花を食み、空を飛ぶ

きこりぃぬ・こまき

第1話 道路の真ん中で眺める青空

 希死念慮。自殺願望に比べるとあまり知られていないように感じられる言葉。漢字を並べれば想像つくかもしれないが、きしねんりょという響きだけを耳にすればなんだそれと首を傾げる者も多いだろう。その言葉と無縁な人たちはいつまでもそのままでいてほしい。こんな言葉と縁を結んでしまった方々、ようこそ陰鬱とした日々へ。同じ悩みを抱える同士たちと手を取り合って乗り越えよう! などと声高々と言えば誰かしらはその仲間とやらがいたらこんな苦労をしていないと苦情をつけてくるだろう。分かる。その気持ちよーく分かる。おっと、口先だけならなんとでも言えるとかそういう言葉は勘弁してほしい。なにせ、俺もそんな陰鬱とした日々を過ごしているのだからね。

 そもそも希死念慮と自殺願望は何が違うのか。同義として扱われることも多い。俺としてはおいおいまじかよ、勘弁してくれ。それはキャベツをレタスだと言い張ってサラダに盛り付けているくらいとんちんかんなことを言っているぞ。などと肩を竦めて溜め息を吐き出したくなる。

 余談だが、溜め息を吐くと幸せが逃げるなんて台詞を時折漫画などで見かけるが、あれは溜め息を吐き出した程度で溢れるほど幸せに満ちている奴だからこそ言えるものだと思う。ちなみに現実でそのようなことを言っている奴は見たことがない。

 本題に戻ろう。希死念慮と自殺願望の違いについてだ。自殺願望というのは解決し難い問題を前にしたときに死を選択しようとする状態のこと。つまり逃避手段である。死を逃げ道に選ぶとはなんて弱いことだろうとか、死ぬくらいなら他の手段をとればよいのにとか。好き勝手言う奴はいる。そして、希死念慮とは具体的な理由はないが漠然と死を願う状態のことを示している。それこそ理解できない、理由がないのに死にたいと思うなんて命を粗末にしていると騒ぐ奴らはいるだろう。そういう人たちにはこう返そう。


 部外者は黙っていろ。


 この場合の部外者とは赤の他人のことを指す。若者が自殺した旨がメディアで流れる度に哀れむ奴やSNSで同情に酔いしれるような奴のことである。

 特に腹立たしいのは自殺の理由をあたかも探偵気分で推理して、それを真実であるかのように語り、噂に尾ひれ背びれをつけ、根も葉も生やす行為だ。もちろん、遺書が置かれていれば、そしてそこに虐めだとかブラック企業だとか明確な原因が書き記されていれば徹底的に調べるべきだ。しかし、そうでなければそっとしてほしい。自殺を選んだ奴は原因がなんであれ、現在の環境がどうであれ、自分の逃げ道がそれしか見えないくらい思考も視野も狭くなっているのだから。

 そうなる前に誰かに相談すべきだった? それができるなら最初から辛いことから逃げる選択肢に死をいれることはない。そして、それができないことを本人に直接言ってはいけない。言われてしまえばそれすらできない自分を更に責めて自己嫌悪の沼に沈むことになる。

 だから繰り返しになるが、重要なことなのでもう一度言わせてもらう。部外者は黙っていろ。放っておけ。

 もちろん我が子の死に嘆き、悲鳴をあげる両親にまでそのようなことを言うつもりはない。それは当然の反応だ。苦痛を乗り越え産んだ我が子が、苦労を背負って育てた愛しい子が。自分よりも先に命を絶ったとなれば発狂をしたくなる。

 ちなみに、そこに愛情がなかったとしても悲鳴をあげるのも当たり前だと俺は思う。子育てに必要な資金はおよそ三千万後半と言われている。愛情がなくとも、先行投資として金をかけていたと考えれば悲鳴の一つや二つあげたくなるだろう。ご愁傷様。


 さて、話が再び脱線してしまったので本線に合流しよう。

 序盤に語った通り、俺も希死念慮に苛まれる陰鬱とした日々を過ごしていた。きっかけは覚えていない。記憶に残らないほどささやかな出来事だったのか、もしくは記憶から消し去りたいほど辛い出来事だったのか。そのどちらかだろう。どちらもありえる。

