『結晶洞窟』の優しい女性魔王【パール・ソネット】は幽体転生者と肉体を共有する〔東方地域〕

楠本恵士

結晶洞窟にて

第1話・夢見の女性魔王

 異界大陸国【レザリムス】東方地域──さまざまな鉱物の結晶が、壁から露出している『結晶洞窟』


 球体が二つ繋がったような形の不思議な球体結晶や、十字型が浮かぶ結晶。

 薄いピンク色をしたバラの花のような結晶や。

 正方形が不規則に結合したような結晶もあった。

 その結晶洞窟の奥に、壁にとまった『炎光虫』の明かりに照らされる部屋があり、結晶を細工して作られた水晶ドクロの玉座に女魔王『パール・ソネット』がいた。

 白ヘビが鎌首を持ち上げたような、ヘビ角が頭の左右に生えていて。

 首の後ろ髪から、絡まった二匹の白ヘビの尻尾が垂れていた。

 目つきが鋭い、一見すると近寄りがたい雰囲気を漂わせている、女魔王が木製の食器に入っている甘い樹液を床に置いた。

 すぐさま、壁にとまっていた炎光虫が木皿に寄ってきて蜜を吸う。

 その様子に、女魔王『パール・ソネット』は目を細めて微笑んだ。

「うまいか、たくさん食べて洞窟を照らしてくれ」

 見た目と違ってパール・ソネットは、動物に対して優しかった。

 ソネットは、魔族の王としての威厳は多少は持っていたものの。 

 近隣の人間たちや魔物たちにも慕われて平和に暮らしていた──勇者一行が現れるまでは。

 勇者は、ソネットが女魔王と呼ばれていただけの理由で名声を得たいがためだけに。

 ソネットの居城に攻め込み、争いを好まない無抵抗の女魔王を城から追い出して、魔王の城を乗っ取った。


 ソネットが、木皿に群がる炎光虫を眺めていると、洞窟の外に出て食糧の買い出しをしてきた一つ目モノアイ種と悪魔種の混血で灰色服のメイド『ラブラド0号』が洞窟にもどってきた。

 ソネットがラブラドに訊ねる。

「町の様子はどうだ?」

「相変わらず、傲慢さを増した魔勇者が好き放題やっています……ソネットさまが魔力で掘った農業用水路も、埋め立てられていました……魔勇者は、よっぽどソネットさまの偉業を消し去りたいみたいです」

 0号の話しを聞いたソネットは顔を曇らせる。

「そうか、良かれと思って作った水路が埋められていたか」

「あたし、くやしいです! ソネットさまは何も悪くないのに!」

「わたしは、争いは嫌いだ」


 パール・ソネットは、物心ついた頃から森で一人で暮らしていた。

 粗末な皮の衣服を着て、獣のように山の中を走り回っていた。

 自分がどこから来たのか? 何者なのか? 家族はいるのか? すべてが謎だった。

 森の獣や魔獣たちも、人の匂いと、獣の匂いが混じったソネットには近づかなかった。

 ソネットは、いつも孤独で木の根元に自分で掘った穴の中で、独りで寝ていた。

『パール・ソネット』という名前も、森で休息していた旅の詩人が朗読していた詩集の中に出てきた言葉の響きを、気に入って自分の名前に使っているだけだった。


 森を一人で駆けていた頃のことを思い出す、女魔王パール・ソネット。

(すべてが、あの黄金の果実を口にしたコトがはじまりだった) 

 ある日、ソネットは森の中で黄金に輝く果実を発見した。

 甘い香りがする、その果実をかじった瞬間、ソネットは開眼した。

 自分が魔族であるコト。人の世の知恵と魔族の知識が頭の中に入ってきて人語がはっきり解せるようになった。

 そして、今まで体の中に眠っていた、魔族の高等魔力が覚醒した。

 その後は、とんとん拍子に上昇気流に乗り。

 ソネットが成人になった時──崇められていた魔族たちから、押し上げられる形で女魔王となり。

 廃墟だった城を村から買い取り改装して、魔王城とした。

 さらに、魔族や人間の子供たちに楽しんでもらえるように、城の近くに迷路も作った。

 廃墟城を購入する時に、ソネットが交渉した村人は城について語った。

「あの城は、今は草木が繁っていますが。随所がえぐれたようになっています……昔、魔王を名乗っていた者が住んでいて、家族そろって別の世界に転移したらしいですよ」


 回想しているソネットに、0号が言った。

「ソネットさまは、お優しすぎるんですよ……その気になれば、調子づいている魔勇者を瞬殺できるほどの魔力を持っているのに」

「強大な力は、使い方を誤れば猛毒になる……0号も、溶解光線をむやみに発射しないだろう」

「人間が溶ける姿は、エグいので見たくないです」


 急にタメ息を漏らしながら、玉座に座ったソネットが言った。

「実は0号、最近妙な夢ばかり続けて見る」

「どんな夢ですか?」

「霧の中に一人で立っているのだが、目の前に見知らぬ人間の少女が立っている……お互いに何をするでもなく見つめているだけの夢だ」

「その夢、何か他に気づいたコトありますか?」

「少女は変わった服を着ていたな」

 ソネットは傍らの台に置いてあった、沼ドラゴンの竜皮紙を手に取ると、小さな生きたタコが付いたタコスミペンで、竜皮紙に絵を描いて0号に手渡した。

「こんな服を着ていた」


 竜皮紙に描かれた少女の絵を見た、0号が言った。

「これ、アチの世界のパジャマですよ」

「パジャマ?」

「アチの世界の住人が、夜寝る時に着るモノです、東方地域の都市にいけば普通に売っていますけれど」

「ふ~ん、同じ夢ばかり見る理由が0号にはわかるか?」

「もしかして、ですけれど」

 ラブラド0号は、上目づかいの一つ目でソネットを見ながら言った。

「ソネットさまは、幽体離脱体質かも知れませんね……眠っている間に、魂が体から抜ける」

「それって、何か害があるのか?」

「仮にソネットさまが無意識に、魔力で幽体転生の自己登録でもしていたら──何かの弾みで幽体転生みたいなコトが起こるかも知れませんね、ソネットさまは何か願望とかあるんですか?」

「わたしの望みか……そうだな」


 少し考えて女魔王『パール・ソネット』が答えた。

「家族が欲しい……ずっと一人で森の中で生きてきたから。

わたしには家族というものが、どんなモノなのか正直わからん……魔族や人間の知人や仲間は多いが」

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