第5話

あっという間に、魔法契約の書類が出来上がる。給与は希望通り。一般的な衣食住を保証する。ロイヤリティは4割と書かれている。僕に不利な条件はない。


「仕事早いですね。それにしても……ロイヤリティ4割は多くないですか?」


「マイスが優秀なのは間違いない。4割払っても利益を得られるわ。必要な投資だから気にしないで」


そこまで僕を評価してくれるのは嬉しい。よし、今までよりも頑張って良いものを生み出そう。その前に、聞きにくいけど、聞かなきゃいけないことがある。


「あの……僕はマイスと言います」


「知ってるわよ! 自己紹介してくれたし、契約書に書いたでしょ」


「あのぅ……貴女のお名前を教えて頂けないでしょうか。その、達筆過ぎてお名前が分からなくて……」


彼女のサインは見た事ない文字で書かれている。


「あ、あああ! ごめんなさい! 自己紹介してなかったわ! アオイよ。見ての通りエルフ。よろしくね」


「マイスです。ドワーフの職人です。アオイさんの作りたいものは、可能な限り作ります。よろしくお願いします」


「本当に貴方を雇えて良かったわ。期待してる。これからよろしくね」


「はい! よろしくお願いします!」


そう言った時、大きな木が光った。


「なんですか?!」


「仲間が帰ってきたの! 紹介するから来て! みんな! 最高の職人を捕まえたわ!」


「なんで男がいるの!?」


男嫌い?!

どうしよう、印象良くしないと!


「大丈夫! 良い人だったから! もう契約しちゃった!」


「はぁ?! 何してんのよ?!」


目を釣り上げて怒っているのは、獣人? まだ遠いけど、猫耳としっぽが見える。もう1人は、何あれ! でっかい剣を持ってる! つ、強そう……。よく見ると、どっちもかなり美人さんだ。獣人さんの方は、美少女って感じ。剣士さんは、凛としてて綺麗な人だ。


「だって見て! あれだけやっても直らなかったドアがこんなに綺麗に直ったんだよ! それも、ものの数分で! お人好し過ぎて、搾取されてたの知ってショックで衝動的に家出して彷徨ってたとこを拾った! ここに入れる時点で悪い人じゃないでしょ。しかも、方位磁石も作ったんだって!」


「方位磁石?! マジで?!」


「マイス! さっきの方角が分かるって言ってた魔道具見せてっ!」


これ、方位磁石って言うんだ。僕用に作ったから誰にも見せてないんだよね。そもそもみんなは街で迷ったりしない。僕は方向音痴ですぐに迷うんだ。


「はい。これですね」


僕の作った魔道具は、ダン親方の所に来てすぐ作った試作品だから、親方にも見せてない。もうちょっと改良したら見せようと思ってたんだよね。だから、あんまり大したことないと思うけど……。


「なにこれ! どうやって使うの?!」


僕の作った魔道具は、小さな羊皮紙に道が浮かぶように出来ている。


「ここに行きたい所を思い浮かべて登録します。そしたら最短ルートが分かるんです。街ならちゃんと歩ける道で出るんですけど、森とかになると真っ直ぐ進む最短ルートしか出なくて、地形の判別が出来ないんです。まだまだ試作品ですね。だから、入っちゃいけないって言われたのに、ここにまっすぐ来てしまって……」


「「「ナビじゃん!!!」」」


「すごい! すごいわ! アオイ、お手柄ね」


「そうでしょ! すごいの!」


僕を睨んでいた獣人さんは、急に優しくなった。剣士さんも、さっきより警戒を解いてくれた……ように見える。


「あたし、レナ! 猫獣人のシーフだよ! よろしくね! この魔道具って私の分も作れる?」


「5日お待ち頂けるなら作れますよ」


「5日で出来るの?!」


「これだけに集中して良いなら、絶対出来ます。これは試作品なので、お渡しする訳にいきません。きちんとした物を作るのに、それくらいのお時間は頂きたいです」


せっかく雇って貰えたのに、最初に提供するのが試作品だなんてあんまりだ。材料はダン親方が分けてくれた物で足りるけど、女性が使うならもう一工夫欲しいし、森の中で石を探したいから時間が欲しい。


「ずいぶんしっかりされてる方ですね。わたくしはカナと申します。見ての通り剣士ですわ。よろしくお願いしますね」


「は、はい! マイスです。ドワーフの職人です。大工もしていたのでお家も直せます。よろしくお願いします!」


「家の修理も頼みたいけど、ひとまずマイスはこのナビ完成してね。住む所、どうする? この小屋はちょっと隙間風がすごいし……やっぱり先にお家作る?」


「ここの小屋で充分ですよ。ここで作業して良いんですか?」


「良いよ。この小屋はマイスにあげるから好きに使って。改造も勝手にしていいし。ご飯は毎日3回、呼びに行く? 届ける?」


3回も?! 嬉しい。


「届けて貰うのは申し訳ないので、伺いますよ」


「でも、手が止まっちゃうよね?! あたし早くナビ欲しい!」


「レナ! ダメですよ!」


カナさんが、レナさんを叱っている。どうしたんだろ? 僕、何かした?


「そうよ! うちはブラック企業じゃないんだから! マイス、さっきの5日って徹夜込みじゃないわよね?」


「えっと……徹夜すれば3日もあれば……」


「そうじゃない! マイス、就業時間を決めるわよ! 9時から5時まで! それ以外は働くの禁止!」


9時から5時なんてありえない。朝日が上ってから、沈むまでは働くものでしょ? ギルド長のとこにいた時なんて、月の半分徹夜だった。


「それはサボり過ぎです!」


「雇用主命令! 絶対その時間以外働くな! 昼休みもちゃんと取れ! 午前と午後に休憩もしなさいよね!」


「そうですね。アオイの言う通りです。マイスさん、そうしてください」


「でも、それだと5日は厳しいですよ」


「なんでそんなに早く作らなきゃいけないのよ。納期は決まってないわ。使うのは私達なんだから」


「マイス……ごめんなさい。次に街に行く予定は来月だから、ゆっくり作って」


レナさんの耳がペタンと閉じて、しっぽも垂れてしまった。なんだか申し訳ないな。でも、アオイさんが雇用主なんだし、雇用主命令とまで言われたら逆らうのもダメだよな。


「分かりました。決められた時間で働きます。それ以外の時間は、家でも建てましょうか?」


「だから! 働くの禁止!」


アオイさんの叫び声が、森に木霊した。

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