黒き鏡の玉兎。
長月瓦礫
黒き鏡の玉兎。
漆黒の空に鏡のような満月が浮かんでいる。
月の裏側はどうしたって見ることができない。
鏡の裏を見ることはできないのと同じように。
「ハローハロー、迎えに来たよ」
夜空の浮かぶ鏡から、うさ耳が生えたタキシードが現れた。
夜の7時、人気のない住宅街、いきなし現れたイケメンに息が止まる。
「何ですか、アナタ……」
私の言葉なんて聞きやしない。
笑いながら手を取って、いちにのさんで跳んだ。
ウサギらしくジャンプして、マンションを超えて成層圏を超えて、地球を出た。
黒く長い耳が跳ねる。
ハードルみたいに軽々と超える。
およそ10分で月面着陸、私はきっとN番目の人類。
宇宙は広い。すべて観測できると思ったらおおまちがい。
私をさらったウサギがその証拠だ。
宇宙人かどうかも分からない。
「月の王国へレッツゴ~」
それだけ言って、ふわふわ跳んで月を歩く。
月はクレーターだらけの大地じゃなくて、いろんなウサギで満たされていた。
白いやつ、毛が長いやつ、ふくふくしてるやつ、とにかくいろんなウサギがいた。
みんな月に家を建てて暮らしていた。
ウサギたちの住む町の奥、ひときわ大きな建物が月の城。
月の王国はウサギたちの王国でもある。
和気あいあいと、ぴょこぴょこ暮らしている。
月の王国は鏡の魔法で閉ざされた。
人類が来るずっと前のこと、かぐや姫が宇宙戦争に備えて障壁を張った。
よその星からは何も見えないように、魔法の鏡で閉ざした。
鏡の国はすべてが反転する。
愚者は王に、王は愚者に、鏡の世界はすべてがさかさまになる。
だから、一般人の私は貴族になってしまうわけだ。
それじゃあ、訳知り顔で月へ連れてきたこのウサギは誰なんだよって話。
こんなイケメンは知らない。
でも、黒いウサギなら知っている。
制服のまま月の城に通されて、パーティーが始まった。
金銀プラチナを身に着けた豪奢なウサギたちでいっぱいだった。
蓬莱の球の枝の炒め物、燕の子安貝焼き、火鼠の皮衣煮、仏の御石の鉢割り、龍の首の珠ゼリーなど、月の国の特産品をふんだんに使用した料理が並んでいる。
「好きなだけ食べていいよ~、今日はパーティーだから!」
お皿を渡してくれたが、食べる気にはなれなかった。
虹色のスープや変な突起物、廃材を組み合わせたアートにしか見えなかった。
黒いウサギはにこにこと笑っている。
「どう、すごいでしょ? かぐや姫はすっごく優しいんだよ~」
「はあ……」
私はただ、ぼうぜんと立ち尽くしていた。
宇宙は広い。私の知らないことなんて、いっぱいある。
技術は常に進化し続けるから、昨日までの当たり前が存在しないのだろう。
目の前のウサギたちもそうだ。
「だから、そんなに心配しなくていいからね!
ここにいる人たちはみんないい人たちばかりなんだ!」
「……」
私の両手を握った。いい人たちばかり、か。
これだけウサギがいれば楽しくやっていけるのかもしれない。
「本当に楽しい?」
「もちろん! 友達もたくさんできたんだよ!
あそこにいるのがちなつ、その隣がジェニファー!
んで、イヨちゃんにだいふくさん!」
名前を呼ぶたびに、ウサギたちは手を振ってくれる。
名前の数だけウサギがいるとでも言わんばかりだ。
「ねえねえ、時間になるまで遊ぼうよ~。昔みたいに!」
私に牧草製のボールを渡して、裏庭へ連れて行った。
地球は半分暗かった。
明るいところは青くて、暗いところは転々と黄色く光っていた。
都市の光であることに気づいたのは、だいぶ後のことだった。
ボールを転がすと鈴が鳴って、黒いウサギはそれを追いかけて行った。
その先に穴があって迷路みたいになっていた。
「こっちだよ~」
穴の中で声が反響する。
鈴の音を頼りに探し回って、抜けた先は私の部屋だった。
牧草でできたボールには噛み千切ったような跡があった。
テーブルの上には黒いウサギの写真がいくつも並んでいた。
どうりで、見たことがあると思った。
いつも一緒に過ごしていたじゃないか。
どんなときも絶対にそばにいてくれた。
月でウサギがお餅をついてるんだって。
友達もいっぱいいるのかな。
かぐや姫もいるのかな。
いつか一緒に行こうね。
ああ、約束が叶ったんだ。
写真を手に取って、抱きしめていた。
夜空に浮かぶ月は鏡みたいに綺麗だった。
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