第5話 追いつくためにする背伸び(ハツネ視点)

シアン君とはかれこれ数年の付き合いだ。


私が、記憶している限りでは、大人びていてかっこいいのだが、昔は周りの子たちのように仕事をほったらかして遊んでいたと聞く。


それを聞いたときは、普段のシアンくんからはあまり想像できなくて思わず笑いをこぼしてしまった。


彼も、私のように一生懸命背伸びしてしているのだろうか?


シアン君は村の中でも人気が高い。昔、私がふと目を逸らせば、直ぐに他のメスb、女の子が集るくらいには


だから、彼の隣に並び立つために、一生懸命かかとを上げる


彼の隣にいるために大人ぶってるとバレてないかな?


それにしても、シアンくんは何処にいるんだろう?優勝台の上からざっとあたりを見回してみるが、彼らしき姿は見えない。


いつもなら、電灯に集る虫のように人の塊があるのでみつけやすい


日常的に周りの女子に牽制を行いやっとの思いで勝ち取った居場所。


シアン君は人気が高いというミーハーな気持ちで関わっていたのがいつの間にかガチ恋に変化していた。


いつもなら、気にしてなかった仕草がきになり始め、ふと横切る彼を目で追って、好きだと気付いた。


私が村の中で一番に抜け駆けをしたから今がある


そしてシアンくんに近づけさせないようにするのには成功したが、やっぱり甘い蜜を吸う機会を伺っているらしい。


むう…せっかくシアンくんに優勝したところを見てもらいたかったのに…


試合に優勝したお祝いの品としていろんな人から貰ってしまったため、両手で抱えきれない。


お祝いの品を渡されると同時に、たくさん褒められるが、一番褒めて貰いたい人は、全く姿を現さない。


時間が経つに連れ、たくさんの人に褒めてもらいうにつれて、自分の中でこちょがしい気持ちが広がっていくのを感じる。


シアンくんはなんて褒めるのだろう?褒められたら私はどれだけ嬉しくなるんだろう。


私はウキウキしながら待った。



祭りの会場をウロウロうろついても見たりしたし、シアンくんがいつも座って寝ている木の椅子で待ってていたりしたが、ついぞ彼は現れなかった。


そういえば?なんか用事があると言っていたけれどもなんの用事だったんだろ


何でも言うことを聞いてくれるという言葉に浮かれて、聞きそびれてしまったことを思い出す。


しょうがないかも…私が、ワガママ言ってもどうしようもないし…


そんな憂鬱な気持ちに浸っていると、こちらに向かって来る足音が聞こえ、はっと顔を上げる。


「シアンく!…ん」

「すまんな…私はシアン君とやらではない…」

「……」


自分が思い浮かべていた人が来たのかとはっと顔を上げる

しかし、顔をあげた先にいたには、ジャンくんと…


「ああ、ちゃんと合うのはこれが初めてか…私はそこに居いる愚息の母だ。」

「は、はじめましてハツネです…」


ジャン君のお母さんだった。


ジャン君のお母さんは冒険者から引退したとは聞いていたが、身にまとう雰囲気が只者でないと主張している。


「まずは、今回の試合優勝おめでとう。実に素晴らしかった。」

「はい、ありがとうございます」


しかし、声色からは優しさが滲み出ていた。きっと普段は優しいのだと思わされる。


「そして…ほら、ジャン」


ジャン君がのお母さんに背中を押されてこちらに来る。


「あ、あの…ごめんなさい…」

「何を! しっかり謝れ!」


ジャン君のお母さんが煮えたぎらないジュン君に活を入れた。


やっぱり怖いかもしれない。


「友達の花の飾りをバカにして、踏んづけてごめんなさい。」


あー、そのことですか…それに関しては、興味すらなかった。


「アネットちゃんにもあやまったの?アネットちゃんが許したなら私からは何も言うことはないよ。これからの気をつけてね!」


まあ、私も少しあのときは冷静でなかったかもしれない。シアン君が馬鹿にされて、ムカムカしていた。


でもきっと、シアン君は許すだろう。だから、私も許すのだ。


次に、ジャンくんのお母さんから質問が飛んできた


「それにしても、ハツネ。お前の動きは素人のそれじゃないな。誰かに教わっていたのか?」

「いえ、特段誰にも教わってません…あ!でもシアン君が確か色々教えてくれたかも」

「シアン?…いつも狩りに参加してるあの人の息子がそんな名前だったか…」

「シアン君には全然勝ったことないんです!」

「そうなのか?それは出れないことをさぞ悔やんでいるだろうな」


シアン君の話になり思わずテンションが上がって食い気味に話してしまったのが恥ずかしくなった。


そうなのだ。今まで、一度たりともシアン君には勝利したことがない。

さらに付け加えると、こっちは剣を持っているというのに、シアンくんはいつも素手だ。


実力は計り知れないほど離れている。


ジュン君のお母さんと会話をしていると、ポタッとほっぺに冷たいものが伝う。


上を見上げてみると、空は暗くなだれ込み、バケツをひっくり返したように降り始めた。


私達はとりあえず近くの木で雨宿りをすることにした。


止むことを祈るが一向に止む気配がない。


しばらく雨宿りすることになるのかなと、思っていた矢先、雨特有の匂いに加えて、鉄と獣が混じったような、鼻がもげてしまうんじゃないかと思うくらい強烈な匂いが立ち込める。


