第754話終戦記念日
明日は、終戦記念日だ。戦後78年。明日こういうのを書くと、右寄りな人間と思われるかもしれないから、今日書いた。
太平洋戦争はホントに無謀だった。
統帥権なんてもんがあったから、軍の力は強大になった。
日本は大東亜共栄圏と言うことで旗を振るが、内実は物資がほしかったのだ。
出先機関の中国に滞在していた関東軍が暴走した。皆は驚いたが、満洲を手に入れた。
これを、国民は良しとして喜んだ。満洲は、夢の国であった。
当時陸軍大臣の東條英機は、近衛文麿内閣で総理大臣の時に啖呵を切る。
「私たちが抑えてきた、若い将校が何をしでかすかしりませんよ」と。
結果、近衛文麿内閣は崩壊し、東條英機内閣になる。
内閣では開戦派と非開戦派に別れた。
300万人が犠牲になった太平洋戦争はほんの数人の人間で決まる。
昭和天皇にどうやっても開戦せざるを得ず、開戦の日時とそこに至る経緯を上奏する際、号泣したという。今でこそ、反戦派がほとんどだが、当時の世論はアメリカと戦えと言っていた。
1945年に終戦。
東京裁判と言う不平等裁判でA級戦犯は死刑、B級戦犯は懲役と下され、東條英機は自殺未遂を経て絞首刑になる。
戦時、日本人はアメリカなどの軍隊を鬼畜米英と呼んでいたが、マッカーサーが日本にやってきて、日本国憲法の改定や徹底的な思想家などを取り締まり、日本はやっと息を吹き返した。そして、マッカーサーが日本を去る際、マッカーサーが搭乗した飛行機に向かって旗を振って。
そして日本国民は言う。
「日本が復興したのは、マッカーサー様のお蔭」と。
僕はまだまだ、戦後になったとは思わない。
この300万人以上の犠牲者を出したこの戦争の悲惨さを忘れてはならない。
民主化を進めて、未だに諸外国から15日の靖国神社参拝を咎められる。
この内政干渉が完全に無くなった時に、初めて戦後と言っていいだろう。
本日のオマケでした。
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