最終話 絶対に股間が爆発しないラブコメ

 リビングに足を踏み入れるなり、鹿間は眉間にしわを寄せて俺を睨む。


「あっ! ちょっと目を離した隙に! こら白神! お前は私だけを見てれば良いんだよ!」

「きゃあ、押さないでください!?」

「あわわわわッ!? このままじゃレリエルちゃんのバランスが崩れていたいけなボディが優斗さんのラッキースケベの餌食に……! きゃぁぁぁぁぁぁ性欲の獣ぉ! 最低っ!」

「そんだけ喋ってる余裕があんなら避けろォォォォッ!!!」


 そして、今日もまた俺の股間が爆発しそうになる。


 が。


「ふぅ、間一髪でしたね優斗さん」

「サキさん……! ありがとうございます……!」

「いえいえ! これも聖4級に昇進したサキエルの仕事ですから!」


 あの全裸の取り計らいによって俺の守護専門になったサキさんのおかげで事なきを得た。

 天界独自のルールが多すぎてわからなかったけれども、あれから色んなことが決まった。


 まずはあのクソ上司。

 レリエルの他にも色々やらかしていたらしいアイツは、二億年ほど地獄で強制労働させられることが決まったらしい。年数長すぎて想いのか軽いのかわかんないけども、まぁサキさんがホクホクした顔だったので良い感じの刑罰なんだろう。


 続いてレリエル。

 『上司の術式で損失していた分を補填する』という名目で長期の有給休暇を貰ったらしい。こうして俺の家で消し炭作成に勤しんでいるのは完全なプライベートと言うわけだ。

 木炭職人か何かを目指すつもりなら俺の家じゃなくて炭焼き小屋とか行った方が良いと思うけど。


 そしてサキさんだが、レリエルの後を引き継ぐ形で正式に俺の守護天使になった。

 正式にってのは、レリエルがスマホアプリでやったあれは正式でもなんでもなかったってことだ。

 道理で役に立たな……いやまぁレリエルだったら正式に守護天使になっても微妙か。

 サキさんもある意味ぽんこつな気もするけど、少なくともレリエルみたいなことはやらかさない。今も部下を総動員して俺の股間に掛かった呪いを解く方法を探ってくれているし、こうしてピンチが訪れた時には物理的な結界を張って接触しないようにしてくれたりもする。

 股間が爆発しない生活のなんと過ごしやすいことか。


 最後にもう一人。

 サキさんの背後に隠れるようにして現れた幼女が二パッと笑う。


「ゆうとー、らぶこめみたいでたのしいね?」


 母さんの生まれ変わりだ。

 正確には母さんではないらしいけれども、記憶や経験の一部を引き継いだ存在なんだとか。


 父さんは出会った瞬間に感じるところがあったのか滂沱ぼうだの涙を流していたけれども、一昼夜二人きりで話し合って今の形に落ち着いた。

 まぁ見た感じ幼稚園生だし、これで親父と再婚したら完全にアウトだから良いんだけども。代わりに三峰先生ってのは解せないけども。


「ラブコメなぁ……俺が知ってるラブコメってのはもっと健全で安全なものなんだけど」

「健全?」

「ストーカーとかヤンデレって……イエ、何デモナイデス」


 クナイと匕首で言論の自由を封じられた俺は言葉を止める。

 そういうところが健全じゃないんだよ!


「安全の方だって股間が爆発するなんて危なすぎない?」

「だいじょーぶ! サキエルさま、まもる! わたしも、まもる!」


 ふんす、と鼻息も荒くガッツポーズをする元母に何故かほっこりする。


「……まぁでも、こういうにぎやかなの自体は嫌いじゃないかな」

「なら、しあわせ?」

「ああ。そうだな」


 良かった、とにっこり笑われて、俺も思わず微笑んだ。騒がしくもにぎやか。

 親父もそうだけど、色んな人がいて、一時も静まることのない家。


「絶対に股間が爆発しないなら、こんなラブコメも悪くねぇよな」

「ははは、ナイスジョークです。優斗さんの股間が爆発しないとか、太陽が西から上るくらいあり得ないじゃないですかー」

「お前のせいだからな!? サイコパスか!?」


 レリエルが逃げ出したのを見て、大人しく着席。

 他のみんなも席に着いたので、重箱を中心につつき始める。

 友香子も色々言ってはいるけども、この量を用意してくるのはみんなで食卓を囲むためなので文句は言わない。


 それぞれが舌つづみを打つ。

 お重はどんどん空になっていき、やがて最後の段にたどり着く。

 そこにあるのはデザートだ。

 カットされたフルーツに生クリームがたっぷりのロールケーキ。宝石のように散りばめられたそれらにフォークが伸びたところで、頭上からぽんこつがカットインしてきた。


「生クリームッ!!!」

「馬鹿ッ!? 危ないだろ!?」


 避けながらロールケーキを一切れ頬張る。


「あー!!! 私の生クリームがッ!?」

「お前のじゃねぇよ。っていうかまだ残ってんだろ?」

「もー! 生クリームは多ければ多いほど良いんです!」


 ぷりぷりしながらもフォークを伸ばしたレリエルが、ハッとして俺を見る。


「これってあれですか? 遠まわしに熱烈なキッスを求めて『ほぉら生クリームの味がするだろう』的なプレイですか!?」

「お前ホントにブレないよな……」

「駄目ですよ!? いや駄目じゃないですけど! 優斗さんが人生の全部を棒に振って――って棒ってそっちじゃないですからね!? 股間の危険物は永遠に封印しといてくださいよ!?」

「やかましい」


 ムカついたのでレリエルが確保しようとしていたロールケーキを横取りしてやる。


「あー!!!」


 悲鳴が上がるが無視だ無視。


「か、かくなる上は……!」

「おい馬鹿やめろッ!? サキさん助けて!!」

「同格になりたての私ではレリエルさんは止められないんですよ」

「あはは、ゆうともてもてー!」


 天使ってのはどいつもこいつもぽんこつばっかなのか?!

 今さっき守るって言ったばっかじゃねぇか!!!


「はーい、愛しのレリエルちゃんのチューですよー?」

「お前馬鹿だろ!? 接触したらどうなるか分かっ――」


 俺の口についた生クリームを舐めとろうと、食欲魔人が無理矢理俺にせまってきた。

 ――そして、俺の股間は爆発したのだった。






 ……。

 …………。

 ………………。


「はぁ……恋人同士の軽いイチャイチャでこれですか。先が思いやられます。優斗さんとしては愛しのレリエルちゃんで股間を爆発させられて大満足かも知れませんけどはっきり言って特殊性癖ですからね? ハッキリ言ってドン引きですよ?」

「このぽんこつぅぅぅぅぅ!!! 股間爆発させて満足なんてするわけないだろ!?」

「えっ、でもこういうにぎやかなのは悪くないとか言ってたじゃないですか? なんでしたっけ? らぶこめ?」


 本気で頭の上にハテナを浮かべたレリエルに大きな溜息を吐く。


「俺が求めてるのは! 絶対に股間が爆発しないラブコメだッ!!!」



〈おしまい〉

 

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