第381話 裏切り者
「ティル……。なぜ……?」
ここに……?という言葉は続かない。
緊迫した空気の中、どこ吹く風とばかりにいつもの調子で微笑むティルは、明らかに
しかもティルの足元には、彼に倒された
『まさか……。ティルもあの帝国の少年に洗脳された……!?』
一瞬そう考えるも、彼にはクラーク元団長のような狂気も、操られていた他の騎士達が見せていた、人形のように虚無な表情も見受けられない。
『裏切り』という言葉が脳裏をよぎる。
けれども、それを認めたくない気持ちも同時に湧き上がってきてしまい、胸が苦しい。
「ティル……!お前、何故仲間を……!?」
自分に剣を向けているアリステアの叫びを受け、ティルの視線が私から彼へと向いた。
「何故?栄えあるバッシュ公爵家本邸の副騎士団長様なら分かるっしょ?……お嬢様をお連れするのに、そいつらが邪魔だったからさ」
穏やかだった表情が、ギラリと研ぎ澄まされた刃のような冷たいものへと変わった次の瞬間、目にも止まらなぬ早さでティルがアリステアへと襲い掛かかった。
「――ッ!」
ギィン!と、刃物同士がぶつかり合う硬質な音が響き渡る。
そして、それと同時に闇の中、赤とも金色ともつかない、複雑な色の火花が散った。
「――ッなっ!?き……さま!力が!?」
咄嗟にティルと距離を取ったアリステアが驚愕の表情を浮かべた。私も今、目撃してしまった目の前の光景が信じられない。
何故なら……。ティルの刀と言わず全身から、彼の『魔力』が……まるで静電気のように、パチパチと弾け、迸っていたからだ。
「……嘘……そんな……!」
呆然と、言葉が口から漏れ出る。
今、このバッシュ公爵邸の内外には、帝国の『魔眼』持ちによって魔力妨害が施されている。だから魔力は阻害され、使えない筈なのだ。
……そう。もし使えるとしたらそれは……魔力無効を仕掛けた張本人しか……。
「――ッ!!ば……馬鹿な!?こ、この場で魔力が使える者など……!!」
同じ考えに至ったのか、再び後方に飛びずさり、間合いを取ったアリステアの表情と口調が驚愕に彩られる。
そんなアリステアを見ながら、ティルは小馬鹿にしたように小さく鼻を鳴らした。
「いない『筈』だよなぁ?でも残念!俺は使えるんっすよねぇ~、これが!あ、ひょっとして、副団長ば使えないんすかぁ~?」
言葉の最後、いつものような口調に戻り、ヘラリと嗤ったティルに、アリステアは普段の冷静さをかなぐり捨て、殺気のこもった射殺すような眼差しをティルへと向けた。
「……ふぅん……。そうか。あいつだったか……」
いつの間にか、私を覆い被さるように抱きしめていたフィン様が、ボソリと呟く。
その言葉が、認めたくない事実を突きつけているようで、私はギュッと、縋るようにフィン様の腕を掴んだ。
『お嬢様ー!』
「――ッ……!」
脳裏に、屈託のない表情を浮かべ、笑いながら嬉しそうに走り寄ってくるティルの姿が浮かんだ。
あの笑顔が、向けられる好意が全て嘘だったのか……と、不覚にも目の奥が熱くなり、目の端に涙が滲む。
「貴様……!答えろ!
「誰の?って、誰がぁ?あ、ひょっとして俺の事?」
「とぼけるな!!……流石にいつもと同等の力は出せていないようだが……。この魔力妨害の『魔眼』に、聖女の加護なくして抗える者は、帝国の……いや、王侯貴族の、濃い血に連なる者だけだ!」
アリステアの言葉が私の胸を抉り、堪え切れずに涙がポロリと零れ落ちる。
そんな私を慰めるように、フィン様の腕に力がこもった。
「答えろ!!貴様は帝国の、誰の命令で動いている!?どの皇子の手の者だ!?……まさか……皇帝か!?」
アリステアの言葉に対し、ティルの飄々とした表情が不敵なものへと変わった。
「さっきから……ごちゃごちゃと煩せぇんだよ!!」
ギィンと、再び刃がぶつかり合う音が響き、再び刃の打ち合いが始まった。
刀と剣がぶつかり合うたび、バチバチと火花が爆ぜ、アリステアの身体が不自然に揺らぐ。
「誰の命令で動いているかと聞いたな?……そんなの、あんたと同じく、腹黒で陰険で怒らせると超恐いご主人様に決まってんだろ?そんでもって、エレノアお嬢様を無事にお連れしないと俺、その陰険腹黒に殺されちゃうんだよねぇ~……っと!!」
ティルは打ち込まれる斬撃をことごとく避け、後方に飛びずさると、全身から噴き上がった魔力を素早く刀に込め、アリステアへと振りかぶった。
夜の闇を切り裂くように、目もくらむ雷撃がアリステアに向けて放たれる。
思わず防御の構えを取ったアリステアだったが、落雷のような衝撃と共に、ティルの攻撃が容赦なくその身を包んだ。
「ぐあぁっ!!」
「アリステアー!!」」
突然の閃光に思わず目を瞑りながら、アリステアの名を叫ぶ。
魔力を使えず、防御結界を張れない今、あんな攻撃をまともに受けてしまったら……。
「……ぐ……。うぅ……!」
「――ッ!アリステア……!!」
その場に立っているアリステアの姿を確認し、ホッと安堵の溜息をつく。
だがパチパチと、未だに爆ぜるようにまとわりつく雷撃の余波で、身体のあちらこちらから静電気のような細かい火花が散っている。
その身に纏う騎士服も所々が破け、焼け焦げたような臭いが周囲に漂う。
……が、驚いた事に、顔や手といった、露出した肌には擦り傷のようなものこそあれ、焼け爛れたりしてはいなかった。
「……チッ。流石は……か。中々しぶといな」
舌打ち交じりの、忌々し気な言葉が耳に届く。
途端、色々な感情が湧き上がってしまい、たまらず声を張り上げてしまう。
「ティル!!」
――なんで!?なんでこんなことを!?
言葉に出来なかった声が、そのまま胸中でグルグル巡る。
するとティルは私の声に反応し、こちらを振り向くと、
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クリス隊の騎士同士、戦闘スタートです!
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