第23話 審問 ※本日2話目


「疲れた……本当に疲れた……!」


 帰宅。

 それはすなわち堅牢なる我が城に戻るということであり、心身ともに解放されるということでもある。

 リビングのソファに倒れ込むと、どっと疲れが押し寄せた。

 一応、サキさんがるりと一緒にイワシを焼きに行ってくれてるので今は俺とぽんこつ天使の二人しかいない。


「いやぁ、怒涛の一日でしたね! レリエルちゃんの献身的なサポートがなければ乗り越えられなかったことでしょう!」

「……いちにち……?」

「そうですよ? 死に戻りのせいで時間感覚がおかしくなっちゃいましたかね? それともレリエルちゃんに見惚れすぎて時が経つのを忘れてたとかですか? いやー参っちゃいますね。そんなに見つめられると」

「お前本当にブレないな……すげぇわ」

「いやぁすごいだなんてテレますねぇ……」


 褒めてるわけじゃないんだけども。

 でへへ、としまらない笑みを浮かべるレリエルに毒気を抜かれてしまい、つっこむ元気も起きなかったのでそのまま放置だ。


「あ、そういや先にファブリーズ試すか。レリエル、ついてきてくれ」

「もー! 私がいないと寂しいんですか? 寂しいんですね? 仕方ないですねぇ」

「違う。るりのプールバッグに入ってるから、お前がいないとまたあらぬ誤解を生むだろうが」


 誤解を生むというよりも、レリエルが生み出すというのが正しいんだけども、まぁ結果は一緒だ。

 にこにこしながら俺の後をついてくるレリエルとともプールバッグの放置されている玄関付近へと向かう。


「これですか?」

「そうそう。この後イワシの匂い消しにも使うだろうからリビングでやろう」

「良いですね。何か銃みたいで楽しそうな雰囲気です」


 ファブリーズのボトルをスチャっと構えるレリエル。

 基本的にぽんこつだし問題発言ばっかりだけど、悪意がないのも……ないよな?


 不安になったから考えるのをやめるが、まぁ天使だし人間界の常識にうといのも間違いないんだろうな。


「マジカル☆あまねみたいでかっこいいです!」

「何それ?」

「天界で流行っているアニメですね。3歳から400歳くらいまでの天使はみんなニチアサに観てますよ!」


 ……うといんだよね? 天界がものすごく人間界に近い気がしてならないんだけども。


「最近は変身がパワーアップして、白スク水バニーさんサキュバス姿で必殺技を使うようになったんですよ」

「何? 属性のごった煮?」

「もう! ちゃんと聞いててくださいよ! こう、腕を伸ばして神聖あまねブラスターって――」


 言いながらファブリーズをぷしゅっと撒いたレリエル。

 同時にレリエルの身体からキラキラと光る何かが放たれた。それは薬剤の霧に吸い込まれて俺へと降りかかる。


 バリンッッッ!!!!!


