第四話

美蘭は居間で雑誌を広げて目を通していた。この雑誌は料理のレパートリーを増やして欲しいということで最近マザンから受け取ったものだった。見たことのないルスリド独自の料理もあるようだ。


「………」


一枚、もう一枚とページを捲っていく。しかし、


(全然わからない……)


美蘭が元いた世界、秘境界の平仮名や漢字とは異なる文字をしているため読むことができなかった。外国語がわからないように、この世界の文字もまったく理解できなかった。料理の絵だけでは情報不足のため、これでは料理をすることはできない。


「おっ、美蘭なにしてんだ?」


すると後ろからキザミが話しかけてくる。


「なんだそれ?」


「キザミさん。マザンさんからレシピ本をもらったのですが、なにが書いてあるかまったくわからなくて……」


キザミが後ろから雑誌を覗き見る。


「俺は普通に読めるけど、秘境界の文字とルスリドの文字は違うのか」


「そうみたいです。私にはさっぱりで……」


「だったら俺が訳してやるよ。美蘭は自分がわかるように書き直せばいい」


「ありがとうございます」


雑誌を一番最初のページに戻って一から教えてもらおうとしたその時、


「!」「?」


部屋に携帯電話の着信音が鳴り響く。美蘭のスマートフォンはこの世界では使うことができないので常に通学鞄の中に入れてある。

キザミが服のポケットに腕を突っ込み携帯電話を取り出した。


(この世界にもスマホあるんだ……)


「どうした?……マジで?」


不都合なことがあったのか顔をしかめる。


「どうするって、人数が揃わないなら中止にするしか。……無茶言うなよ。そんな都合よく空いてるやつなんて……」


会話を止めて美蘭の方に振り向く。じっと美蘭を見つめてから通話を再開する。


「いや、なんとかなりそうだ。……とりあえずみんなには普通にあるって伝えといて。もしだめだったとしても今回はやるから」


通話を終えてから美蘭に話しかける。


「美蘭、俺たちのイシギアに参加しないか?」


「いし……ぎあ……ですか……?」


突然の誘いと聞いたことのない単語に少し困惑する。


「男女同じ人数で集まって、食べたり飲んだりしながら話し合って盛り上がるんだよ」


言われたことを頭の中で想像してみる。


「えっと……飲み会とか……合コンってことですか?」


「ごうこん?秘境界じゃそう呼んでるのか?」


互いに知らない単語が行き交う。


「まあ、予定していた一人が急にこれなくなったから、欠員補充にどうかなって」


「私でいいんですか?ケンヤさんとかマザンさんとかでも」


「いないのが女子だから美蘭がちょうどいいんだよ。どうかな?」


美蘭が少し考える。


「私でよければいいですよ」


「ありがとう、助かるよ。集合は夜だから、さっきの続きやろうか」


「わかりました」


美蘭は持っていた筆記具で、キザミに教えてもらいながら雑誌に書き込みをしていった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「それじゃあ行ってくるから」


