第4話 彼女

 翌日の早朝、拓海は私を海へ連れ出した。ウェットスーツに身を包んだ拓海は、小学生の頃とは全く違う印象だった。スリムなりにもしっかりとしたシルエットからは筋肉を感じる。あれから六年経っているのだから当然だが、サーフボードを手に海へ向かう姿も様になっていて、その後ろ姿に見惚れた。小さい頃からさほど体型が変わらず、相変わらず華奢な私とは全然違う。

 私は浜辺に座ると、他の波乗りたちに混ざって波を待つ拓海を見ながら、昨日のことを思い出していた。


 智行くんの部屋から出たあと、私たちはテレビゲームのテニスをして遊んだ。こういうゲームをしたことのない私は当然操作に慣れずミスしてばかりだったが、義弥くんがコツを教えてくれて、うまくボールを返せるようになると俄然面白くなり、何ゲームもしてしまった。かなりはしゃいでいたと思う。


 家までの帰り道。運転しながら拓海が

「花音はさぁ、どういう男がタイプ?」と聞いてきた。

「タイプって言われても……どうかなあ」

「優しい男が好きとか、趣味が合う男が好きとか、スポーツマンタイプが好きとか。いろいろあるじゃん」

「優しい人がもちろんいいし、趣味が合えば楽しいし、スポーツ出来る人は憧れちゃうかな」

「オレが言ったそのまんまじゃん」

「だって、あまり考えたことなかったんだもん」

「もしかして今まで好きになったやつも居ないってこと?」

「──そうかも」


 確かにそうだけど……いつでも心に住んでいる人は居たと気づく。それは恋愛とは違う感情だけれど、その人が近くに居る環境に戻りたくて、私は勉強を頑張っていたのだ。告白されても断っていたのは、この人じゃないって心の奥で分かっていたからだ。そうだ。私にとって大事なのは──


「一緒に居て安心できる、居心地の良い人がいいかな」

 赤信号で停まった車。運転席の拓海が私の顔を見た。その表情は優しい。

「拓海の彼女はどんな人だったの?」

「そうだな──気さくでサバサバしてる子だったな。自分の目標に向かって頑張る子。看護学校にいくってずっと言ってたし。そのへんは花音と似てるかもな。花音もこっちに戻ってきたくて彼氏も作らず勉強頑張っていたんだろ?」

「そうだね」

「戻ってこられたもんな」


 そう言って満面の笑みを浮かべた拓海の顔が脳裏に焼き付いている。

 気持ちよさそうに波を滑りターンを繰り返す拓海。波に覆い被されて姿が見えなくなり、ボードから落ちた? と思うと白波の中から現れ、華麗に滑りを続けている。私は浜に居るだけなのに全然退屈しない。波と一体になって楽しんでいる拓海のその姿は、私自身も波に乗っているようなそんな気分にさせてくれて気分が高揚した。


 ボードを抱えて海からあがった拓海が戻ってくる。隣にはおそらく知り合いなのだろう。少し年上の男性も一緒に居た。

「花音、寒くなかった?」

「うん。大丈夫だよ。拓海のパーカー暖かいし」

「やっぱり拓海の連れだったのか。浜辺に可愛い子がいるなって見てたよ」

 男性が笑顔で話しかけてきたので、私はぺこりと頭を下げた。

「彼女連れて来るなんて初めてじゃん。おまえが気に入ってるパーカーなんか着せちゃって初々しいなあ」

「これからはちょくちょく連れて来るんで、よろしくっス」

「あまり見せつけるなよ。じゃーな」

 呆気にとられている私の顔を見て拓海が可笑しそうに笑う。

「なんだよ花音、そのアホ面」

「だって、彼女って思われたよ。なんでイトコって言わないの」

「彼女じゃないって分かったら、チョッカイ出されるかもしれないじゃん。さ、行こう」


 そう言うと拓海は私の肩に手を回し、駐車場に歩き始めた。歩きながら智行くんの言葉を思い出していた。このパーカーが拓海とお揃いなのかと聞いてきた言葉。拓海はこのパーカーがお気に入りなのか。そのことを智行くんが知っていたら、さっきの男性みたいに意味深に取るかもしれない。


 帰宅後、私は伯母の仕事を手伝って、縫い終わったブラウスの縫製チェックをしていた。拓海は一時間ほど前に車で何処かに出掛けたので、手伝いが終わったあとはリビングで智行くんから借りた邪馬台国の本を読んでいた。

 二冊の本はそれぞれ畿内説と九州説の本で、どちらも本当のように思えてしまう。活字を追っているうちに寝ていたようだ。午前中の仕事を終えた伯母が二階から下りてくる足音で目が覚め、一緒に昼食の用意をしていると拓海が帰ってきた。

 何処に行っていたのか聞こうと思ったが、私を誘わず出掛けたのだから、聞くのは野暮だろうと思い直し、口を閉じた。

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