 後者は当たり前として、前者のように記憶に残らない出来事のせいで死にたい思いを引きずるのかと思う奴がいるかもしれないが、ここはあえて声高々に肯定しよう。

 それが他人にとってはしょうもないことだとしても、本人の記憶に残らないささやかなものだったとしても。そのときの自分は深く傷つく出来事だったのだ。十年二十年経とうと、ふっと脳裏を過ぎる。そのときの自分が衝撃を受けていれば、三十年四十年経とうと影響を及ぼすのだ。小さな歯車が紛れ込むことで全ての歯車を狂わせるように、きっかけは人生に支障をきたす。

 例えば恋人が何気なく放った言葉が刺さったとか。長年親しくした友人が吐露した言葉に抉られたとか。そういう日常的なものが心のわだかまりとなり、じわりじわりと自己肯定感とかを削っていく。そしていつしかちょっとしたことで自己嫌悪に陥り、死にたくなる。

 これはきっとどれだけ環境に恵まれていたとしてもなる人はなるのだろう。そしてならない人はならない。だから言葉には責任を持たなければならない。虐めなんて大それたことをしなくても、言葉一つで人の心とはくしゃくしゃに丸め込まれるのだ。そして丸め込まれた心を年月が伸ばしたとしても、刻まれた皺を除くことはできない。

 だから、今問題を抱えていなくても漠然と死を願う状態が続く。


 鬱々とした長話に飽きてきた。もしくは心当たりがあって気分が沈んできた頃合となるので、ここで一つ大事なことを明るい色で、弾んだ音で、声を大にして言おう。ここまで流し読みをしても読み飛ばしてもいいけれど、これだけはじっくりと読んでほしい。なんなら音読をしてくれても構わない。ここまで長話をしていた俺、迷井現まよい げんは。


 魔が差して、うっかり自殺してしまった!


 最後の晩餐はなんだったか。死のうと思って計画的にしたわけではなく、気付いたらうっかり自殺してしまったので普段通りの食べ物だったはず。

 ちなみに自殺の手段は覚えていない。先程述べた通り、死のうと思って自殺したわけではないのだ。日常的に起きる少し嫌なことが積み重なって、今日は最悪な1日だと心身ともに疲れて、流れるように自殺をしたのだ。衝動的ですらない。常々、希死念慮を抱えて過ごしていたから、その流れ作業で命を絶ったと言った方が適切だ。

 では、うっかりと自殺をした俺がなぜこんなにも長話しているのか。

 走馬灯視聴後の感想会?

 巷で流行りの異世界転生なんとやら?

 いいや、いいや。これはそういうものではない。ないと断言できるが、だったらどうして長話ができるのかという質問、俺の方がしたい。なぜ、俺は。


「グレー」

「え……ひっ、きゃあっ! 見ないでよ、えっち!」

「そんな風に覗き込むものだから見てほしいものかと」

「そんなわけないでしょ。もう、目を瞑って!」

「ぐえ」


 道路のど真ん中で大の字になって寝そべり、黒色の膝丈ワンピースを身に纏った少女に覗き込まれているのだろうか。

 俺の視線を釘付けにする物の色を呟くと、少女は慌ててワンピースを押さえ、頬や耳を赤く染める。その姿があまりにも愛らしいものだから、からかってみた。すると、今度は首まで赤く染まった。

 そして踏まれた。頭を踏み潰す勢いで踏まれるものなら怒れるものだが、少女は目を覆うようにやんわりと踏んだのだ。しかも裸足で。

 正直に感想を述べよう。これは何かに目覚めそうだし、ご褒美のように思える。誤解を招く言い方をしたが、俺は別にロリコンではない。しかし、男なら喜びたくなるシチュエーションではなかろうか。下着を見られただけで頬を染めるうぶな少女に、柔らかくて滑らかな足で踏まれるなんて!