 ・――色欲魔神アスモデウスの封印が天使レリエルによって破壊されました。


「きゃあああああああ優斗さん何やってるんですか!?」

「俺のセリフだ馬鹿野郎! 何で封印壊してんだよ!?」


 天の声を聞いたのか、台所からるりとサキさんが飛び出してきた。るりは驚く、というか困惑しているようすだが、サキさんは真っ青な顔をしている。

 天使なだけあって、封印が解けるということが大変な事態だと理解しているようだ。


「今のは何ですか!?」

「すごい音がしたよ!?」


 動揺する二人をあざ笑うかのように、天の声がさらなるアナウンスを告げる。


 ・――アスモデウスの覚醒状態が1から2へ引き上げられます。


 脳内に直接響いてくる声はどこまでも平坦で無感情だ。どうすれば良いか分からず戸惑っていると、天井から黒い影が落ちてきた。

 人間大の大きさをしたそれは、ずいぶんとボロボロになった忍者装束を身にまとっているものの、見慣れた同級生だ。


「おっす白神……いま、何が起こってるんだ?」

「何で鹿間がいるんだよ!?」

「うまい具合にパパを撒いたし、白神との話も中途半端だったからな」

「そうじゃねぇよ!? ここ俺の家だぞ!?」

「そりゃ白神に会いに来てるんだから、白神の家に決まってるだろ」


 きょとんとした顔の鹿間。

 いや、なに当たり前のことを質問されてびっくり、みたいな顔してんだよ。当たり前のように不法侵入してて俺がびっくりだわ。


 ・――宿主『白神優斗』に付与されたスキル【魅惑のフェロモン】【ラッキースケベ】がレベルアップします。


 再びのアナウンス。

 それを聞いたのか、玄関のドアが勢いよく開け放たれた。そこに立っているのはナイスプロポーションと残念メンタルを融合させた我が担任、三峰先生だ。


「白神! 家庭訪問に来てみれば不思議な声が! しかも魅惑のフェロモンとはどういうことだ!? 先生をたぶらかそうとはい子だ! お仕置きごほうびが必要だな!」


 邪悪な副音声が聞こえた気がしたけれども、内容以前に疑問が一つ。


「なんで先生が……?」

「夏休み中は希望者の家庭訪問があるんだよ。教師って忙しいんだぞ?」

「うちは希望なしです!」

「なしの家は所在確認するんだよ。ついでにご義家族かぞくに挨拶もしないといけないしな。公務は大変だ!」

「そんな公務があってたまるかァッ!!!」


 バグりつつも家に入ってきたのは三峰先生だけではない。

 和装に着替えた友香子もいた。目からハイライトが消えた彼女は、抜き身の匕首あいくちを握りしめたまま静かに玄関から侵入してくる。

 しずしずと歩いてきただけだと言うのに玄関の空気がなんとなく湿っぽく、そして重たくなったような気がするから不思議だ。


「優斗さん……私を捨てるんですの? 前世から……いえ、前々々世からの運命で結ばれた私を……!」

「待ってくださぁい! その発言は色々アウトになりそうです! ジャ〇ラック辺りが怒りそうなので伏せてください!」

「大丈夫ですレリエル様。歌詞は完全にアウトですけど曲名はセーフです」


 錯乱したレリエルが何事かを告げるが、サキさんが何かしらアシストしていたのできっと天使には天使なりの常識があるんだろう。そんなものじょうしきをレリエルが持ち合わせてるかってのは大きな疑問だけども。


「また貴女ですか残念忍者。ストーカーなんてやめなさい! 女性あなたを視界に入れたせいで優斗さんは自らの目を潰して私に贖罪しないといけなくなるんですよ?」

「うるせぇぞメンヘラ女! 白神はヘタレなりに勇気を出してこれから私に告白するところなんだ! 黙って見てろ!」

「鹿間に獄門か……先生はこれから白神と今後の人生設計に関わる大切なお話をするから、ちょっと今日は帰ろうか」


 有体に言って、修羅場である。

 普段ならば「優斗さん優斗さん修羅場ですよ! 優斗さんが散々女性をもてあそんできたツケですね!」とか言ってきそうなレリエルだが、真っ青な顔で俺を見つめているだけだ。

 やらかしの度合が今までとは桁違い、ということなんだろうか。


「さぁ白神! 子供の人数を決めるぞ!」

「優斗さんは私と一姫二太郎の家庭を築くんです」

「白神! さっさと思いの丈をぶつけてこい! そしたらこんな女ども、私がさっさと蹴散らしてやるから!」


 混沌とした玄関に、突如として異変が起こった。

 レリエルを中心にして、サァッと墨をぶちまけたような暗黒が広がったのだ。

 壁も床も関係なしに浸食していき、やがて俺たち以外の全てが闇に染まった。地面すらも認識できないような塗りつぶされた黒。

 誰もが動けず戸惑う中で、アナウンスが脳内にこだました。


 ・――天使レリエルの行動を反逆と認定し、これより『堕天審問』を開始します。

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