第2話 悪化する状況

 拝啓はいけいクソ親父。

 アンタが412回目の再婚相手を探しに旅立って、二回目の夏が来ましたがいかがお過ごしでしょうか。いや探しに行ったときはまだ307回目だったか。こないだのエアメールでアゼルバイジャンの美人とツーショットを撮っていましたが順調ですか?

 俺は家に押しかけてきたぽんこつ天使のせいで、股間が爆発する体質になってしまいました。正直俺よりも親父に必要な措置そちだと思うので代わってください。

 かしこ。


 家のリビング。そのソファで俺は現実逃避をしていた。

 脳内で親父に手紙を書いていたら、目の前でお茶請けのせんべいをばりばり食べていたレリエルが一息吐く。


「まぁまぁですね……でも天使に対するお供えと考えるのであればもっとこう、生クリームがドバっと載ってる感じのが良いですね」

「やかましい。11枚も食べといて文句言うなよ」

「ひっ! ごめんなさい! 人が見ているところであられもない恰好をさせるとか本当にやめてくださいいいい!」

「止めて欲しいのは俺だよ……っていうか結局そのアスモデウスの魂とやらはまだ全然封印されたままだし、全然おかしなことにはなってないからな?」


 脳内に響いた謎の声――レリエル曰く『世界の声』らしいけれども――が正しいとするならば、確かに俺の中にはアスモデウスがいるらしい。

 とはいえ前世の記憶的なサムシングを思い出したわけでもないし、別に色欲に目覚めておサルさんみたいなムーブをしたくなったりもしていない。


「そもそも、俺は付き合うなら結婚って決めてるし」

「えっ」

「何驚いてんだよ」

「つ、つまりそれはあれですか? 婚姻こんいん関係を結ぶことで何があっても逃げられない状態にして『ご主人様』って呼ばせる――」

「ホント、天使の頭ってどうなってんの? 切って中身確認して良い?」


 あ、ぷるぷるしながら首振ってる。

 見た目で言えばめちゃんこ可愛いのにどうにも残念なんだよなぁ……。


「良いか? 俺の親父は色狂い……いや、恋愛狂いだ」


 俺の母親が病気で他界したのが二歳の頃。

 10年越しの大恋愛で結ばれたパートナーを亡くした親父は大層嘆たいそうなげき悲しみ、そしてさみしさを埋めるためか新しい恋愛を求め始めたのだ。


 ……これが何故だかモテるんだよなぁ。


 詳しくは省くけれども、結果として残っているのはバツ411という驚異的なスコアである。弾幕ゲーの撃墜数みたいな数字だけども、再婚相手のことだ。

 酷い時は婚姻届け提出から二時間で破局とかあったらしく、


「優斗、父さん結婚したぞ」

「また? ……お相手は何処に? 挨拶しないと」

「挨拶はいらないな。もう別れたから」


 イカれてるとしか思えない結婚・離婚報告をされたこともあった。

 俺が高校に進学したのを機に、親父は『真実の愛』とやらを海外に探しに行くことにしたらしく、現在はアゼルバイジャン辺りをうろついているはずだ。

 めっちゃ鼻が高い美女とのツーショットがエアメールに同封されてたからな。


 物心ついたときからそんな感じだったし親父の人生だから好きにすれば良いと思うんだけどさ。

 337回目の結婚相手(カナダ)を紹介するために日本に帰国するって言ってたのに、いざ空港に着いたら339回目の結婚相手(メキシコ)を紹介された時の俺の気持ちはちょっと考えてみてほしい。

 なんで旅行中に相手が変わってんだよ。っていうか間にもう一人挟まってるの本気でどうなってるの?

 離婚・再婚・また離婚とかやってるんですかね……?


 閑話休題なにはともあれ


 そんなわけで俺は「結婚するならこの相手」とがっちりがっつり決まった人でなければ嫌なのだ。

 うん、完全に親父が反面教師だわな。

 だからレリエルさん。


「お父さん譲りのセクシャルサラブレッド……」


 意味不明な単語を呟きながら人を性犯罪者みたいな目でみるのは本当に勘弁してください。

 っていうかコレ親父が悪いだけで俺は何もしてないだろ!?


「まぁそんなわけで、俺は性欲が大暴走とかそんな心配はない。絶対にない。オーケー?」

「オーケー。行為に及ぶときはあらゆる『覚悟』を、って事ですね? 下半身第一主義すぎます! 股間にぶら下げてるのは脳なんですか!?」

「分かってねぇよなぁ!?」


 再び涙目になったレリエルは、こほんと咳ばらいを一つ。

 それから俺に手をかざして「アナライズ」と呟く。

 一拍の間を置いて現れたのは半透明のウインドウ。ゲームとかであるようなアレだ。


 そこに書かれていたのは俺の名前である。


『名前:白神優斗(17)

 種族:人間 ♂

 能力:そこそこ

 健康:普通(アスモデウス:封印)

 備考:童貞

    【魅惑のフェロモン】

    【ラッキースケベ】

    【絶倫】

    【股間爆発の呪い】』


 ちょっと待てや。

 童貞って情報いるか!? ホントに必要なのかコレ!?

