第68話 昇格試験(上級)?ー5

 俺は、『ライトニング』に防戦一方だった。

全てにおいて相手が主導権を持っている。


 雷の速度で、周辺の影へと移動する騎士。

こちらは全力で集中し続けて、なんとかぎりぎり反応して受けることしかできない。

攻めようものなら、距離を取られる。

隠れようものなら、俺の影の上へと現れて攻撃される。


 稲妻を表すライトニング。

それは闇を照らす一筋の光。

ただし、この場合俺の影を照らすという意味はそのまま俺を殺すという意味と同義なのだが。


「……はぁはぁ」


 俺の身体には受けそこなった切り傷が多くできている。

傷こそ深くはないが、それでもヒリヒリとした痛みが体中で俺を蝕む。


 光明が見えない、ライトニングなのに。

……いや、そんな冗談言っている場合ではないんだが。


「くそっ! 捕まらない!」


 何度も捕まえようと近づくが、そのたびにライトニングで移動されて捕まらない。

だがしばらくの攻防の中、二つだけわかったことがある。

視界内の影に移動するときは『ライトニング』が纏う魔力がその転移したい影の方向に少しだけ動く。

とはいえ、方向がなんとなくわかる程度でどこに移動するかはわからない。


 もう一つは俺の影に移動するときは、真上に魔力が震えながら伸びていく。

おそらくその瞬間移動に関しては、どこにでも行けるから方向というものはないのだろう。

天に向かって昇っていき、稲妻のように降りてくる。


 ほんの微々たる差。

神の眼をもってしてもその微細な差を見つけることしかできなかった。


 これを見つけるために、何度切られたか。


 これが覚醒した騎士の力。


「はぁはぁ……こりゃまた輸血コースか」


 地面が俺の血で少し赤く染まっていく。

まだ意識は問題ないし、大した量は血を流してはいない。

『ライトニング』の転移は脅威だが、ステータス自体は俺の方が少し高く深手を負わないぐらいで済んでいる。


「いや、輸血コースとかの前に……くっ!」


 再度俺の背後に飛んでくる『ライトニング』。

俺はその振り下ろされる白刃を、龍王の剣で受けきる。


「死ぬ!」


 俺は『ライトニング』から再度距離を取る。

神の眼で見つめると、その真っ黒な魔力が真上に動く。


「俺の影への移動!」


 それは俺の作り出す影への瞬間移動の合図。

俺は後ろの影にすぐに振り向いて、剣を構える。


 案の定現れる白い騎士。

しかし、剣を交えずにすぐにまた別の影へと瞬間移動する。

俺が受けきると判断したようだ。


 俺の視界外から消えた白い騎士、俺は後ろを振り向く。

目の前にいないということは後ろにいると思ったから。


「!?」


 しかし、背後にもいない。


「やられ──!?」


 その騎士は俺の背後の別の影に瞬間移動し、俺が振り返ると同時に俺の影へとまた移動していた。

振り下ろされる白刃が俺の命を刈り取ろうと、まるで稲妻のごとき速度で振り下ろされる。


 俺は考えるよりも先に体が動き、すぐに後ろにのけ反った。

最適な動きのはずだった、それでもほんの少しだけ間に合わなかった。


「ぐぁぁぁ!!」


 受けそこない、逃げそこなった俺の胸は縦に切り裂かれる。

幸い内蔵には届いていないし、皮膚と表面の筋肉が切断されただけ。

しかし熱く燃えるようなまるで火に焼かれている痛みが俺の胸を焦がす。


 血が大量に噴き出した、致死量ではないが意識が朦朧とするには十分な量。


(……ミスった)


 消えそうになる意識、このまま追撃されたら死ぬしかない。


(……倒れるな)


 俺はそのまま後ろに倒れそうになる。


(……足に力を入れろ、意識を離すな)


 消えそうな意識、それでも俺はその手を放さない、放したくない。

ここで少しでも気を抜いたなら、ほんの少しでも死を受け入れてしまったのなら。


 俺はこのまま死ぬかもしれない。


(……だめだ、死ぬわけには)


 なんで?


