第21話 仮病
翌日の火曜日。亮は家にいた。学校をサボり、自室で作業していた。親は家にいない。海外での出張、展示会を開きに留守でいた。
学校には風邪と嘘を吐き、先生からは「お体を大切に」と疑いすることもなく、休みが取れた。
咲良先輩の根回しもあり、学校のお休みは誰も疑いがなく、
亮は朝からまんま、作業のぶっ通し、3枚の絵を完成させた。残り7枚の絵を描き上げなければいけなかったのだ。
「よーし、あと7枚。頑張るぞ!」
今の時間は午後の4時過ぎ。作業ペースとしては普通で、進捗には遅れをとっていない。このままこのペースで絵を描けたら、木曜日までには丁度10枚の絵を完成できる。
「作業も間に合っているし、少し休憩するか。お腹も減ったし」
自分のペースに過信している亮はブンブンと肩を回す。少し肩がこっている。回すたびにゴリゴリと悲鳴が上がった。
少しの休憩ということで、席から立つ。
「ん?」
すると、丁度いいタイミングにスマホが震え出した。
バイブレーションモードになっているため、音は出ずに、震えるスマホが机にあった。
何事か、とスマホを取り出し、画面を確認すると、そこには『咲良先輩』と表示されていた。
今のこの時間は放課後。学園ではスマホが解禁された時間だ。
山ケ鼻高等学校にはスマホを使用するためのルールがあった。それは授業中には使用禁止であること。しかし、休憩時あるいは放課後には使用していいルールになっている。
咲良先輩も、そのルールに乗っとって使用したのだろう。
亮はそんなことを考えながら、通話を開始する。
「もしもし、咲良先輩?どうしましたか?」
『調子はどうかしら?』
「至って順調ですね。丁度、3枚目が完成しました。今から休憩に入ろうかと思っています」
『ごめんなさいね。休憩中に電話してしまって』
「いえいえ。大丈夫です。丁度、人の声が恋しくなったところです」
『毒舌でも?』
「……そこは勘弁してください」
亮は思わず見えない相手にペコペコと頭を下げた。すると、向こう側から「ふふふ」と笑え声がする。
「先輩。学校はどうですか?」
『至って普通ね。あなたが休んでも、学校の様子は何も変わっていないわ』
「なるほど。僕は陰キャだから誰も気にしないということですね」
『そうよ。至って話題にも上がらなかったわ』
「とほほ」
など、嘘泣きをして会話を盛り上げる。
亮は友達がない自覚を持っている。スクールカースの最下位の存在。友達はいないのは必然。話せる相手としては、ミチルしかいない。
一人が教室休んだところで、世界は回り続ける。
特に問題なく、授業も続けられる。
これが西園寺亮という悲しい学校生活である。
『ともあれ、学校側は問題ないわ』
「ありがとうございます。じゃあ、僕は引き続き、作業に戻りま……」
す、という言葉を漏らそうとした瞬間にピンポン、と家のベルが鳴り響いた。
誰だろう、と疑問符を浮かばせながら首を傾げる。
この最近、隣人だとは考えにくい。
ドアモニターを確認すると、亮は思わず「え」と、言葉が漏らした。
なぜならば、そこには意外な人が立っていたからだ。
その少女はミカン色の髪に、青空の目でモニターを覗き込んでいる。
同じ教室、同じ部活の天道ミチル、だった。
「なんで、ミチルがここに!?」
『どうしたの?』
「ごめんなさい先輩。僕のクラスメイトが家の前にいます!」
『え……』
「僕、ちょっと対応します」
『待って、すぐに家を出ないで!あなたは表面上風邪なのよ』
「あ……」
そう言われてみると、亮は自分の仮病を思い出す。
風邪で学校をお休みしたである。このまま元気の姿で応接するわけにもいかない。
……どうする?