 黒色のワンピースから伸びる生足は日焼け知らずの真っ白な肌。惜しいのは肉付きが悪くほっそりしているところ。男は少しぽっちゃりしている女性の方が好ましく思っている、なんてオブラートに包まず言わせていただこう。個人の性癖にもよるので断言はしないが、骨と皮と少しの脂肪の痩せすぎた体型よりも付くべきところに脂肪があるかつスマートなラインをした体型を好む男が多いはずだ。具体的に言うと胸と尻について、太ももは少々むっちりしている方が見応えも触り心地も良い。

 その点、この少女は痩せている方だ。その分、太ももからふくらはぎにかけてのラインは綺麗だし、若さゆえか肌も滑らかだ。目を覆うように踏まれている状態をいいことにふくらはぎを指先でなぞりたくなる。さすがにそれは言い訳のしようがないくらいアウトなので我慢するが。


「……あの」

「はい」

「確かに踏んだ私が悪いとは思うの。でもね、その……全部声に出ていてさすがに気持ち悪いよ」

「よし、殺せ。今すぐ殺せ。そして記憶を忘却してくれ」

「そこまでなの?」


 頬を引き攣らせた少女の顔にはドン引きの四文字がでかでかと書かれていた。ああ、なんて恥ずかしい。我ながら気持ち悪いことを言っていると自覚はあったけど、心の中ならば無礼講だと好き勝手言っていたのに。まさか全て筒抜けになっているとは。

 両手で顔を覆って足をじたばたさせる。まるで駄々をこねる子どものように。数秒後、いい年した男がやると気持ち悪いというよりも不気味だと思ったのですぐにやめる。


「うん、言っていることもなかなか気持ち悪いけどね。それ以上にぶつぶつと呟いている姿の方がやばいからね」

「俺って独り言の癖でもあったのかな」

「んー、初めましてでそこまでは分からないなあ!」


 気持ち悪い。やばい。心を抉る言葉をずばずばと口にするが、そこには悪意とか嫌悪を孕んでいる様子がない。ドン引きをしていたのは事実だが、陰湿さは感じられない。からりと笑ってただ感想を述べただけ。根っこから良い子なのだろう。初対面で顔を踏まれたけど。

 指の隙間から少女を観察する。俺が無言になったことに不安を抱いたのか、分かりやすく慌て始めた。両手を顔の前で左右に振り、俺を励ます言葉を探る姿はやはり可愛らしい。


「でもでも、内容が自分のことじゃなきゃ見ていて面白いと思うんだ。考えていること筒抜けで安心もする」

「きみが天使か」

「お迎え的な意味で?」

「心のオアシス的な意味で」


 どうやら俺の口につけられていたファスナーはがばがばに緩んでしまったらしい。それでも少女はころころと鈴を転がしたような笑い声をあげるだけだった。初対面の男にこんなこと言われたら変質者と認定して逃げてもいいようなものなのに。

 少女は膝を折ってしゃがみ込む。視線が近付くことで少女の顔立ちがよりいっそうはっきりと見えた。

 ぱっちりとした二重に焦げ茶色の目。長く伸びた黒髪。楽し気に浮かべられる笑顔はぽこっと笑窪を刻み、それが可愛らしい。どこからどう見ても普通の少女。出会い方がこうでなければ特に印象に残らないような。信号待ちの横断歩道や満員電車の中でも見かけそうな。それくらい普通の女の子だ。


「私は天使じゃないよ。んー、そう。ここの常連!」

「そんなにほいほい来るような場所なの?」

「分かんない。私以外の人を見つけるの初めてだし、夢の中だと思ってたから」

「そうだとしたら俺は君の夢の中に押し入った不審者だね」

「えっ、そんな!」


 嫌味とか皮肉とかではなく、事実を述べる。  もしも少女の言う通り、ここが少女の夢だとしたら。俺は突然現れ、そしてぶつぶつと独り言を呟く不審者だ。しかも内容も結構変態じみている。健全な男なら仕方がなかろう! と声を大にして言いたいが、された側としてはたまったものじゃない。

 けれど、少女は間髪入れずに否定した。それは彼女がいい子だからとかそういう理由からではなく、本当に俺を不審者として見ていないからだろう。この数度のやりとりで分かるくらい、少女は素直な子であった。少女は嘘が怖いくらいに上手だという可能性もなくはないが、きっとそんなことはないと信じている。

