第19話 桔梗19
結論から言えば、吸血鬼大戦争にはならなかった。
森咲トオルが公主の要望を聞き入れて、東京へ戻ることに同意したからだ。公主には警察からそうメッセージを送るようにお願いしたのだが、我々のことは伏せてもらった。
幸い戦闘に巻き込まれた少年もすぐに特定できた。名前は冴島理玖。小学生。
夜から朝にかけて搬送された少年がいないか近隣の病院へ問い合わせたところ、該当者がいたのだ。貧血のようだという話だったので、その子の両親に話を聞いた。その際に森咲トオルの名前も確認できた。
一つ予想外というか、厄介だったのは、その少年も一緒に東京へ行くことになったことだ。
森咲トオルは東京へ、冴島理玖は地元に残ったまま人間に戻るのを待つ。そういうことになるだろうと予測していたし、実際森咲トオルもそのために動いていた。
人間の範疇とはいえ、吸血鬼になりかけている状態というのは、通常よりも身体能力が上がる。それを制するのは通常、吸血鬼にさせた本人の役目なのだそうだ。
それができないため、代わりに冴島理玖を見守る役として、彼は伊織くんを手配していた。
伊織くんは吸血鬼のあれこれをサポートする、いわゆる何でも屋であるらしいから今回お呼びがかかったのだろう。
依頼を受けて急遽、九州へ行く準備をしていたところ、次の日には予定変更となり、東京で少年を見守ることになったそうだ。
これは冴島少年の希望だそうで、なんと自分自身を人質にとって森咲トオルを説得したらしい。そう伊織くんから聞いた。
滞在中、私は森咲トオルとも冴島理玖とも会うことはないまま、影から様子を窺うだけだった。
一応、森咲トオルの足跡を辿ったりもしたのだが、日がな一日神社で本を読んだり、街に出て買い物をしたり銭湯に行ったりと、ただの暇な大学生の行動であった。捜査の応援も来たので、詳しい調査は彼らに任せて私は二人と同じ飛行機で東京に戻った。
そこから一週間ほど平和な日が続いた。
森咲トオル、冴島理玖にはそれぞれ誰かが監視の任務についているのだろう。
私はといえば通常の仕事に戻っていた。
この先、森咲トオルと協定を結ぶことになるのだろうが、まだ動き出してはいないようだった。その場合、いったいどの班が動くのか、はたまた公安部とは関係ない部署なのか、それについては私の知るところではない。
締結となれば、私は彼のところにも通わなければならなくなるだろう。仲良くできるだろうか。貴婦人と同じで、本の話をすれば良いだろうか。
そういえば東京に戻ってすぐアザミさんに思い切って五年前の殺人事件の話を聞いた。
思い切って、というのは、その殺人事件の犯人がアザミさんだった場合、私の身に危険が及ぶのではと不安になったからだ。
アザミさんは私がその事件を知っていることに驚いたようだったけれど、報道もされていたわけだし、なぜ知っているのか聞いてこなかった。
二人で警視庁から外に出た。外回りをする上司と部下のような顔をして歩きながら話した。
その事件に関して、犯人は分かっているのだという。
報道規制がかかったのは被害者の女性が吸血鬼だったからだ。
「いくら吸血鬼相手でも殺したら問題になるでしょう」
「まあね。ただ、犯人は吸血鬼に襲われたから反撃しただけだと主張したんだ。それに被害者は随分前に死亡届が受理されていた」
死んだ人間を殺したことになる。
そうなると、何十年何百年と吸血鬼として生きたあとに死んだ場合、身元不明の死体になってしまうな。
「吸血鬼なのにちゃんと死体って残るんですね」
「本物の吸血鬼なら残らないけどね、普通の吸血鬼なら残る」
「犯人の警察官は、まだ警視庁に?」
「ああ、働いていると思うよ」
そのまま働いているということは、本当に正当防衛だったのだろうか。
被害者から話を聞けないのだから、真相は闇の中か。
どれくらい捜査されたのだろう。
録画できていない部分を確認しようと、警視庁に戻ったあと資料室に行ってみた。だが、あの殺人事件のファイルはなくなっていた。
ことが大きく動いたのは伊織くんからのメールだった。
吸血鬼になりかけている女子高生を見かけた、というものだった。しかも本人はそれに気づいていないようだったとも書かれてあった。
私としてはその場で保護してもらいたかったが、彼にも仕事がある。
私がその子を保護したい旨を伝えると、一両日中には見つけると返信がきた。
これは彼に仕事を依頼したことになるのだろうか。
どれくらいの金額を請求されるかドキドキする。高額だったらどうしよう。経費で落ちるのだから私が心配する必要はないけれど。
夕方、伊織くんから連絡があった。
その女子高生を発見したとの報告だった。
仕事が早い。正直一両日中は無理だと思っていた。
彼女が言うには、行方不明の友人を探すために廃校に通っていたのだそうだ。そして昨晩も廃校に赴き、そこで今の状態になったと。
公主の元拠点の廃校だ。
彼らはこれから冴島理玖が入院する病院へ行くとのことだったので、私もそちらへ向かうことにした。
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