第7話:呪いの魔剣に殺されたい②


ダガンの説明をきいたクロウは自分なりにまとめてみた。

つまりはこういう事だ。

呪いの魔剣に、守護の力を帯びた愛剣をまとめて溶かして一本の剣にする。


すると、どうなるのか。


呪いと守護、その力がより強いほうが弱いほうを吸収するのだ。


━━吸収されてしまったほうの剣はどうなるのか


クロウが疑問におもっていると、ダガンは厳かに答えた。


「吸収されたほうの剣は、形も残さず崩れ去る。それじゃあ意味がない。だが、これが抗していればどうじゃ?2つの拮抗した力が交じり合うことで、新たな剣が生まれるじゃろうの」


「肝心なのはの、呪いの剣と守護の剣、両方が拮抗した力をもっていなければならんということだ。あまりに力に差がありすぎると、格は交じり合わずに強いほうの格のみが残る。呪いの剣はより強力な呪いを得るじゃろう。守護の剣も然りじゃな」


「もしお前さんがその愛剣を魔剣と食らい合わせるというのなら、結果がどうなるにせよその剣はくれてやる」


「わしがこの提案をしたのは…【声】が聞こえるほどに、そのボロボロになった剣がお前さんの為に働きたがっていたからじゃ」


「もしお前さんの愛剣が、魔剣の呪いに抗するものであるならば、呪いを糧とし新たな力を得、再び戦働きが出来るようになるじゃろう」


クロウが、もしこの話を断わればどうなるのか、と思っていると、ダガンがそれを察したかのように続けた。


「もちろん、断わってくれてかまわん。呪いを侮ってはならんという事に間違いはない。ただ、お前さんの愛剣は早晩、本当の意味で死ぬじゃろう」


クロウは思い悩むが、愛剣に触れたときに言葉に出来ぬなにかを感得した。

逡巡は短かった。愛剣はもし魔剣とやらに吸収されれば死んでしまうのかもしれないが、放っておいても死ぬ。


ならばワンチャンスにかけるほうが賢いのだろうとおもったからだ。

クロウが短くうなずくと、ダガンはクロウの剣を手に取り、カウンターにおいた魔剣の横へ並べて言った。


「……よかろう。やってみよう。暫く日にちをもらうぞ。まあ…7つ日が過ぎた頃にはすんどるじゃろ」


クロウは頷き、愛剣を一瞥して店を出て行った。



そして七日後。クロウが店へ赴くとダガンが一本の剣を差し出してきた。


その剣は黒い長剣であった。

漆黒の刀身を持ちながら光を反射することのない闇のような剣。


愛剣は魔剣を吸い込み、魔剣は愛剣を取り込み、そのふたつはひとつの剣格として生まれ変わった。

その剣をみてクロウは、自分の人生にぴったりだとおもった。

クロウはダガンに礼を言う。


ダガンは最後までクロウに同情するような表情をしていた。


(うーむ…はやまったかの…)


クロウを待っている間のあの剣の【声】ときたら!


だが普段できない良い仕事ができた、と鍛冶屋魂が満たされ気分自体は良いダガンであった。



愛剣は魔剣と融合したことにより新たな力を得たようだ。

魔剣の呪いの力を、愛剣は吸収したのである。

とはいえ、守護の力を持つ剣が災いを呼び込む魔剣の力を取り込めばいったいなにがどうかわるのだろうか?


個人的には、自己顕示欲を満たせるような死を賜ってくれれば良いとクロウは思った。

クロウはベッドに横になると、眠りについた。

翌朝、目が覚めた。


窓を開けると清々しい風が流れ込んできて、気分が晴れるような気がした。

朝食を食べて宿を出る。


ギルドへ向かうのだ。

ギルドに入るといつものように騒然としていた。掲示板の前に人だかりができていて、受付嬢たちは対応に追われているようだった。


クロウが掲示板を見ていると、肩を叩かれた。

振り向けば、そこにはシルファがいた。グランツとアニーはいない。


「こんにちは、クロウ様。依頼探しですか?」

「はい」

クロウは短く答えた。

ちらっとシルファを見ると、きょとんとした顔を浮かべ、すぐにああと察したようにつづける。


「グランツとアニーは買出しです。合同の討伐依頼が近々あるのです。私はギルドにお留守番ですね。合同依頼で一緒になる他の一党の人達もギルドにくるので、そういう人達とまあ顔つなぎの様な事をします。…あ!そうだ、クロウ様も」いいえ」