日が暮れてきた時間帯、美蘭とキザミが外出しようとしていた。ケンヤとマザンが二人を送る。


「夜出歩くんですから気をつけてくださいね」


「わかってるよ」


「あまり遅くなってもだめですからね」


「わかってるよ……」


「もし飲むのだったら、飲み過ぎて美蘭さんに迷惑をかけてもだめですからね」


「わかってるよ。なんでいつも行ってるのに今日に限ってこんなしつこく言うんだよ」


「美蘭にみっともないところ見られたくないからだろ」


くどくどと注意をするケンヤはやはりどこか母親を彷彿とさせる、そう美蘭は思った。


「美蘭、楽しんできな」


「大丈夫ですよ。キザミの友達に悪い人なんていませんから」


「はい、ありがとうございます」


ケンヤとマザンに優しく送られて、少しあった緊張が解れたようだ。


「じゃあ行ってきます」


「行ってらっしゃい」


二人が玄関の扉を開けて外へ出た。ケンヤが扉が閉まるまで小さく手を振って二人を送った。


「今になって聞くんだけどさ、美蘭は初対面の人は平気か?」


「ちょっと不安ですけど、並のコミュニケーション能力は持ってると思いますから、大丈夫だと思います」


「男は平気なのか?男が苦手な女もいるだろ」


「平気ですよ。今だって男性と住んでますし、クラスの男子と遊んだこともありますよ」


「そうなのか」


「でも……歳が離れすぎていると…ちょっと怖いとは思いますけど……」


過去の苦い経験を思い出して少し顔を歪める。


「今回集まるのは俺と同年代だから、それは安心して大丈夫だ」


初日の会話から、ケンヤたちは十八歳ということはわかっている。美蘭と一つ違いなので年齢にさほど差はない。


「美蘭は秘境界で飲み会とかごうこんとかした事はあるのか?」


「まだ未成年なのでやったことはありませんよ。でも友達とお菓子とかジュースとかで女子会をすることはありましたよ。この世界に来る前も友達と・・・」


美蘭の声が段々と掠れていく。


(瑞香……明乃……)


両親だけでなく友達もきっと心配している。そう思うと気持ちが沈む。気分の沈みは顔にも現れる。


「楽しい会の前なのにそんな暗い顔するなよ」


「すみません……」


「時間はかかるけど絶対に帰れるってマザンが言ってたから、大丈夫だよ」


「はい……」


キザミに元気づけられて明るさを若干取り戻した。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

数分後、会場となる店に着いた。外見は普通の町中でよく見る居酒屋のようだった。一瞬入るのをためらった美蘭だが、キザミが迷いなく入って行ったので思い切って中に入った。


「キザミ~」


入って早々声をかけられる。少し離れた場所にすでに男性二人女性二人の計四人が集まっていた。


「幹事が一番遅いのかよ」


「集合時間より前に来たはずなのに、お前らは早いな」


「今日を楽しみにしてたからね」


「いつもやってることなのに」


出会って早速親しげに会話をする。


「………?」


全員の視線を感じて美蘭が少し萎縮する。


「この子が追加の子?」


「こんな子知り合いにいたっけ?」


「紹介させるからとりあえず座らせて」


美蘭とキザミが席に着く。席順は男女が向かい合っていて、美蘭と刻は先に来ていた二人に挟まれている真ん中の位置に座った。


「じゃあ美蘭自己紹介」


「は……はい。はじめまして、東美蘭です。趣味と特技は料理で自炊もできます。よろしくお願いします」


{よろしく~}


全員が暖かく迎えてくれた。その後四人も簡単に自己紹介をした。


「美蘭は秘境界から来たんだ」


{秘境界!?}


異口同音で驚きの声を上げる。


「マザンによると帰れるようになるまでに時間がかかるから、今は同居してるんだ。心細いと思うから仲良くしてやってくれ」


「そうなんだ……大変だね」


「まあマザンに任せれば大丈夫だよ。今日は楽しんでな」


「はい。ありがとうございます」


男女共に優しく話しかけてくれたので美蘭の気持ちが楽になった。


「とりあえず乾杯するか。飲み物頼もう」


先に来ていた四人はすでに飲み会を注文していた。キザミが美蘭にメニュー表を見せてくれる。やはり文字が読めなかったが刻が丁寧に教えてくれた。


「美蘭は酒飲むの?」


「私まだ未成年ですよ」


「ルスリドだったら十八歳から酒は飲めるよ」


「私十七歳なんですけど……」


「一歳差なら大丈夫だよ!誰にも怒られないから飲も飲も!」


「ちょっと……」


強引に勧められて戸惑う。すると隣りの女性が助けてくれる。


「やめなって、お酒は強引に押し付けるものじゃないでしょ。困ってるよ」


「でもみんな酒飲むなら合わせないと」


「俺も今日はやめておく」


「マジで!?」


「迷惑かけるなってケンヤに言われたからな」


「真面目な彼に言われちゃね」


「仕方ないか……」


会話の中にマザンやケンヤの名前も出てくる。彼らとも面識があるのだろうと美蘭は簡単に推測した。 それから美蘭と刻は各々飲み物を頼んだ。しばらくしてから、飲み物や注文していた料理が全て揃った。