『西園寺亮くんはいますか?』
家の前から可愛い満面な笑みと甘い音が聞こえてくる。
これはまずい、と亮は汗だくになる。
『いい?マスクをつけて、彼女を応接しなさい。後で、私もあなたの家に行くわ』
「あ、ありがとうございます」
すぐにスマホの通話を切り、パソコンの電源を落とす。
仮病であることを隠すためのマスク。幸いパジャマを着ていたため、着替える必要性はない。マスクを取り出して、自分の口と鼻を覆い隠す。
『亮?大丈夫?』
そして、玄関の方に駆け抜ける。ミチルをこれ以上待たせるわけにもいかない。訪問する客なら歓迎しなさい、と父の言いつけだ。
貧弱なのに、走ったせいか、シャワーを浴びたように汗だくになる。ドアを開けるとそこには繊細のミチルが立っていた。
彼女が亮をみると、ぱった咲いた花のような微笑みを浮かび出す。
だが、亮の調子をみると。彼女は散った花の表情になり、どこか途切れそうな声で亮に向かって発する。
「亮!大丈夫?」
「う、うん、大丈夫!さっきまで寝てたから。ごほん!」
「ああ。ごめんね、起こしちゃって、安静にしたほうがいいよ。さ、早くベッドに戻って」
「う、うん。ありがとう。ミチル」
ミチルは亮の嘘を信じ込み、亮を安静するように自室へと戻るように要求する。
二人は廊下を歩み、亮の自室に踏み入ると、亮は畳んだベッドに座ると、彼女を好きなところに寛ぐように亮の椅子に座る。
「好きなところに座って。座る椅子しかないけど。あ、あとお茶を出すからちょっと待ってて」
ベッドから立ちあがろうとすると、ミチルは病人を阻む。
「ああ、いいよ。病人は横になって寝ていて」
「あ、うん」
ミチルの言われるままに、亮は再びベッドで横になり。
自分が元気なのに、病人の演技を行うのはどうか罪悪感を抱く。でも、自分の夢のため、同人即売会で自分の同人誌を出すために、この嘘を貫くしかない。
亮はコフコフと咳を演技し、訪問したミチルに問いかける。
「で、ミチルはどうして来たの?」
「それは、亮が心配だからだよ。見舞いに来たの!あと通知プリントも何枚かあったから、渡しておくね!」
「あ、ありがとう。でも、僕は見て通り、少し元気になった。明日には戻れると思うから心配しなくていいよ」
「よかったー。心配したんだからね」
「し、心配かけてもらってごめんね」
亮はミチルに謝罪すると、彼女は「いいのいいの」といつもな元気な笑みを浮かべてから安静するように、亮をねかしつける。
そして、彼女はこの部屋をキョロキョロと見回すと、口を開く。
「あれ?ご両親はいないの?もしかして、海外の展示会に出展?」
「あ、うん。パリの国際展覧会で不在。今は僕、一人になっている」
亮はいつものことのように答える。
亮の父親、西園寺琢磨は偉大な芸術家だ。
大半は海外で芸術の展覧会で作品を公開している。そのため、この家を留守していることがしばしある。
今頃、パリのルーヴル美術館で作品を公開しているのだろう。
と、亮は美しいルーヴル美術館、芸術的なピラミットの入り口と美しいモナ・リザの絵画を脳裏に思い出す。
父はそんな偉大なモナ・リザの絵に並べるほど、才能があった。
自分とは違い、観客の心を揺るがすことができない自分の絵とは大違いだ。と、亮は少し残念に思う。
「それは大変だねー。風邪だし、結構大変じゃないの?」
「な、慣れれば問題ないよ」
ミチルは「大変だね」と同情みた声を発する。
でも、独り身を慣れた亮はなんともなかった。
家事はできる彼は苦でもなかったのだ。
……そういえば、ミチルがこの家に上がって来たのは初めてだ。
いつもはお互い遠慮し、互いの家に上がることはなかった。創作活動なら、美術室で顔を合わせ、創作していた。
誰かが一方にお互いの家に行くことはなかった。
今回は特別に、ミチルが家に上がった。
「わあ!ペンタブだ!それも、かなりいいものじゃん!」
「ミチル、ペンダブを知っているの?」
「あーうん!家でも絵を描いているよ!たまに使うけど、便利なんだよねー。デジタルで絵を描ける時代なんて、びっくりだよね」
「そ、そうだね」
亮は恐る恐ると声を震えながら答えた。
……描いている絵を見せたくない。
その気持ちが強かった。今描いている絵は、二次創作、『魔法少女アイリ』の絵だ。自分がキモオタであることはどうしても、彼女に知らせたくない。
もし、バレたら、自分の今の関係が壊れるかも知れないと、
「み、ミチル。そういえば、配るプリントがあったんだっけ?」