「……っ!!!!?」


ジュン君のお母さんは即座に戦闘態勢に入り構えの姿勢を取る。


その姿を見て私達も只事でないと今更ながらに気づく。


あたりを目を凝らして見ると遠くの方で動いている影が…あれは…


「ゴブリンだ!」


そう言って、ジュン君が駆け出す。


私たちも直ぐに彼を止めるために走り出すが、なかなか追いつけない。


すると、建物の影から他のゴブリンが飛び出してくる。あのゴブリンは囮役だったのだと気付く


息子を守るために、ジュン君のお母さんがかばってゴブリンと戦う。


そして、またジャンくんとの間にさらに距離が出来る。


私も助太刀に入ってみるが、ジュン君のお母さんの方が何倍も動きが洗練されていて、感動さえ覚える。


それを見て私達を相手取るのを不利と悟ったのか、囮役のゴブリンは森へと逃げていく、


森にまだ仲間がいるのかな?それだとかなりまずいのでは?!!


「おいバカ! 戻れ!!!」


そう静止を命じるお母さんを置いてどんどん森の中奥深くへと入っていく


さらに森の奥に入って行くと目を覆いたくなるような光景が広がり始める。


魔物の死体の量が奥に入るに連れ、どんどん増えていく。


その魔物の死体を横目でチラリと見ると、そのどれもがキレイに切断されている。


同じような死因であるということは、この死体の山を一人で作ったことを示しており、その事実に身がブルりと震えてしまう。


これらの魔物の群れは一体何処から来たのか、そして誰がこんなことをしたのか…


そんなことを考えているうちに私達は開けた場所に出てしまった。


そこは、木々が生えておらず、いつにまにか止んだ雨雲の隙間から月明かりが差し込んでいる。


そんな幻想的な風景の中、返り血で真っ赤に染まった人影がシルエットとして映し出される。


こちらからは背中側しか見えないが、多分私やジュン君がくらいの年齢の子だ。


その子の周りにはいろいろな種類の魔物が殺されて散らばっており、凄惨せいさんな光景が広がっていた。


そしてゴブリンよりも、まさに「悪」という存在を見つけたことで攻撃対象が変わったであろうジュンくんが今度はその人影につっかかる。


「おい、そこのお前!!お前がこんな、ひどいことをしたのか?!!」

「チッあのバカ!」


ジュン君のお母さんがとっさに駆け寄りジュン君をかばうように、ソイツとの間に立った。


「てめぇは誰だ! 名乗れ!!」


ついさっきまで聞いていた優しい声色ではなく、相手を威圧する

するとソイツはやっとこちらの存在に気付いたのかゆっくりと振り向く。


それは、顔が血で濡れているとはいえ、特徴的な黒い目、そして黒髪


私は知っていた。


「シ…アン……くん?」


見間違えるはずがない。何年も一緒にいた。何年も目で追っていた。その振り向き方、私に向ける優しそうな眼は誰よりも知っている。


「シアン…?あの子が、ハツネが言ってたシアン君とやらなのか?」

「は、はい、そうです!!」


私たちがそんな短い間のやり取りの最中、人影がゆらりと揺れて見えなくなる。

どうやら倒れた際に体が魔物の山に隠れて見えなくなってしまったようだ。


とっさにジュン君のお母さんが駆け寄るのをみて、私も走り出す。


脈拍などを図り安否を確認しているが、どうやらただ気絶しただけらしい。その事実にひとまず安心する。


そして、最後にやってきたジュン君が、


「母さん? そんな化け物…殺しちゃおうよ!ソイツ、絶対悪者だよ!!!」

「っ!!!」


ジュン君が放った言葉に激高しそうになるも、すぐに気づいた。


私もそう思っていたことに。


シアン君に恐怖してしまい、足がすくんでしまったことに。


きっとジュン君の言葉は、私が心のどこかで思っていたこと。それは私が怒る資格がないことを示していた。


「馬鹿か?これがそんな悪いやつに見えるのか?」


そう見せてきた、シアン君の寝顔はいつもよりも優しそうで、あどけなさが残っていた。


こんな酷く無惨な光景を作り出したとは思えないほどに穏やかだった。


「とりあえず、連れて帰るぞ。」


ジュン君のお母さんがシアン君を軽々と持ち上げると、そう言って村へ帰宅するために歩き始めた。


やっぱり、私が目を離したから駄目だったんだ。


ずっとシアンくんの隣に居れば…


じゃあ、これからは全部、ぜーーんぶ見てあげないと。


変な虫が付かないように、こんなことをさせないために


私達のあとに残った一面の血溜まりから目をそらしながら…

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