第16話
一通り今後の方針を確認しあった後は、お互いに連絡先を交換し、履修スケジュールや空き時間等を見せ合いながらの雑談タイムとなっていた。そんな中、大地がふと気になることを思い出したといった様子で口を開く。
「そういえば部室の片付けで思い出したんだけど、なんか変なものが多くなかったか?」
「僕は書類の分類しかしていないから分からない。具体的に言え」
とりあえず返事はしたものの、全く興味無さそうな様子の秀一郎が先を促す。
「それが本格的に探索を出来そうな装備一式があったんだ。ヘルメットに高性能ライト、複数人同時に通話可能なインカムに、ナタ、ロープ、ピッケルに非常食も結構あったな」
「フィールドワークで遺跡探索やら洞窟探検でもしていたんだろう」
大地は自身が見つけた物品の数々を列挙していくが、それでも秀一郎は全く興味が湧かない様子で投げやりに答える。その手は忙しなく食器類をテーブル端に寄せていた。
秀一郎を真似た大地が食器を端に寄せて重ねようとすると、「皿の裏に油が付くから止めておけ」と秀一朗はすかさず制止する。
「でだ、そこまでならまだ分からなくもないんだけどさ、機動隊とかが持ってる盾あるだろ? 透明のやつ」
「ライオットシールドか。暴徒鎮圧用のポリカーボネート製のやつだな?」
秀一郎が顔を上げて大地を見やる。秀一郎の声音は少し真剣味を増していた。
「名前は初めて聞いたけど、たぶんそれだ。それがあった。他にも武器らしきものがいくつかあったんだ。スリングショットやら、警棒に、防刃ベストらしきものも。それから、空のタンクと瓶と布もセットでダースであったぞ。これ……アレだよな?」
「……」
「護身用でしょうか。少し心配性な方が多かったのでしょうね」
律がなんでもないことのようにさらっと言う。満腹になったのだろうか、うっとりした様子でたいそう満足げだ。
「あぁそうか。そうだよな。心配症だったらそれくらい準備するよな。……するかな?」
大地は不安を隠しきれない様子で結芽を問いつめようと結芽の方を窺う。しかし、こちらも満腹になって眠くなったのか、船を漕ぐように前後に揺れている。大地はますます不安になり、秀一郎の方を縋るような目で見つめる。
「それについては、また今度考えよう」
秀一郎は大地からも問題からも目を逸らすことにした。だが、先輩達が何か反社会的な活動をしていなかったか、過去の資料や活動記録から探ることを決心した。もし実際に証拠が見つかったら自分だけでも直ちに逃げようとも。
「さて、そろそろお開きにしようか」
大地のその言葉を皮切りに一同は会計を済ませ店を出る。
しかし、すぐに解散すると思われたその集団は、店の手前で何をするでもなくぼんやりと立ち尽くしていた。もう解散しても良いはずなのに、どことなく離れがたい。そのような、どこか形容し難い雰囲気に包まれながら、人通りの邪魔にならない場所で一同はしばらくそうして黄昏れていた。
特に残念そうなのが律で、逆に全く気にしていなさそうなのが秀一郎であった。しかし、その秀一郎もすぐさま立ち去ったりはせずに皆に付き合っている。とはいえ、酷使させられた手首を怠そうに解したり、服についた油臭さに嫌そうな顔をしたり、消毒ジェルを取り出したりと忙しそうではあった。
大地としても新たな仲間達といつまででもそうしていたい気持ちはあった。しかし、一人暮らしの自分はともかく、皆は家族が心配するだろうと気持ちを切り替えると、ハッキリとした口調で皆に帰路に付いて問いかける。
「先輩の家はここから近いのですか? 確か駒井は近くて、佐田は遠いんだったよな」
大地が尋ねると、結芽は眠そうに目を擦りながら指で方向を指し示す。指し示す先は駅とは反対方面であり、その様子からそう遠いわけでもないようだ。秀一郎と方角は同じらしい。