「あ、うん。進路調査票ね。月末までには記載するようにと担任からの報告事項」
「あ、ありがとう」
そういうと、ミチルからプリントを受ける。
進路調査票の紙を受け取り、亮は小首を傾げる。
自分の将来については本気に向き合っていない。
芸術を10年間歩んで来たが、それも引退した。美大に入る意味もない。
かとは言っても、いまさら他の部門に行くのも遅すぎるのではないかと考える。
ここは適当に美大を受けて、適当に生きるのが無難かと思う。
しかし、サークル活動を辞めたくはない。
大学に上がっても、それを続けたい。
……二次創作はこのまま続けたい。
亮がこわばった表情を表に出したのか、ミチルは心配の声をかける。
「亮、顔が怖いよ。まだ、治っていないよね?安静にしてて、あ、寝るんだっけ?」
「う、うん。風邪は風邪だし、ミチルも僕から離れたほうがいいよ。ほら、話題になっているウイルスかも知れないし」
「えー。それは大変!私、看病するよ!」
ミチルは「大変だ!」と叫びながら、亮を寝付かせる。
亮はそのままベッドに横になり、彼女の言いなりになる。
……嘘なのに、彼女が良くしてくれるのは、心が抉られていく。
「あ、そうだ。私、何か作るよ」
「え?い、いいよ!お腹が空いていないし」
「遠慮しなくていいよ」
ピンポーン。と、家のチャイムが鳴り響く。ミチルは「あれ?誰だろう?」と、ドアモニターを覗くと、亮はホッとする。
扉の前にはきっと、咲良先輩が立っている。
「な、なんで天川咲良先輩が亮の家の前にいるのよ!」
「ご、ごめん、ミチル。彼女を入れてもらいないかな?彼女もきっと僕のお見舞いだと思う」
亮はミチルにそう告げながら、コフコフと咳のふりを繰り広げる。
「だ、だめ!天川咲良先輩は、部外者!」
「……お願いミチル。彼女を入れてあげて」
亮が上眼使いでミチルに懇願する。
すると、彼女は、『ずるいよ!亮』、と諦めて、玄関の方へと歩く。
亮は安堵し、ため息を吐く。
……嘘はやはり良くないことだな。
そんなことを考えていると、咲良先輩が自室に入ってくる。
その表情は柔らかく、どこか心配そうな顔をしていた。無論、演技であることは、亮は知っている。
そして、心をこもった言葉を放つ。
「調子はどう?」
「は、はい。大丈夫です。少し眠気がありますが」
「まあ、大変。顔が悪いわね。これは安静にしたほうがいいわね」
大胆な演技をして、手で口を塞いで、目を大きく見開く。
思わず笑っちゃいそうな演技に、亮は体を震わせる。
「天道さん、彼を一人にしましょう。どうやら、彼の顔色があまりよろしくないですわ。あと、体も震えていますし、ここは彼を一人にしましょう。今は彼が必要なのは安静することよ」
「え!でも、亮のご飯を作らないと!食べないと元気が出ないよ」
「ご、ご飯ならいいよ。僕、今食欲がなくて……」
ギュルルルルル。と3人の会話に、亮の虫の腹が泣き出し、会話の空気を壊す。
「ほら!お腹空いているじゃない!」
ミチルが眉間を寄せて、怒り出す。
咲良先輩は鋭い目つきで亮を刺す。
(……すいません!わざとじゃないです!)
と、亮は心の中で不機嫌を浮かべている咲良先輩を謝罪する。
ムッとした咲良先輩はすぐさに涼しい顔を浮かばせて、ミチルに提案する。
「じゃあ、私たちでご飯をつくりましょう」
「あ、いいね!」
「じゃあ、雑炊を作りましょう。大所を借りますよ。西園寺くん」
「あ、はい。どうぞ」
亮が許可を出すと、女性二人は大所へと向かった。
病気を持っているように、亮はベッドに横になる。
そして、二人が調理するご飯を待つとしよう、と、安心して横になる。
……あれ?二人は家事ができたの?
ミチルのお母さんは弁当を作るのは何度か食べかとこがある。けれど、彼女が作 ったご飯は食べたことがない。
咲良先輩も同じく、彼女のシェフ……職人……が重箱の弁当を作る。弁当は自分で作っていない。
……二人とも、本当に料理はできるのか?
など、亮が考えていると、大所から二人の会話を耳にする。
『雑炊ってどうやって作るのかな?』
『それは、ご飯を炊くと同じのでは?』
『でも、普通じゃあ、味気ないよね』
『ええ。そうですわ。少しスパイスを入れましょう。そうすれば、風邪も治りやすくなりますわ』
『それいいね!あとは魚を入れよう!』
『それだけじゃ当たりませんわ。この挽き肉も入れましょう』
『あ、甘みがないね。チョコレートで隠し味を入れよう』
……不安だ。本当に不安だ。本当に大丈夫なのだろうか?