 なんで死ぬわけにはいかない? 


 凪も救ったのに何でまだ生にしがみついている?


 なんでまだ俺は死にたくないんだ?

俺はもう十分やったはずだ。

AMSの治療法も見つけた、死にそうだった人もたくさん救った。


 最弱だった俺にしては十分にやったはずだ。


 なのになんで俺はこんなにも。


「待ってます、返事……ずっと、いつまでも」


 生きたいんだ。


「あぁぁ!!!」


 俺は腹の底から声を出す。

死にたくない理由なんて、単純だった。


 死にたくない理由なんて、死にたくないだけでいいだろう。

まだやりたいことはある。

俺にはまだやらないといけないことがたくさんある。

こんな俺を待ってくれている人たちがいる。


 だから俺は倒れそうな足にもう一度力を入れる。

その眼に黄金色の炎を灯す。

思い出すのはあの真っ赤な顔で照れながら俺を見つめる少女。


「はぁはぁ……童貞のまま死ねるか。俺にも、こんな俺にも──」

 

 それは笑ってしまうほど単純で。


「──帰りを待ってくれる人がいるんだ!!」


 心の奥から湧き上がる正直な気持ちだった。


 白い騎士が、俺に向かって追撃してくる。

俺は手放しそうな意識を再度覚醒し、もう一度強く剣を握る。


 俺は後ろへ全力で飛んだ。

白い騎士は、『ライトニング』を発動し、追撃しようと魔力が天に昇る。

俺は背後の影へと体を向けて、現れたところをタイミングを合わせてそのまま切りかかろうとする。


 しかし。


ブン……。


「な?」


 しかし、『ライトニング』は飛んでこなかった。

むしろその真上に伸びた影のような魔力が反転し、感電したように震えている。


 俺は自分の影を見た。

この部屋の光源はいたるところにあるが、今たまたま俺の影が光源が重なり一瞬小さくなった。

 小さくなった影は、転移できるだけの大きさはない、つまりライトニングの対象にならなくなった。


「そうか……この(失敗時:CD1秒)ってのはそういうことか!」


 そのスキル説明に記載されている文言。

失敗とは何を差すのかわからなかった、でも今わかった。


「お前瞬間移動する直前に影が小さくなったら失敗するのか」


 俺の考察は正しいだろう、必要な影の大きさは正確にはわからないが、ある程度の大きさは必要だと思う。

それがスキル発動中に無くなると一秒という一瞬の時間スキルが打てなくなる。

それは稲妻の速度で移動する存在に比べたら永遠にも感じるほどの長い時間。

『ライトニング』は初めて動きを止めた。


 正しくはそのチートスキルによる猛撃を止めた。


 まるで金縛りにあったように、スキルが封印される。


 ただし普通に動くことはできるのだろうが。


「ありがとう、彩。彩のおかげだ」


 それに俺は光明を見出した。

チートスキルの『ライトニング』。

その唯一の弱点である失敗時のCDに。


 捕まる気がしなかったこいつを捕まえる方法をやっと思いついた。

 

「見つかったよ……可能性が」


 俺は心の中で彩に感謝する。

死の淵で思い浮かべたのは、最愛の家族、そして彩。

まだこの気持ちが何か分からない、でもきっと何か名前を付けるのなら……。


 今は彼女に会いたいという気持ちが膨らんでいくのがわかる。


 俺は確かな覚悟と確信をもって、再度剣を構える。

灰色だった世界はこの神の眼で、黄金色に彩づいてその目に宿す金色の炎が、輝く光で稲妻をも照らす。


 白い騎士が現れた時と全く同じように俺は剣の切っ先を真っすぐ向ける。


「最後の駆け引きだ。ライトニング。一つでも選択を間違えたほうが……」


 今俺が持っているもう一つの武器。

この場をひっくり返せる唯一のアイテムを思い浮かべて。


「死ぬぞ!!」

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