「そうですか。なら駒井は途中まで先輩を頼む。俺は佐田を駅まで送ってくるよ」
秀一郎は面倒臭そうに溜息を落とすものの、すぐに頷きを返すと、それとなく客引きと結芽との間に立つように歩き出す。やがて二人は人混みに紛れて見えなくなった。
一方、律はというと、二人の姿が見えなくなっても一向に駅に向かう様子を見せずに、先程までとは打って変わって暗い顔をしている。しかし大地が自身を見つめていることに気がつくと、平坦な口調でキッパリと断りを入れる。
「私に見送りは不要です」
「……なぁ佐田、お前家はどこなんだ?」
大地が問うと、律は叱られた子供のように俯いて押し黙る。その様子から事情を察した大地は、律に対し確認の問いかけをする。
「最初に聞いておけばよかったな。気を遣ってやれなくてすまん。もう終電は無いんだな?」
「謝らないでください。時間には気付いていました。自業自得です」
「どうして言わなかったんだ? 別に言い出しにくい雰囲気でもなかっただろう」
全く意図が読めない律の不可思議な行動に大地は首を傾げる。
「それは……友人と外食したのが初めてで、その、つい……」
律は伏し目がちになりながら恥じ入るように言う。その言葉と雰囲気から事情を察した大地は驚く。
律は基本的に無表情なため表情から内心を推察し難い。しかし、帰りを惜しむくらいには楽しんでいたのだなと大地は少しだけ意外に感じた。その心情を耳にした上で改めて本日の会を振り返ってみれば、今までの律の無表情が少しだけ違うものに感じられた。
「そうだよな。ハムスターみたいに口一杯に頬張っていたもんな。言い出せないわけだ」
大地が笑いをかみ殺すように堪えつつ軽口をたたくと、律はむきになって否定する。
「そこまで必死になってはいません。ですが、駒井君にはまたお好み焼きを作っていただきたいものですね。彼には才能がある」
「……そうだな。また一緒に行ってくれるといいな」
大地は遠い目をして呟く。本日の彼の酷使され具合を見るに、おそらく可能性は低いだろうと思いながら。腱鞘炎にでもなりかけているのか、帰りに手首を頻りに気にしていた秀一郎の姿が大地の脳裏を過った。
「まぁそれはいいとして、この後どうするんだ」
直前まで楽しげに上がっていた律の口角が下がる。そして、ぼんやりと自身のつま先を眺めて少し思案した後に、悲壮な決意を固めたかのように寂しげに口を開く。
「どこかで始発まで過ごします」
「どこかってどこだ?」
「それは内緒です」
律は勝気な表情で間髪入れずにそう言い放つ。しかし、その表情に反して、律の佇まいは不安感で満ちているように大地の目には映った。外食すらめったにしないらしい律からすれば、まだ見慣れぬ街の、深夜の街並みはさぞ心細いことだろうことは想像に難くない。
「……ふぅ。しょうがないな。それじゃあ付いて来てくれ」
大地は溜息を吐くと目的地も告げずに歩き出す。大地の見せるぶっきらぼうな態度に律は少しだけ困惑しつつ、どこへと問いかけようとするも、その前に大地が続けて言う。
「さっき自分で言っていたじゃないか。俺たちはもう友人なんだろ? 同じ同好会のよしみもあるしな。なんとかしてやる」
大地はやや乱暴に一方的に言い切ると、話はこれで終わりとばかりにスタスタと足早に歩を進める。残された律は大地の後頭部を見つめてキョトンとした表情を浮かべていたものの、ある事実に気付くと、直ぐさま小走りで大地に追いつき謝意を伝える。
「なんとかしていただけるのですね。それは大変助かります。お任せしますね」
律は弾むような声でそう言うと、大地の斜め後ろを付いていく。真横では無く斜め後ろなのは、耳まで真っ赤な大地への配慮故であり、また別の理由からでもあった。
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