第37話 王女との出会い
お兄様やモニカと別れ、俺は馬車で王宮へ向かった。
一人で、とは言うが当然使用人くらいはつく。お兄様は最初、使用人に紛れてついてこようとしていたが、それは俺が断った。
愛してくれるのは嬉しいが、少しくらいは妹離れして貰わねばお兄様の将来が心配なのだ。
「それで……お嬢様、まだ王宮に到着してすらいないうちからそんな有り様で、最後まで耐えられるのですか?」
「何言ってるの耐えられるに決まってるでしょそもそも耐えるってなにまるで俺がお兄様がいなくて寂しがってるみたいじゃん!!」
「みたいではなく、事実として寂しがっていますよね? あと、そろそろ私の前でも"俺"口調は改めてください」
めちゃくちゃ早口で捲し立てた俺の言葉を正確に聞き分けたリサから、バッサリと切り捨てられる。
いや、違うんだ、聞いてくれ。
王宮に行くと言っても、予定ではほんの一週間足らず。ちょっとした旅行みたいなものだ。
だから、最近ベタベタし過ぎだった分、クールダウンするにはちょうどいいと思ったんだけど……甘かった。
体が、体がお兄様の温もりを求めている……!!
「リサぁ……ぎゅってしていい……?」
「私はお坊ちゃんではありませんが、それでお嬢様の気が紛れるのでしたら」
リサに抱き着き、思いっきり体を擦り付けながら気を紛らわせる。
うぅ……お兄様をシスコンに堕とすはずが、俺の方が堕ちることになるとは……お兄様、恐るべし……!!
「お嬢様がチョロ過ぎるだけだと思います。……まあ、そのお陰で私もお嬢様をこうして堪能出来ますので、別にこのままで構わないのですが」
「リサ、何か言った?」
「いいえ、何も」
リサに撫でられながら、俺はお兄様のことを考えないためにこれから会うことになる王女のことを思う。
容姿はシグート王子と似てすごく美しいとは聞いてるけど、どうなんだろう。
性格は……離宮に閉じ籠ってるって話だし、やっぱり清楚で大人しいお姫様なのかな?
気になるのは、俺がグランベル家を出発する前。王女とのお茶会だと聞いたモニカがやたら焦り顔で俺を心配していたことだけど……理由までは話してくれなかったしな、よく分からん。
何となく、シグート王子の後ろに隠れてオドオドしている可愛い女の子の姿を想像しながら時間を潰していると、ついに王宮へとたどり着いた。
「何度来ても大きいなぁ……」
王宮の威容に慄きながら、王女が待っているという離宮へ案内される。
その途中、俺はシグート王子とばったり出くわした。
「やあ、ユミエ。久しぶりだね」
「王子! お久しぶりです!」
甘い微笑と共に手を挙げる王子へ、俺も笑顔で貴族の礼を返す。
最近はこういう挨拶にも慣れてきたから、だいぶ自然に出来ていたと思うけど、どうだろう?
そんな風に思っていたら、王子が俺の手を取って、そのまま甲へと口付けを落とした。
「怪我の影響はもうなさそうだね。君の可愛らしい姿を見られて良かったよ」
「あはは、ありがとうございます」
俺の心が男じゃなかったら、これだけでも堕ちてただろうなぁ……。
そんな風に思うくらい、王子の所作は一つ一つが絵になっていて輝いてる。
俺が《
「出来れば、このまま君を連れ去って、二人でお茶の時間と洒落込みたいところだけど……今日はリフィネの番だからね、大人しく身を引かせて貰おう」
「王子は、リフィネ王女とも仲がよろしいんですか?」
王子の口から、王女の話は一度だって聞いたことはない。
でも、だからと言って嫌っているという雰囲気でもなかったので聞いてみると、王子は少しだけ困った顔で首を横に振った。
「残念ながら、妹とはあまり交流がないんだ。僕とリフィネは母親が違ってね、政治的に少し難しい立場なんだ」
「そうなんですか……」
王子の残念そうな顔を見るに、今の関係を王子自身ももどかしく思っているだろうことは察せられた。
俺に何か出来るだろうか、と考えていたら、王子に頭を撫でられた。
「だからね、今日のリフィネと君のお茶会は、僕がそうなるように仕組ませて貰ったんだ」
「王子が?」
「ああ。僕には無理だが……君なら、あの子に寄り添ってあげられるんじゃないかってね」
少しだけ寂しそうに、王子は告げる。
その顔が、いつもの王子とは少し違う、"兄"として妹を想う表情に見えて……俺は、王子へと手を伸ばした。
「任せてください。私が王女の大のお友達になって、王子との仲を繋いでみせます。だから、王子は大船に乗ったつもりで待っていてください」
なでなで、と王子の頭を撫でながら、そう伝える。
まさか、自分が頭を撫でられるとは思っていなかったのか、少しばかりきょとんと目を丸くしていた王子は、少し間を置いて笑い出す。
「あははは……! やっぱり面白いね、君は。期待してるよ」
「はい! それでは、行って参ります」
王子にそう言って、俺は離宮へと向かう。
そんな俺の背に、王子は「ああ、そうだ」と一言付け足した。
「大変だろうけど、間違っても殺される心配はないだろうから、そこだけは安心してくれ」
「…………はい?」
えっ、殺される心配って何? 俺、王女とお茶をしに来たんだよな?
そんな、あまりにも不安に駆られる王子の言葉に震えながら、俺は離宮へと足を踏み入れる。
どこまでも広い、ドーム状の空間。
最低限の彩りとばかりに花が植えられてはいるが、王女が過ごす場所としては少し華やかさに欠ける気がする。
どちらかといえば、そう──修練場のような──
そう考えた瞬間。俺の体は、空高く吹き飛ばされていた。
「ひゃわぁぁぁぁ!?」
「お嬢様!?」
突如飛び上がった俺を見て、傍にいたリサが叫ぶ。
何が起きたのかさっぱりわからないけど、俺だって鍛えてるんだ、これくらいは対処出来る。
パニックを起こしそうな頭を必死に宥め、《
危なかった……と、バクバクと鳴り響く心臓を落ち着けていると、奥から声が聞こえてきた。
「わははは! 妾の仕掛けたトラップを凌ぐとは、やるではないか! 今日の相手は、いつもより遊び甲斐がありそうだ!」
腕を組み、堂々とした態度で現れたのは、おおよそ俺の想像通りの見た目をしたお姫様。
黄金の髪を頭の左右で結んだツインテールに、整った顔立ち。俺と歳は変わらないはずだが、身長はあちらの方が少し小さい。
想像と違うところがあるとすれば、今まさに浮かべている悪戯っ子そのものの笑み。八重歯がキラリと光る様は、まるで下町のわんぱく坊主と言ったところ。
「お前がユミエ・グランベルだな? 話は聞いているのだ! 妾こそがこの国の王女、リフィネ・ディア・オルトリアだぞ!」
そんな王女が、ドレスというには少しばかり短すぎるスカートを翻し、跳ぶ。
動きやすさ最優先といった感じのその服装は、とてもこれからお茶会をしようという雰囲気ではない。
そう、まるで──決闘でもするかのような。
「さあ……共に楽しい
そう言って、魔力を纏わせた拳を振り下ろす暴虐の王女を目の当たりにし。
俺は、全力でその場を逃げ出すのだった。
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