「それじゃあ全員グラス持って」


言われて全員が飲み物を手に持つ。


「秘境界からのすてきな出会いを祝って、乾杯」


{かんぱーい}


全てのグラスが打ち合わされてから、全員が飲み物を口に含む。


「うっめ~!この一杯のために生きてるもんだよなあ!」


「お前いくつだよ……」


男性同士のやり取りに早速笑顔が咲いた。


・・・・・。


それから料理をつまみ、近況報告や美蘭への質問などの話題でイシギアという名の飲み会は盛り上がった。始めは緊張していた美蘭も雰囲気に少しずつ慣れてきた。


「!」


キザミのポケットから着信音が響く。賑わいの中だったがみんなが聞き取れた。


「ちょっと出るわ」


ポケットから携帯電話を取り出して一度店の外へ出て行った。


「あの、ちょっといいですか?」


「お?どうした?」


この会が始まって初めて美蘭から口を開いた。


「みなさんから見てキザミさんってどんな人ですか?」


キザミの印象を普段から一緒にいるであろうケンヤやマザンではない友人に聞いてみたいと思った。


「あいつはいいやつだよ。すごい友達思いだし」


男性が椅子にもたれかかって腕を組む。


「友達思い、ですか?」


「うん。例えばそこのヒロトとかさ」


反対側にいる小柄な男性を指差す。


「こいつ最初はずっと一人だったんだけど、キザミが声をかけて仲間に誘ったんだよな」


「うん。それから何回か誘ってもらってたら、自然と友達が増えていったんだ」


「そうなんですか」


「私たちはキザミに助けられたよね」


今度は美蘭の両側の女性たちが会話に加わる。


「前に私たち些細なことで大喧嘩してさ、絶交したことがあったの」


「もう絶対顔を合わせるものか!って思ってたけどキザミが考え直してって言ってきてさ、説得されて仲直りしたんだよ」


「今じゃそんなことも忘れて遊んでるからね」


二人の女性はお互いの顔を見て笑い合った。


「キザミは恋愛相談もできるよね」


「恋愛ですか?」


「告白したいって人のために遊ぶ計画を、色んな人たちに相談して組み立てたって聞いたことあるよ」


「すげぇな。そんな話もあったんだ」


「さすがキザミだね」


(そんなにたくさんのエピソードが……キザミさんは本当に友達思いなんだな……)


美蘭がそう思ったその時、外に出ていたキザミが戻ってきた。


「おかえり。誰からだったの?」


「ケンヤから。遅くならないようにだとか、美蘭に無理やり酒飲ませてないかとか言われたよ」


「心配性だね。ケンヤ君は」


「俺がいない間なに話してたんだ?」


「あはは、気にしないでいいよ」


「あっそう」


深くは追求せずにサラッと流した。


「美蘭、一人にさせて悪かったな。大丈夫だったか?」


「大丈夫ですよ。楽しくお話できたので」


「そっか。だったら良かったよ」


一人にさせてしまった美蘭を気にするあたり、友人たちの言う通り友達思いなのだろう。キザミはコップを手に取り口につけた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「そろそろお開きにするか」


「そうだね。もういい時間かな」


始まってから二時間以上が経過し、帰るには頃合の時間になった。


「………」


一人の女性が酔いで眠たそうになっていた。


「ほらもう帰るよ」


「帰りたくない……」


「しょうがないなあ」


友達の女性が肩を貸して上げる。


「女だけじゃ夜道が危険だから俺もついていくよ」


「ありがとう」


「そっちは任せるよ。俺は美蘭と帰るから」


「今日はありがとう、キザミ」


「また誘ってね」


「ああもちろん」


「美蘭も、今日は楽しかったよ。ありがとう」


「こちらこそ、ありがとうございました」


美蘭は丁寧に頭を下げた。


「じゃあ先帰るよ。みんなお疲れ様」


{おつかれ~}


美蘭とキザミは四人に小さく手を振ってから店を後にした。


「どうだった?初めてのイシギアは」


「とても楽しかったですよ」


薄く笑みを浮かべて答える。


「いつもこういう会を開いているのですか?」


「そうだね。月に二、三回くらいかな。人を入れ替えてやってるよ」


「そんな頻度で」


「やっぱり友達を集めるのは楽しいんだよ。いつもいるケンヤやマザンとは違う雰囲気が楽しめるからね」


キザミも楽しめたのか、その口調はご機嫌に聞こえた。ふとキザミが美蘭の顔を見る。顔を見つめられて美蘭はきょとんとなる。


「これで美蘭も俺たちの友達だ。秘境界に帰ったとしても、ずっとな」


「……はい!」


その言葉が嬉しかったのか、美蘭は今日一番の笑顔を見せた。

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