ちがう…違うの~……」


 右手で涙を拭いながら謝る光莉に、智希は戸惑いながら頭を撫でる。


「……嬉しいの。

 私、もうじゅうぶん、天野くんからもらってるから……」

「もらってるって、なにを…?」

「……助けてもらってる。引っ張って…もらってる。美味しいごはん、作ってもらってる」


 どれも、ひとりじゃできなかったこと。

 元の世界じゃ、してもらえなかったこと。


「笑わせてくれて……一緒にいると安心させてもらってる。

 もう、十分すぎるくらい、もらってるよ」


 孤独に過ごした元の世界でのことを忘れてしまうほど、ここに来てからの日々は楽しかった。

 それはきっと、ひとりじゃなかったから。

 みんながいたから。

 そして、智希が一緒だったからだ。


「じゃあ、お互い様だ。俺も光莉に感謝してるし、光莉も俺に感謝してる。

 よかった、俺ばっかりが助けてもらってるんじゃなくて」

「うん、うん。

 私も助けてもらってる。いつもありがとう」


 そう言って光莉は、智希の右肩に頭を預けた。

 智希はもう一度、光莉の頭を撫でた。







 それから再び歩きだし、何気ない会話を繰り返しているうちに家についた。

 なんとなく離れがたくて、手を繋いだままリビングのソファで話し続けた。


「今日は“混和”、しない?」

「いま“混和”したらヤバそうだから今日はしない」

「ヤバいってなにが?」

「なんかもういろんなことがヤバい」

「あはは、語彙力失ってる」


 ソファに並んで座る2人は、ここが異世界だなんてことが信じられないくらいに穏やかな気持ちだった。


「今日のこと朝になったらぜんぶ忘れてるんでしょ」

「覚えてるよ、大丈夫」

「じゃあ明日もちゃんと光莉って呼ぶ?」

「呼ぶさ。もう壁ないもんね」

「ほんとかよ!」


 智希らしくない言葉の数々に、光莉はけらけらと笑う。

 智希は甘えるように、光莉の肩に頭を乗せた。


「俺、光莉が横にいて、幸せだ」


 繋いだ手の温もりも、すこし絡み合う腕の重みも。

 怖いくらいに幸せで、ずっとこの時間が続いてほしいと思った。


「天野くんってほんと酔うと饒舌になるのね」

「ふだんは見栄っ張りの恥ずかしがりやなんだよ。こっちがほんとの俺」

「ふふ、だといいな」


 元の世界にいた頃の智希は、誰に対しても透明の壁の向こうから接しているような気がしていた。

 智希が言うように、いま、2人の間には壁はまったくなかった。


「たしかに…戦いとかなくなって、こうして2人でいられたら、幸せかもなぁ」


 光莉も、預けられた智希の頭に顔を寄せる。


「な。したら世界中、旅行しようぜ。

 たんまり褒美もらって、でっけー家建てて」

「そうだね。日本もちゃんと観光してみたいな。

 こっちの世界がどんな風になってるかわかんないけど」


 元の世界にいた頃には、決して語ることのできなかった夢だった。

 夢も、理想も、なかったわけじゃない。

 そんなものを抱く余裕なんて、どこにもなかったんだ。


「俺、頑張る。

 平和な世界にして、光莉と幸せに暮らす」

「……私も、頑張る」


 互いに、手をぎゅっと握りあった。

 守りたいものが、またひとつ増えた夜だった。









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