 能力「そこそこ」とかめちゃくちゃ適当な癖してそこだけはキッチリ書くのな……。


「良いですか。天界きっての才媛と謳われたこのレリエルちゃんが危惧きぐしているのはアスモデウスの魂が一時的に解放されたことで現れたスキルたちです」

「……そういや、レリエルが変な魔法使った瞬間にアスモデウスの魂が解放されたよな?」

「うぐっ!? あ、あれは事故なのです!」


 嫌な汗で額を濡らし、目が泳ぎまくったレリエル。

 これどう考えてもレリエルが原因だろ、と追及しようとしたけれども、それより先にポップアップウインドウを引っ張って眼前に持ってくる。

 触れるんですかソレ。


「見てくださいこのスキル」


 タップして確認していくと、各スキルの詳細が表示される。


『【魅惑のフェロモン】Lv.1

  異性に対する好感度が上昇しやすくなる。

  一緒に過ごした時間に応じて効果が上昇する。

  距離が近くなればなるほど効果が上昇する』

『【ラッキースケベ】Lv.1

  偶然の力が働き、異性とあなたがえっちな接触!? ……ラッキー♡』

『【絶倫】Lv.1

  夜の運動会で体力が上昇する。また、相手の妊娠確率が上昇する』

『【股間爆発の呪い】Lv.ー

  それを掛けたのは嫉妬深きメンヘラか、あるいはサイコパスか……

  異性に接触した瞬間、股間が半径1メートルを巻き込んで爆発する』


「レリエル……」

「ええ、分かってくれましたか? このスキルのシナジーが発動すると、すぐさま腹ボテハーレムが――」

「一番ヤバいのはお前が掛けた奴だろ!? っていうかもう呪いって書いてあるじゃねぇか!」


 一番下を指し示した俺を見て、レリエルがさっとポップアップを取り上げる。

 流れるような動作で拳を振るってポップアップを叩き割ると、再びアナライズを掛けた。


『【魅惑のフェロモン】Lv.1

  異性に対する好感度が上昇しやすくなる。距離が近くなればなるほど効果が上昇する』

『【ラッキースケベ】Lv.1

  偶然の力が働き、異性とあなたがえっちな接触!? ……ラッキー♡』

『【絶倫】Lv.1

  夜の運動会で体力が上昇する。また、相手の妊娠確率が上昇する》

『【神聖天使の祝福】Lv.ー

  天使様によるありがたい祝福ですお願いしますもう叩き割らないでくださいごめんなさい

  異性に接触した瞬間、股間が半径1メートルを巻き込んで爆発する』


「いいですか。上三つのシナジーが発動すると、とんでもないことになるんです」


 酷い言論統制げんろんとうせいを見た。

 っていうかなんか命乞いしてるけどもポップアップウインドウにも人格があるのか?

 名前とか変わっても効果変わらないんだな……。


「あのさ。そもそもの話、アスモデウスの魂を目覚めさせたのってレリエルだよな?」

「うぐっ!? そそそ、そんなことないですよーう?」

「レリエルがいなければ目覚めなかったのに、俺は謎の呪いを掛けられたわけだ」

「しゅ、祝福です! ほら、ここに祝福って書いてありますよーう?」

「股間が爆発する祝福があってたまるかッ!」

「ひぃ! 怒鳴らないで犯さないで私を恥ずかしめてあられもない姿を動画に収めて脅迫材料して意のままに操ろうとしないでくださいいいいい!」

「してねぇよ!? 捏造ねつぞうすんじゃねぇ!」


 俺の言葉など耳に入っていないのか、良い空気吸い始めたレリエルはそのまま泣き崩れる。


「ああごめんなさい天国のお母さん……私は目の前にいるケダモノによってよごされてしまいます……!」


 レリエル自身が天使だし、天国のお母さんって意味違うよな?

 怒るのさえ馬鹿らしくなってしまった俺はずぶりとソファに沈み込む。


「とりあえずこの呪いを何とかしてくれ。何もする気はないけど、コンビニで店員さんからお釣りもらった瞬間に爆発とかしそうで怖い」


 何なら電車に乗っただけで爆発するまである。

 『何らかの思想か!? 電車内で股間爆発無差別テロ!』とかそういう見出しで面白おかしく書かれたらそれこそ天国の母さんに顔向けできねぇよ……。

 俺の言葉を散々疑ったものの、レリエル自身のチョンボだってのが大きかったらしくて最終的には股間爆発の呪いは解いてもらえることになった。

 一安心である。


「えーっと、……あれ? んー? ……まぁいっか」

「ちょっと待て何か不穏な――」


 俺が止める暇もなく、再びまばゆい光が俺の股間を包んだ。


 ・――レリエルが『白神優斗』の解呪に失敗しました。

 ・――呪いが変質します。

 ・――爆発範囲が1.2メートルになりました。


「再びちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

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