おいおい、雑炊が本当にできるのか、と亮は顔を引きつる。料理が出てくるのを待った。失敗しない雑炊であるように祈る。
そして、役30分が経過したところ。二人はまたも亮の自室にやってきた。蓋をした鍋と共に二人の少女がやってきたのだ。
ミチルは鍋の蓋を開けると共に誇らしく声をあげる。
「お待たせしました!雑炊を作ったよ」
「どこか雑炊なの!?」
亮は総ツッコミを入れなければいけなかったのだ。
なぜならば、その中に入っているものは雑炊ではない。マグマだ。
唐辛子の赤色に、金目鯛の頭が鍋からはみ出す。それから、完全に溶けていない板チョコレートとかが浮いている。
この世にあっていいものではない。マグマが目の前にあったのだ。
「これ!人が食べるものじゃないよ!」
「えー。でも、味見はしたよー。かなり美味しかったよ」
「ミチルの味覚はどうなっているの!これが美味しいな訳ないよ!咲良先輩もどうして、止めなかったのですか」
「いや、可愛い後輩が元気になるため、一生懸命作ったわ」
「気持ちはありがたいですが、人が食べる料理じゃなければ意味がありません!」
亮は訴えると、女子二人はしゅんと、顔を曇らせる。
……ちょっと、言いすぎたのかな?ここは男らしく、黙って食べるべきか。
二人が料理してくれたのは嬉しいことだが、食べられるものをつくってほしかったのだ。まさか、二人とも絶望的に才能がないとは思いも知れなかった。
「食べないのかな?」
「食べ……」
ない、と言い切ろうとした時に、亮はミチル表情を見てしまった。
彼女は飼えぬしに怒られた犬のように。しゅんとした表情。今にでも涙が出そうな顔をしていた。一生懸命作ったのが伺える。
そんな彼女が作った雑炊をここで無駄にすることは、彼女が一生懸命に作ったものを否定することだ。
努力を無駄になるのは、どれほど痛かったのか、亮は知っている。
亮は覚悟して、そのマグマを食べることを告げる。
「わかった、食べる」
「うん!ありがとう」
食べる覚悟を決めた後、スプーンを持ち出そうと、思ったら、ミチルが先にスプーンをとり、マグマに突っ込む。
そして、そのスプーンで一部を掬い出す。
満面な笑みを浮かべ、彼女は悪意なく掬ったスプーンで亮の前まで持ってくる。
「じゃあ、食べさせてあげるね!」
「え」
と、ミチルが亮の口までに近づき、かけ声を放つ。
「はい。あーん」
またも「あーん」イベントだ。
昨日の昼もあったイベント。咲良先輩がしてくれたもの。だが、今回はミチルと言う唯一の友達があーん、イベントをする。
亮はそのスプーンを見る。
マグマが踊っている。
赤い唐辛子に、ぐにゃっとしたチョコレート。そこに魚の頭。材料の無駄使いだ、と亮は涙をこぼす。
もう一度、冷静に考える。
これは人が食べれる領域ではない。どこか遥かに越えたものだと、亮は震える。
助け舟を求めるように、咲良先輩の方に視線を向ける。
すると、彼女は口を開き、声を発さない口パクでこう語る。
あ・き・ら・め・な・さ・い。
彼女は片手で持ち上げて、謝罪をした。
その言葉通りに、諦めることを遠回しに言う。
希望はなかった。ここにあるのは絶望しかない。
そんな絶望を抱いている中、ミチルは再度「あーん」と声を上げる。
……もう、人思いに殺してくれ!
など、亮は深呼吸して、覚悟を決める。
そして、大きく口を上げた。
「あー」
と、雛鳥のように口を大きく開けると、マグマが中に入る。
「!?」
マグマが口の中に入った瞬間。亮は絶句する。
まずは痛みが口全体に走る。その後、腐敗したものが舌を苦しめる。噛めばぐにゃっという食感がする。食べ物では余程遠いものが口の中にある。
……なんだ、これは!?
この世とは思えないものが口の中にどろどろっと広がっていく感触。
頭の処理が追いつけなくなり、亮はそこで絶句した。
「………………がは!?」
目は虚になり、頭の中の思考は払拭されていく。全身の力が抜けて行く。顔は真っ青になり、口はぶくぶくと泡をふいた。
そして、最後には意識を失った。
それを見たミチルは大きく目を見開きし、失神する亮に駆け寄る。
「亮!どうしたの亮!起きて亮!」
「き、気を失ったわ。これは大変!彼を安静にしないと」
「亮!死なないでね!亮!」
「体調が悪化しのね。彼を寝かせたほうがいいわ」
「亮!まだ死なないでね!亮」
ミチルは必死に亮を揺らすが、亮の反応はない。屍のように沈黙して、真っ青な顔を浮かべていた。口からぷくぷくと泡を吐き出しながら、痙攣していた。
うすらうすらと聞こえる会話に亮はこう考えた。
……今後二人には料理をさせないようにしよう。
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