第135話 前哨戦ー2

◇凪視点


コンコンコン!


 私はお兄ちゃんとお話したくてその扉をノックした。


 出発前、時間はほんの少ししかないのは分かっている。


 でも五年も待ったんだから少しぐらい我儘しちゃおう。


「お兄ちゃん、入るよ?」

「な、凪!? ちょ、ちょっと待って!!」


 慌てているお兄ちゃんの声。

仕方ないからしばらく扉の前で待っていると扉が開いた。


「はぁはぁ……ごめん。凪」

「凪ちゃん、お先に頂きました。次は凪ちゃんが楽しんでね」


 レイナさんが乱れた感じのお兄ちゃんの後ろから出てきた。


 顔をほんのり赤くして、なんかすごくつやつやしてる。

女の私から見ても滅茶苦茶エッチだ。


 そして大満足ですという顔で部屋を後にした。


「は、入るか? 凪!」

「……けだもの」

「け、けだもの!?」

「ふふ、冗談。じゃあおじゃましまーすって……湿気がすごい……」

「あ、あはは……換気。換気!! いやーやっぱり地下は湿気がすごいな」


 そして私はベッドに座る。


 慌てているお兄ちゃん、まぁ多分彩さんとレイナさんと致したんだろうか。

二人とも五年もお預け食らったし相当女として飢えてたんだろうな。

 

 あれから五年、二人は23歳と25歳。

結婚していてもおかしくない年齢なのだから。


 私はあたふたしているお兄ちゃんの背中を見る。


 お兄ちゃんがいなくなった五年前、私は中学二年生になろうかという年。

そして今は大体高校卒業ぐらい、つまり今のお兄ちゃんと同い年ぐらい。


 私はベッドから立ち上がった。


 ぎゅっ。


「な、凪!?」


 私はお兄ちゃんを後ろからぎゅっと抱きしめた。


「どう?」

「ど、どうとは?」


「……変わった?」


 私は自分の胸を兄の背中に押し当てた。

レイナさんほどではないにしろ、彩さんぐらいは成長している。

身長も160ほどまで少しだが伸びた。


 我ながら結構良い女と思っている。

この五年で何度言い寄られたか数えきれない。


 でも全部断った。


「か、変わったとは?」


 兄はこういうところは本当に鈍い。

鈍感系主人公を地で行くのだから彩さんとレイナさんの苦労がわかる。


 私は兄を振り向かせ、そして両手を広げた。


「ん!」


 ハグしてほしいと少し甘えてみる。

すると五年前と何も変わらずお兄ちゃんは笑って、私を抱きしめた。


「何も変わらないよ。俺にとって凪は何も変わらない。相変わらず世界で一番可愛くて、世界最高の妹だ」

「……不正解」

「不正解!?」


 まぁ兄にそこまで期待するのは無茶というものか。

私だっていまだにこの気持ちがそういうことなのかわからない。

五年前は、いや、ずっと前からお兄ちゃんが大好きだった。


 でもその大好きは思ったよりも大好きだったんだ。


 ひとしきり抱きしめてもらった私は、ベッドに座ってもう一度両手を広げる。


「抱いてほしいな」


 顔を赤くしながらちょっと意地悪な言い方。

でもお兄ちゃんは一切の迷いなく私を抱きしめてベッドに潜った。


 そして私を。


「相変わらず甘えん坊だな」


 優しく撫でて寝かしつけようとした。


 五年前と何も変わらない。

私がAMSの症状を発症したときと何も変わらない。


 怖くて、目を閉じれば二度と冷めないような気がして眠れなかった毎日。


 お兄ちゃんは毎日のように私を抱きしめて布団にもぐってくれた。

そして私が寝るまでずっと頭を撫でてくれて、起きていてくれた。


「お兄ちゃんは何も変わらないね」


 私はクスっと笑いながらその胸に顔をうずめた。


「そりゃそうだ。俺だけタイムスリップだからな」

「出発までこうしていい?」


「いいぞ。凪のお願いはなんでも聞いてあげるからな」

「なんでも?」

「あぁ」

「じゃあ……(いかないで)」


 私は次の言葉を言おうとして、ギリギリで踏みとどまった。

そしてぎゅっと目を閉じて、兄をぎゅっと抱きしめた。


 いかないで欲しい。


 これは私のエゴだ。


 最低だ、私は。


 それでも私はお兄ちゃんだけでよかった。

お兄ちゃんと二人で生きていけるならそれでよかった。


 でもそれは言ってはいけない。

お兄ちゃんは世界を救えるすごい人だから。


 それでも私にとっては、お兄ちゃんはお兄ちゃんだから。


 戦ってほしくない。


 死にそうな目にあってほしくない。


 ただ傍で一緒にいて欲しい。私はそれだけで幸せだから。


 でも。


「どうした? なんかお願いがあるんじゃないのか?」

「ううん、いいの。大丈夫」


 ここが私の良いところだ。


 ぐっとこらえて我慢できる。


 本当の気持ちを胸にしまっておける。


 でも。


「……お兄ちゃん大好きだよ」


 こっちの本当の気持ちぐらいは伝えていいよね。



「……あら、寝ちゃったか」


 俺はすやすやと眠ってしまった凪を起こさないように、ゆっくりとベッドを離れた。


 時刻は夜9時、出発の時間。


 彩とレイナに搾り取られた分は、凪のおかげで十分な充電はできた。

いや、そういう意味じゃなくて休憩できたということでね。


 それにしても彩もレイナもすごかったな。思い出すだけでちょっとムラムラするぜ。さすが体はいまだに男子高校生だな!


 夢ではないかと思うほどに、男にとって夢のような時間だった。


 まぁレイナとは仕方なくだからね! 俺が望んだわけではないし、人類のためだから! 彩公認だから!


 俺は彩がほんとに好きだからな! ほんとだぞ、嘘じゃないぞ。


 と、誰に言っているかもわからずに俺は心の中でつぶやく。

用意されていた私服に着替えて、いつものような俺の戦闘服である安物のラフな服。


 顔を洗って、水を飲む。


 準備はできた。


 今から俺は人類の未来を賭けた戦いに臨む。


 そして、もう一度ベッドで眠る凪を見つめる。


 いつだって俺の戦う理由になってくれた凪、見ているだけで必ず守るという力が湧いてくるのだから不思議だ。


「じゃあ、いくよ。凪」


 俺は寝ている凪に出発を告げる。


 そしてもう一度心に刻んだ。


 自分の戦う理由をはっきりと。


「……いってらっしゃい」


 私は布団の中でお兄ちゃんに小さな声で返した。

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