金を掛けるか時間と技術をかけるか

 電脳にはアバターやモデルと呼称される疑似的な身体を用いて入ることになる。


 アバターは人によっては様々だ。アニメ調もいればリアル調もある。ビジネスシーンでは現実の体をモデリングしたものを使う人もいる。オンやオフでアバターを使い分ける人もいる。異性のアバターでボイスチェンジャーを使う豪の者もいる。ある意味では何人かの自分を使い分けることができるともいえよう。


 アバターは顔みたいなものだ。


 その人がその人であることを示すもの。


 自分自身であることの証明がが難しい電脳では、それが大事な指標となっていた。


 俺はその指標を気にしたことがなかった。


 俺のアバターは汎用性の塊という名の見た目を捨てた大量生産品を使っている。どこでも見る顔で、貧乏人かITに詳しくない人か逆に詳し過ぎる人が遊ぶために使用しているものだ。もちろん俺は貧乏人の方に入る。過不足なく使えれば見た目は気にしない。なによりその金は推しに使いたいのだ。


 先に電化量販店の電脳で待っていた俺は待ち合わせのオブジェの前で待っていたら、周囲がガヤガヤし始めた。リアルであれば芸能人などが現れた時のような反応であるが、それは仮想現実でもさほど変わらない。


 視線を集めた先には、我が友人の桜庭がいた。


 リアルではガタイの良い短髪なスポーツマンタイプだというのに、仮想現実では細身で目が切れ長のイケメン社長然とした風貌だ。金を掛けていそうなアバターであるが、それが注目された理由ではない。このアバターは、プロゲーマーサクラバが使用しているワンオフ品なのである。


 この他に使える人はいないということである。それを個人的な用事に使う理由はない。だがこいつは、ちやほやされたいという理由で使っている。人の迷惑を考えないクソ野郎なのだ。


「よう、待ったか?」


「今すぐアバター変えてこい」


「え、嫌だし。これはオレがオレである証明だからな」


「巻き込まれる俺の身になれよ。というか今からストーカーに会いに行くというのに目立つなよ」


「バックにオレがいることわかったら下手なことできないだろ」


「……まあ、その理屈を飲んだとしても、この騒ぎで逃げ出すかもしれないだろ」


「それならそれで解決でいいじゃん」


 こんな会話を展開しながら、衆目集めながらメッセージで指定された場所まで進んでいく。


 妹のアバターもワンオフ品である。


 桜庭のようにスポンサーからプレゼントされたものではなく、どこからか拾った知識と技術を用いて自力で作り上げた渾身の一品だ。去年の夏頃に「これでやりたいことがあるの」と自慢げに披露されたことを思い出す。


 結局、それを使って何がやりたいことがなんだったのか聞けなかった。それがなんだったのか聞き出せば良かった。少しは力になれたかも、なんて似合わないことを思って後悔していた。


 あのアバターは一目見ればそれが妹のものであるかどうかわかるぐらい特徴的であった。


 銀髪赤目の怪しげな雰囲気、可愛いらしき顔つき、衣装は黒と青のゴスロリ。


 どこでも目立つそれは類似するものを見たことがない。


 そうだったというに。


 指定された場所に、記憶と全く同じものがそこにいた。

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