第27話 突破口 ※本日1話目
「どうすればいい? わざわざ全部喋ってんだから、何かあんだろ?」
サキさんは、というよりもサキさんの上司はレリエルの上司と対立していると言っていた。そもそもそれらの事実を知ったのは相手の弱みを握り、出世レースから引きずり下ろすためのはずだ。
「親父や母さんのことをバラせば――」
『残念ながら、天界では合法です』
「ふざけんなッ!」
『怒っても事実は変えられません』
冷水のようなサキさんの言葉。
俺が今ここで我慢しているのはクソ上司をどうにかする方法を聞くためだ。喚き散らし、怒鳴り散らしたところで意味はない。大きく深呼吸をして気持ちを抑え込む。
『今回の件で唯一違法なのはレリエルさんに対する処置です』
言われてレリエルを見れば、感情がストンと抜け落ちたかのような表情のまま虚空を見つめていた。
『向こうの上司は、お母さんが命令に背いたことが原因でこうなったと考えたのでしょう。レリエル様は何があっても絶対に上司を裏切ったり、不利になるような言動が出来ないよう魂に術式が書き込まれています』
「それであの態度って訳か」
言い訳も釈明もなく自らの罪を認めたのも。
俺が促しても頑なに何も言わなかったのも。
全部、それができないようになっていたから。
レリエルを怒鳴りつけた自分をぶん殴ってやりたい気分だった。
「じゃあそれを告発すれば良いんじゃないか?」
『残念ながら、証拠はレリエル様本人しか残されていません。体を分解して魂を解析すれば術式を発見することはできるかと思いますがレリエル様は死に戻り前と同じく分解されるでしょう』
「駄目だ」
それじゃあ意味がない。
『ですので、レリエル様が異常な――普段通りの異常ではなく、魂に手を加えられたとはっきり分かる異常をラブラエル様に見せる必要があります』
普段通りの異常って言葉がバグってるけども、言いたいことは分かる。
サキさんも言わないだけでレリエルの言動がヤバいことは理解してたんだな……。
『レリエル様の魂に多大なるストレスが掛かった結果、術式そのものが限界に達しようとしています』
「このままストレスを与え続ければ良いってことか……?」
『結果的にそうなりますが、術式の自動防衛モードが働くので容易ではありません』
「何かヤバそうな雰囲気だな。自爆とかじゃないだろうな?」
主に股間とかの。
『違います。ストレスの発生源を物理的に排除する――それが自動防衛モードです』
サキさんのことばを待っていたかのように、チキチキチキ、と耳障りな音が白の空間に響いた。
レリエルの体を覆うように、紫色の何かが形を作っていた。
半透明のそれは細かいパーツを組み合わせるように一つになり、やがてレリエル全体を取り込んだ。
「……サソリ?」
『アレをラブラエル様に見せられれば一発なんですけどね……優斗様はアレに殺されないよう、何とかレリエル様に接触して股間を無事に爆発させ、法廷に戻って来てください』
「問い。格闘技もスポーツも碌にやらない男子学生が、三メートル近いサイズのサソリに勝つ方法ってありますか」
『……一応、神聖力を搔き集めてそちらに顕現できないか試してみます。私に触っても、法廷には戻れるはずなので』
期待はしないでほしい、と言外に言われた気がした。
っていうか無事に爆発させるってどういうことなの。いや言ってる意味はわかるけど。
「ああクソ! やってやる! やってやるよチクショウ!」
すぅ、と大きく深呼吸。
股間が爆発するってだけでも俺の常識はお腹がいっぱいなのに、その上馬鹿でかいサソリと戦えとか予想外過ぎる。
でも、他に方法はないならやる。
思えば今朝からずっと、意味わからん事態に巻き込まれ続けているのだ。
今更予想外の出来事が一個や二個増えたところで我慢はできる。いや勘弁してほしいけども。
紫色の外骨格で出来たサソリ。
胴体は
キチキチと嫌な音を立てながらハサミを振り上げて
襲い掛かってくるかと身構えていたのだけれども、サソリは正面に俺を捉えたまま動かない。
……待ち、ということだろうか。
サソリの生態なんぞ知らないけれども、もしかしたらこれはチャンスかも知れない。
物理的な攻撃が通るとは思えないサソリ。
その中に閉じこもっているレリエルに触るためにできる攻撃手段は、一つしかなかった。
――ストレスだ。
「えーと、ぽんこつ!」
小学生より酷いレベルの悪口を言ってみる。
サソリの尻尾がぴくんと跳ねた。
レリエルに対するストレス値がそのままサソリの体力に繋がっていると見て間違いなさそうだ。
よし、やりますか。
「張りぼて! ぽんこつ! ノータリン! 寸胴! まない、たぁぁぁぁぁぁ!?」
「誰がまな板ですか見たことないくせにぃぃぃぃぃ! それともあれですか!? レリエルちゃんのことが好きすぎてストーキングしてたんですか? 盗撮ですか? この変態ッ! 痴漢! 白神優斗!」
サソリの中で寝ていたはずのレリエルが起きてキレた。
同時にサソリが俺に突進してきた。慌てて逃げながらもレリエルに話しかける。
「だから俺の名前を悪口みたいに扱うんじゃねぇよッ! さっさと出てこい!」
「……あれ? なんで私こんなところに……?」
自らがサソリの胴体に閉じ込められていることを認識したレリエルは、驚愕と戦慄を表情に滲ませる。
「優斗さん……! 私が寝ている間に閉じ込めるなんて……あ! 衣服! 衣服の乱れ確認しないと!」
「マジで覚えとけよテメェ……!」
「あれ? なんかこの箱、動いてません?」
サソリがカサカサと動く姿は気持ち悪いけれども、Gのような素早さは感じられない。
立ち止まることはできないし脅威的ではあるけれども、逃げきれないほどじゃないのが救いである。とはいえ俺は体力に自信があるわけじゃないのでこのままいけばジリ貧なのは目に見えているが。
「わぁぁぁぁ何ですかコレェ!? 助けて下さい優斗さぁん!!!」
「俺を疑った直後に全力で助けを求めるなよっ、と! お前にストレスを与えたりすると良い感じに助けられるみたいだぞ!?」
「じゃあストレスください! あっ、なんかこの発言すごくドMっぽいですけど単純に脱出したいだけであって優斗さんのマニアックな性癖に付き合うつもりはありませんからね!?」
「何でお前が俺の悪口言い始めんだよ!? ムッツリスケベ!」
あ、尻尾がめちゃんこ反応した。
さっきは『寸胴』『まな板』の反応が良かったし、もしかしてレリエルがちょっと気にしてたり図星だったりする方がダメージでかいのか……?
