第22話 お兄様とのまったりタイム

 招待状ラッシュが一旦落ち着き、やっと俺にも平和な一時というものかやって来た。


 穏やかな朝の日差しに照らされて目を覚まし、リサに手伝って貰いながら身支度を整えるグランベル家での日常。


 頭を悩ませながら選んだドレスに身を包み、鏡の前でくるりと一回転。


 うん、今日も俺可愛い!


「ユミエー、準備出来てるかー?」


「はーい!」


 すると、ちょうどお兄様が俺の部屋にやって来た。

 今日はいつもの魔法修業ついでに、お弁当を持って庭でちょっとしたピクニックと洒落込む約束をしていたので、呼びに来てくれたみたいだ。


「お兄様、おはようございます!」


 笑顔満開、必殺のユミエちゃんスマイルと共に、お兄様に抱き着く。


 その途端、デレデレとだらしなく頬を緩めるお兄様を見て、計画通り、などと内心でほくそ笑む。


「ほら、そんなに引っ付いてたら歩けないぞ?」


「いいんです、今日はお兄様にたくさん甘えるって決めてますから!」


 グランベル家総仲良し化計画は上手くいき、今では俺もすっかり家族の一員として可愛がられている。


 だが、それに胡座をかいてしまっては、また何かのすれ違いで家族関係に亀裂が入るかもしれないし、ちゃんと可愛いアピールは続けていくべきだろう。


 断じて、長らく続いた招待状ラッシュに疲れたから、いたいけなお兄様のチョロ可愛さを見て癒されようなどと、そんな邪な気持ちは抱いていないのである。


「そうだな、ユミエもたくさん頑張ってたし、今日くらいは許してやるか」


「えへへ」


 年長者の余裕を見せようと頑張っているようだが、本当は甘えられて喜んでいるのが丸分かりだよお兄様。

 この世の男は誰しも可愛い女の子を甘やかしたい願望を持っているからな。間違いない。


「でもこのままじゃ本当に歩けないし……よいしょっと」


「わわっ」


 お兄様が、不意に俺のことを抱き上げた。


 いくら俺が小さいからって、流石にお兄様には重くないか? と思うんだが、問題ないとばかりに俺を撫でる。


「これなら引っ付いたまま移動出来るぞ。嬉しいか?」


「はい、とっても!」


 せっかくなので、俺もお兄様の好意に甘えることにする。

 首の後ろに手を回し、ぎゅっとしがみつく。

 そうすると、お兄様の表情が更にだらしなく緩んでいき、微笑ましさを覚えると同時……俺自身、お兄様の体温を直に感じて、心が安らいでいくのを感じた。


 ……俺も大概チョロいな、全く。


「それじゃあ、行くか」


「はい! リサ、行ってきます!」


「お気を付けて。敷地内から出てはいけませんよ」


「はーい!」


 リサに手を振って、部屋を後にする。

 お兄様に抱っこされたまま庭に出た俺は、いつもの魔法修業場までやって来たところで降ろしてもらい、早速魔法の特訓を始めた。


「むー」


 無数の泡を宙に浮かべ、光の魔法で次々に色を変えていく。ポイントは、全部一斉に変えるのではなく、それぞれ別の色にタイミングをずらしながら変えていくことだ。これがなかなか難しい。


 同時に、風の魔法で泡を巻き上げ、割らないように力加減しながら右へ左へと動かしていく。


 泡を生成する水の魔法、色を変える光の魔法、そして泡を動かす風の魔法。三つの魔法を並行する俺に、お兄様は感嘆の息を漏らした。


「いつ見ても丁寧な魔法だな。こういう細かい制御に関しては、もう俺じゃ敵わないよ」


「えへへ、お兄様みたいなカッコいい魔法は使えませんから、その分頑張りました。それに、私もまだまだですよ」


 理想を言えば、これを発動しながらも《光纒》と《風纒》を維持出来るくらいになりたいんだよな。


 何も魔法を使っていない状態でなら、この二つを常時展開しっぱなしにすることにも慣れて来たけど……社交パーティーの間、何があっても解除されないくらい、無意識に発動し続けられるようにしておきたい。


 まあ、俺の魔力量的に、そう何時間も持続させるのは無理そうだけど。


「ユミエは偉いな。けど、あんまり無理はするなよ?」


「分かってますよ。倒れたら元も子もないですから」


 病気で弱っている子がふと見せる甘えた仕草もそれはそれで可愛いものがあるけど、狙ってそれをするのは性格が悪いどころの話じゃない。それは俺の"可愛い"の美学に反する。


 俺の可愛さは、やっぱりみんなを笑顔にするためのものでありたいからな。


「むしろ、お兄様こそ大丈夫ですか? 最近は以前にも増して訓練に打ち込んでいると聞きましたけれど」


 お兄様は俺の魔法修業に付き合うのみならず、それとは別に剣と魔法の特訓を行い、更にはお父様の後を継ぐための後継者教育まで始まったと聞いている。


 俺はどこまでいっても自己満足でしかないからなんともないが、お兄様は実際に将来領地を任されるってプレッシャーの中でそれをやってるんだ。

 お兄様がそれに押し潰されないか、妹としては心配にもなる。


「それこそ大丈夫だよ、俺も好きでやってることだからな。……シグートなんぞにうちの妹はやらん」


「あ、あはは……」


 どうやら、以前言っていた「ユミエが欲しかったら俺を倒してからにしろ」というのを、本気でやるつもりらしい。


 シグートなんぞって、一国の王子をそんな風に言っちゃダメですよお兄様。


「じゃあ、こうしましょう。まだお昼まで時間もありますし、二人でお昼寝します!」


「昼寝? 今から?」


「はい! 私に無理したらダメだって言ったんですから、お兄様も当然付き合ってくださりますよね?」


 ね? と、笑顔で圧をかけながら迫ると、お兄様はたじろぐ。

 やがて、お兄様は観念したかのように溜め息を溢した。


「分かったよ、それじゃあちょっと寝るか」


「はい!」


 木にもたれかかったお兄様が、自分の膝をポンポンと叩く。どうやら、膝枕してくれるつもりらしい。


 素直にそれに従い、膝に頭を乗せて目を瞑ると……しばらくして、お兄様の寝息が聞こえてきた。


「すぅ……すぅ……」


「……やっぱり、疲れてたのはお兄様の方じゃないか」


 穏やかな寝顔を見つめながら、俺はくすりと笑みを溢す。

 ゆっくりと体を起こした俺は、お兄様が目を覚まさないようにそっと魔法で体を支え、俺の膝の上に頭を乗せる。


「お休み、お兄様。いい夢を」


 お兄様にそう囁きながら、俺はまったりと昼寝の時間を過ごすのだった。

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