クロウが被せると、シルファは目をぱちくりさせながら残念そうに「そうですか…」と言った。


事はそのあと起きた。

背後から、クロウの肩を強く引っ張る者がいた。


「おい!こっち向け!なあ、お前がクロウだろ?死にたがりって言われてるらしいじゃねえか」


いかにもな風体をした荒くれものだ。

年の頃は30も半ばか。

ギルドタグは鈍い銅色。

銅級の冒険者である。

ガタイがよく、力には優れていそうだが、頭や人格の問題で昇級できないのだろう。


しかし王都ギルドではみたことがない。

とはいえ、ギルド所属の冒険者を全員見知っているわけではないのだが…


カタカタという音がする。


クロウが臆せずにじっと男の顔をみていると、男は虚仮にされているとおもったのかたちまち顔を赤くして怒鳴った。

「おい!何をみてやがるんだてめェ!」


その声に反応したのはシルファだった。

「ちょっとあなた、そんな言い方はないでしょう。この方は私たちの仲間です。」

シルファの声音は優しく穏やかだったが、怒りが含まれていた。シルファが怒っているところを見たことがなかったクロウだが、このときばかりは驚いた。

シルファの言葉に逆上した男は拳を振り上げた。


カタカタという音がする。


「何しやがる!!」

クロウは素早く動いて男の腕を掴んだ。

「なんなんだテメエ!!放せ!!」


クロウは無言だったが、掴む力は緩めなかった。


カタカタという音がする。


男から殴られても、正直にいってクロウはどうでもよかった。

だがいくつかの理由でクロウは動かざるを得なかったのだ。

1つはシルファに塁が及びそうであった事。

そしてこれが火急を要する事態だったのだが、己の愛剣が鞘の中でカタカタと音をたて、不穏な気配を振りまいていたことだ。


愛剣は呪いの魔剣を吸収したという。

男の暴力的な気配に反応したのならば、放っておけばろくなことにならないに違いない。

だが、あるいはもう遅いのかもしれない。


不穏な気配は急速に剣呑さを増していくように思える。

不快感が、不安が、徐々に形になっていくような錯覚を覚えた。


「おい!ふざけんなよクソガキが!」

鈍そうな男もその気配にはさすがに気付いた。

しかし得たいの知れない恐怖にビビッていたら冒険者なんて出来ないと己を奮い立たせ、激昂してクロウに殴りかかってきた。


シルファや他の冒険者たちは息を吞んでみている。

男は気付かないのだろうか?先ほどから冷や汗が止まらない。


尋常ではない気配だ。


まるで、いまからこの場の全員が死にますと死神から言われているかのような気配だ。


クロウは男が空いた手を振りかぶると、その手が振り下ろされる前に、掴んだ腕を引き力任せに投げ飛ばした。

男が地面に叩きつけられると同時に、クロウは男の首にナイフの刃を当てた。


腰に差した鞘からは、もうカタカタではなくガタガタ、ガチャガチャと激しい音がもれていた。

クロウには聴こえる。理解できる。


愛剣の意思が、想いが、言葉にはならずとも理解出来るのだ。

━━━自分を使え、あなたを護る、こいつを殺す、敵を殺す、殺して護る



さすがにここで殺しはご法度だろうと、クロウはぽんぽんと鞘を叩く。


撫で回し、背中を叩くようにトントンといつくしんでやると、次第に鞘からの凶音は収まっていく。


「な……!なんなんだお前は!」

男は青ざめて震える声で言う。

一瞬で鎮圧する必要があった。


そうしなければ、クロウが何もしなくとも己の愛剣はその癇癪を破裂させていただろう。

そうなれば死人が出る。


男を死なせないため、被害を拡大させないための慈悲の暴力だ。


━━赤の他人のためにここまで気を遣わなければいけないとは


と内心辟易していた。


「そこまで!クロウ様!ギルド内での争い事はご法度です!それにあなたもこんな事をしてただで済むと思っていますか!?」


受付嬢のアシュリーの声が響く。

やっととめにきたか、とクロウはうんざりしつつ、男を放してやった。

さすがにこの乱暴な男も、ギルド職員の前では無体な真似はできないだろう。


「ちっ!」


男は舌打ちをしてクロウを睨みつけるとその場を去った。

「大丈夫ですか?」

「はい」

クロウが短く答えた。


大丈夫だったとも。俺じゃなく、あの男の命、そしてこの場の者の命が。


「あの方、王都の冒険者じゃありませんよね?見た事がありません。どこから来たんですか?あのような乱暴者がこの王都にいるなんて……」


シルファが不満げにいい、クロウと腰に差した剣を見ておそるおそる訊ねた。


「ところで、クロウさん、貴方は何者なのでしょうか?先ほどの動きといい、只者ではありませんよね。それに、その禍々しい剣は一体何なのですか?そのようなものは持っていなかったと思うのですが…」

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