走りながら、俺が思いつくだけの罵詈雑言を浴びせる。
「変態女! 夜の天使! ムッツリスケベ!」
「エロ直結思考! 性☆天使!」
「脳みそ生クリーム! 食欲魔人!」
俺の言葉にサソリの動きが激しくなり始めた。
具体的には追いかける動きにプラスして尻尾での一撃が繰り出されたり、ハサミを使って俺を捕まえようとするような動きが増えたのだ。
効いてる証拠……っていうかこのレベルの悪口でストレス受けるとか、レリエル弱すぎません?
俺に対する発言はこれの比じゃねぇだろうに。
「何でそんな酷いこと言うんですかー!? いけ、サソリさん! あの
「けしかけてんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!!」
お前のためにやってんだよッ!
「状況分かってんのか!?」
「分かってますよ! サソリを通してだいたい全部把握しましたっ! 皆に嫌われて延々と死に戻りしたのも知ってますし、私が偽の記憶を植え付けられただけの人造天使なのも分かりました……!」
「じゃあ協力しろよ!」
「嫌ですよ! なんで私なんて助けようとするんですか!? ぽんこつでムッツリスケベでまな板で、私なんてみんなに迷惑しか掛けてないじゃないですか!」
「俺には呪いも掛けたけどなァッ!?」
「私は真面目に話してるんですッ!」
だからイラつかせるために混ぜっ返してんだよ。
「なんで私なんかのために体を張るんですか!?」
「そんなん決まってんだろうがッ!」
振り下ろされるハサミを横跳びに避ける。
そのまま転がって刺し貫こうしてきた尻尾からも逃れる。
段々と激しくなる攻撃に、俺の息もあがってきていた。
「お前が好きだからだよッ!」
俺の言葉に、レリエルはおろか外側のサソリまで動きを止めた。
「……………………………………………………はえ?」
「馬鹿みたいに馬鹿なことやってケラケラ笑って! 好き勝手言いながらえらそうにドヤるお前が! 好きなんだよ!」
「えっと……? ドMですか……?」
「うるせぇ首輪付けてベッドの中でキャンキャン鳴かすぞ!?」
「えっ? えっ? だって、婚姻前にそんなことはしないって……? えっ?」
「結婚前提に決まってるだろうが!」
メチャクチャな俺の言葉にしかし、レリエルが大きく反応した。
「私、ぽんこつですよ?」
「知ってる!」
「作られた天使ですよ?」
「知ってる!」
「でもでも、だって――」
なおも言い縋るレリエルの言葉を跳ね除ける。
「うるせぇ! 好きだ!」
レリエルの目から、星屑のような涙が零れた。
それはサソリの中にぽたりと落ち、そして紫の外殻に罅を入れる。
「生クリーム食べたいです」
「たまになら奢ってやる!」
「たくさん甘やかされたいです」
「現在進行形で甘やかしてんだろうが」
「これからもきっと沢山迷惑かけます」
「好きなだけ掛けろ」
ぽたぽたと落ちる雫が次々に罅を入れる。劣化したプラスチックのように、何もしていなくとも罅はどんどん拡大し、外殻の破片を零し始めた。
サソリが暴れる。
俺を狙った攻撃ではなく、もがき苦しんでいるのだ。
「……本当に、私なんかが誰かを好きになって良いんですか……?」
レリエルの問いかけに合わせてサソリの外殻が大きく剥がれた。
「お前に好きになって欲しいんだよ!」
今ならレリエルに届く。
今ならレリエルに触れる。
今ならレリエルを助けられる。
助走を付けて走る。
俺の動きに気付いたサソリがもがきながらもなんとか迎撃しようとハサミを構える。
最初に比べると
回り込むように背中を狙う毒針が振り下ろされる。
――避けない。その方がレリエルに
巨大な針で背中を
毒もあるのか、背中だけでなく全身に焼けるような痛みが
でも、レリエルはもう俺の目の前だ。
「答えを聞かせろッ!」
俺の言葉に、レリエルは涙でぐしゃぐしゃになった顔を近づけた。
「私も、優斗さんが、好きです」
桜色の唇が俺に近づき、そして重なる。
――そして、股間が爆発した。
……。
…………。
………………。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます