第7話(4)間合いを詰める

「ぐっ……」


「爛漫、勝負はついただろう。戻ってこい、というか戻れ」


 倒れ込む爛漫に対し姫乃は歩み寄って話しかける。


「さ、3対1ですよ……?」


「一度は優位に立ったと思い、油断した貴様が悪い」


「むう……」


 爛漫は唇を尖らせながら黙り込む。姫乃が亜門たちに語りかける。


「というわけで目的達成だ。よくやってくれた」


「どうも……」


「どうなることかと思いましたよ……」


「姉御、次はどうする?」


「決まっている。さっさと……!」


「⁉」


 銃声が鳴り、燦太郎が倒れ込む。姫乃が叫ぶ。


「全員、身を隠せ! 外國、燦太郎を!」


「は、はい!」


 一度集まっていた姫乃たちは散開し、周囲の物陰に隠れる。燦太郎は仁が、爛漫は亜門が半ば強引に引き摺った。


「ぐう……」


 燦太郎が呻く。姫乃が声をかける。


「燦太郎、無事か⁉」


「肩を撃たれましたが、なんとか動けます……」


「ちっ、奴のお戻りか、思ったよりも早かったな……」


 姫乃は舌打ちしながら呟く。亜門が尋ねる。


「銃撃とは……これも魂道具ですか?」


「ああ、そうだ、『魂天堕コンテンダー』だな。幅広い弾丸を発射できる拳銃だ」


「まさか拳銃とは……」


「あくまでも合魂内だから、生命の心配まではしなくても良いぞ」


「そうですか……」


「多分だけどな」


「多分⁉」


「当たり所が悪ければ、あるいは……いや、どうかな?」


「はっきりして下さいよ」


「こればっかりは当たったことが無いから分からん」


 姫乃はわざとらしく両手を広げてみせる。亜門はため息をつく。


「はあ……で、どうするんですか?」


「どうも分が悪い。ここは一つ交渉をしてみる」


「交渉?」


「ああ、おーい! 聞こえているか⁉」


「……」


 姫乃の問いかけに対し、相手は銃を撃ってくる。姫乃は驚く。


「どわっ⁉ じゅ、銃声で応答するな!」


「……何ですか?」


 やや間があって落ち着いた女性の声が静かに響く。


「こうして顔を合わせるのは久々だな」


「合わせていませんが」


「言葉の綾だ。元気にしていたか。合魂愛好会会長、『夜明永遠よあけとわ』」


「……お陰様で」


「気分はどうだ?」


「わざと聞いています? 最悪ですよ……ちょっと留守にしている間に愛好会と工業科をめちゃくちゃにされたのですから」


「奴らを倒すためには、お前らが少しばかり邪魔だからな、許してくれとは言わん」


「まあ、こうした抗争は日常茶飯事ですからいちいち恨み事は言いません。しかし……」


「ん?」


「まさか、商業科と同時襲撃に出るとは……正直予想外でした」


「二方面作戦というやつだ……」


「未確認ですが、商業科はてんやわんやの様ですよ」


「それは上々。作戦成功だな」


 夜明の言葉に姫乃は満足そうに頷く。夜明が淡々と呟く。


「……ここで私が貴女方を仕留めれば、作戦成功とは言えません……」


「そうくるか」


「そうきます」


「なんとか見逃してもらえないか?」


「なんとかでは無理ですね。桜花君を置いていってくれるなら少しは考えますが」


「それは無理な相談だ。こいつはもう合魂部に戻った」


「え⁉ 勝手に決めないで下さいよ!」


「非常時だからな、勝手に決める」


 爛漫の抗議を姫乃が却下する。夜明がため息交じりに話す。


「……ならば、これ以上の話は無用です」


「……交渉は残念ながら失敗に終わった」


 姫乃は亜門に向かって呟く。亜門が呆れる。


「そもそも交渉になっていましたか? 単なるおしゃべりにしか見えませんでしたが」


「とにかく、ここを脱するぞ」


「どうやって?」


「外國、魂棒を上に投げてみろ」


「は、はあ……!」


 仁が魂棒を二本軽く上に投げると、その瞬間、魂棒が鋭く撃ち抜かれて、落下する。


「このような射撃の腕前だ。迂闊に飛び出せば、その時点でジエンドだ」


「ひ、人の魂道具で試さないで下さいよ!」


「とりあえず状況を整理するか。貴様ら何が出来る?」


 姫乃が4人に問う。


「……刀を巻き付ける」


「円を描く」


「魂棒投げちゃったんで……側転とかですかね」


「走り回る!」


「……困ったな。どうにもならなそうだぞ」


 姫乃が軽く頭を抱える。亜門が口を開く。


「おおよその位置はもうバレているはずです。このままだと遮蔽物ごと撃たれますよ」


「そうだな……礼沢、貴様に頼みたいことがある……」


「……分かりました」


 姫乃の頼みに亜門は頷く。


「爛漫、例えばなのだが……そういうことは出来るか?」


 姫乃の言葉に爛漫は驚きの表情を見せる。


「出来ます、精度はまだまだですけど……驚いたな、人の考えが分かるんですか?」


「貴様の魂道具を活かすならば……と日夜シミュレーションを重ねた結果だ」


「案外、しょうもないことを考えているんですね」


 爛漫は小さく笑う。姫乃はややムッとしながら答える。


「放っておけ。それでは手筈通りに行くぞ!」


「了解……」


 沈黙が流れる。しばらく間があってからガタっと物音がする。すぐさま夜明が反応して、銃を発砲し、音の主を撃ち抜くが、そこには椅子が転がるだけであった。


「! 椅子を引っ張ったのか!」


「八時の方向にいます!」


 亜門が叫ぶ。夜明が舌打ちする。


「ちぃ! 釣られたか! ただ、接近はさせない!」


 夜明はすぐに移動し、有利な位置を取ろうとする。


「わざわざ接近はしなくても良いんですよ、夜明先輩……」


「⁉ 円⁉」


 夜明の周囲に二つの大きな円が発生する。爛漫が申し訳なさそうに呟く。


「これはとっておきだったんですが……すみません、実験台になって下さい」


「うおおっ!」


「どりゃあ!」


「なっ⁉」


 大きな二つの円からそれぞれ燦太郎と仁が飛び出してきて、夜明は仰天する。


「覚悟!」


「失礼!」


「くっ!」


 燦太郎の蹴りと仁の拳を夜明は白いメッシュが所々に入ったセミロングの黒髪を振り乱しながら、なんとかかわしてみせる。凛とした顔が若干歪む。


「やるな!」


「逃がさない!」


「舐めるな!」


「がはっ!」


「どわっ!」


 夜明が颯爽とした身のこなしで燦太郎と仁を殴り倒す。乱れた呼吸を整えつつ呟く。


「桜花君の魂道具、まさかこのような使い方も出来るとは……ただ、来ると分かっていれば対処の仕様はある」


「まだ実験段階だからな、時間さえ稼いでくれればそれでいい……」


「⁉ しまっ……!」


 夜明の目の前に姫乃が現れる。姫乃は杖から刀を素早く抜く。


「もらった!」


「ちっ!」


「! 銃身で受け止めただと⁉」


「お返しです!」


「くっ!」


「こ、この至近距離をかわした⁉ こ、ここは撤退です!」


 夜明が銃口を姫乃に向けつつ、その場から撤退する。姫乃は銃弾が掠めた頬を撫でながら苦笑しつつ呟く。


「さすがに簡単には行かんか……」


「部長……」


「ああ、撤退しよう」


 亜門の問いかけに答え、姫乃は踵を返して歩き出す。

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