2章・第10話:式典の後


式典後。


「僕は案外何か起きるとおもって、不安と同じ位ワクワクしちゃってたんだけどね」


セイ・クーがそんな事を言ってくる。

シャル・アもうんうんと頷いている。


「前々から思っていたんだけど、セイ・クーとシャルはどういう関係なの?たまたま知り合ったパーティメンバーって言う感じがしないよね」


クロウが言うと、セイ・クーはにやりと笑った。


「同郷なのは話したっけ?…そうか、うん、まあそれでね。僕は国では結構お偉いさんなんだよ。シャルは専属侍女兼ボディガードみたいな感じかな」


言われて見れば彼らかは何か気品?みたいなものを感じる。

だが、すると…

「ドゴラは違うんだ?」


「ああ、そうだね、彼はこっちに来てから知り合ったんだよ。前衛が欲しかったんだけど、その時丁度とある依頼をこなしてね。たまたま一緒に組んだ冒険者が彼だったんだ」


との事だった。

クロウはこれまでずっと独りだった。

ゆえに、もう少し他のパーティの話を聞いてみたかったのだがやめた。


なぜならガデスの姿が視界に入ったからだ。

ガデスを見た瞬間、クロウの心が急激になえ萎んでいく。

いや、それ所ではない。

しぼんでしぼんで…圧縮乾燥中の布団みたいな有様になってしまった。


彼はパーティメンバーを2人も失っている。

この話題は彼の心を傷つけてしまうに違いない。

こういった一方的な同情は、ともすれば相手を侮辱していると捉えられる危険がある事はクロウも理解している。


しかし、ガデスの仲間…アーノルドとエメルダの事、そして残されたガデスとハルカという女性の事を考えると、クロウは胸に痛みを感じざるを得ない。

彼自身でも過剰に反応しすぎだと理解しているようだが、心と言う目に見えない何かの端っこを目の粗い鑢でゴリゴリと削られるような痛み…その痛みの大きさはクロウの眼からぽろぽろと流れる液体が物語っていた。


━━これほどの胸の痛み、喪失感を感じながら生きていかなければいけないのならば

━━やっぱり俺はもう生きていたくない

━━自分の不幸も他人の不幸も嫌なんだ


ひとたびダウン状態に入るとクロウの精神はどんどんどんどん落ちていき、希死念慮という自殺願望が鎌首をもたげて来る。


それでも自らの首を搔っ切らないのは、彼が軽率に死ぬ事で悲しむ人々がいるという事くらいは理解しているからであり、また、彼自身の前世から由来する承認欲求も影響してたり…兎に角様々なメンタルヘルス要因が絡んでくるからであった。


だからクロウはいつも考えている。

周囲へ与える心の傷を最低限にし、自身へ与える体の傷(つまり、死!)を最大限にする方法を。


「ク、クロウ様!?どうされたのです?ええと、あー!ほら!泣かないの!男の子でしょう?涙を拭きましょうね…ほら、こうして、はい、はい…」


シルファにハンカチーフで涙を拭かれるクロウを見て、セイ・クーやシャル・ア、そして当のガデスもあっけに取られていた。


なお、ガデスは仲間を失った事自体は悲しい事だと思っているが、もう大分立ち直っているし、先ほどクロウとセイ・クーがしていた会話もなんとも思っていない。

彼とて熟練の冒険者であるし、冒険の過程で仲間を失う事くらいは覚悟していた。それに、仇討ちそのものも既に成されているのだ。

彼の心は既に前へ向いていた。


クロウの持つ極めて強烈な共感性は彼の精神を酷く不安定にさせている。

だが、この不安定さこそ彼の膨大な魔力の根源でもある。

もしクロウに魔術を扱える程自身を御する精神力があれば、恐らくは歴史に名を残す程の大魔術師となれたに違いない。


だがクロウは火種すら構築できないほど精神がふよふよと不安定なので、その魔力を余さず肉体強化へ回している。


その結果どうなるかは、目に写らないほどの速さで野盗の首を引き千切った事で既に示されている。

小細工無しで真っ向勝負…つまり殺し合いをするのならば、既にクロウはその身体能力に限るならば、金等級の上澄みですらも及ばないものと成り果てていた。



「え!?!?そうだったのかよ、いや、まあ…お前さんがそうまで思ってくれたのは嬉しいけれどよ、俺もハルカも大丈夫だ。今は少し寂しい思いもあるけどよ、すぐに元通りだぜ。俺たちでアーノルド達の仇を討った。その事実が何よりの慰めになる。だから気にするな。ところで最後の一撃は俺も見ていたが凄かったな。クロウ、お前は銀等級なんかにいていい男じゃないぞ。もっともっと上を目指せる男だ」


クロウは空を見上げた。


━━上か

━━もっともっと上に行けば、俺にも見えるのだろうか

━━俺の、逝く先が



宿に帰り部屋の扉をあけると、黒剣がその切っ先をクロウの頭部へギラリと狙いを定め、凄まじい勢いで突っ込んできた。

ぼーっと突っ立ってれば顔の真ん中を剣で貫かれて死ぬ事は間違いなかった。


だがクロウは右拳の甲を顔の前へ翳し、突っ込んでくる剣の側面を甲で叩き横へ弾き飛ばす。

がらんがらんと床に転がる剣を拾い上げると、埃がついていないかしっかり確認し、念のために綺麗に磨き上げた。


「やっぱり安い布じゃだめだ。磨いたはずなのに良く見ると小さい糸くずがついてしまっている。縫製が甘いのか、素材が悪いのか分からないけれど、今度シルファさんへ相談しよう」


クロウは剣を丁寧に壁へ立てかけると眠りについた。

(明日はギルドへいこう。依頼を受けよう。勲章がもらえるような依頼がいいな…)



クロウは夢を見た。

ごめんねごめんねと纏わりついてくる黒い髪の毛の少女の夢だった。



朝。

目覚め、傍らに置かれている剣の柄を握るとクロウは宿を出て行った。

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