 もしもそうなら俺は一生女という生き物を信じられなくなりそうだ。その一生はもう終えてるはずなんだけど。


「ここには私しかいなくて、すっごく退屈してたの。だから他の人が来てくれてとっても嬉しいの!」

「俺みたいな不審者でも?」

「ふくらはぎ、触られてないし」

「許容範囲ひっろいな!」


 そこで許してしまうなんて少女の将来に不安しかない。会話を弾ませても動く気力がいっこうに湧かなかったというのに、心配のあまり飛び起きるくらい不安になった。そんな俺の反応が面白かったのか、少女は片手でお腹を抱え、片手で口元を覆って笑う。

 よく笑う少女だ。更に近付いた顔をじっと見つめていると、視線に気付いた少女は目を丸める。それから恥ずかしそうに視線を逸らし、ほんのり染まった頬を両手で押さえる。くるくる変わる百面相。見ていて飽きないので膝に肘を乗せて頬杖をつき、嫌がられるまでは眺めることにする。すると、少女ははっとした顔で両手を叩く。


「自己紹介がまだだったね。私は絵空えそら。きみは?」

「……現」

「素敵な名前だね! ところで現くん」

「なに?」

「道路の真ん中に寝そべるってどんな感じ?」


 そう尋ねる少女の頭上にはちょうど太陽が重なっていた。

 だからかな。興味津々と前のめりになる少女の笑顔は向日葵のように眩しかった


▷▶▷


 絵空と名乗った少女はこの世界のことを詳しく教えてくれた。詳しくと言っても彼女の知る範囲のことで、ここがどこか、なぜ自分たちはここにいるのかというものは分からずしまいだった。

 それでも分かったことは数点。ここは絵空にとって特定の条件を満たしたときに見る夢の世界で、絵空以外に人はいない。人以外の生き物もいない。そして、もう何年もこの夢の世界と現実の世界を行ったり来たりしている。

 ちなみに、その特定の条件が何かを聞いたら絵空は困ったような悲しそうな顔をして笑うものだから追求できなかった。

 という話を俺たちは道路のど真ん中で寝そべりながらしていた。せっかく起きたのになぜ再び寝そべったのか。それは、道路のど真ん中を陣取って眠る俺が感想を上手く述べることができなかったからだ。というか、俺はなぜここにいるのだろうという疑問ばかりを抱いていて感想も何も抱いていなかった。それを聞いた絵空は言った。


「やっぱり自分で体験するのが一番だよね!」


 と。おいおい、まじかよ。困惑で頬を引き攣らせる俺のことなんて気にせず、絵空は俺の隣で寝そべり始めた。

 最初は俺の真似をして大の字になっていたのだが、ワンピースでよく足を開こうとするな。いやいや、意図的に中を覗こうとは思わないさ。それはもう覗きだ、犯罪だ。だけど、黒色のワンピースから伸びる白い生足が大の字に投げ出されたら注視もしたくなる。その視線に気付いたのか、それともまた声にしていたのか。絵空は唇を尖らせて足を閉じた。そして今のようにTの字になっている。

 その状態のままこの世界について話始めたので俺は彼女への印象に一つ付け加えることにした。

 この少女、絵空は驚くほど自由でマイペースだ。


「ふふっ。道路の真ん中で寝そべるなんてどきどきしちゃう」

「え、そうか?」

「うん。人に見られたらどうしよう、車が来たらどうしようって」

「でもここ、人も車も通らないんでしょ」

「そうだけど、そうじゃなくて!」

 どうやらそういうことじゃないらしい。頬を膨らませて足をばたつかせる絵空に首を傾げる。

 彼女は言った。自分はこの夢の世界と長い付き合いだが、他人と遭遇したのは俺が初めてだと。長いこと自分以外の人と遭遇していないというのに、今更そこを心配する必要があるのだろうか。

 それとも、俺と遭遇したことで他にも人がいる可能性を考慮し始めたのか。

 そうじゃないという言葉の意味を理解しようと悩んでみるが、やはり分からない。俺がなかなか察せないことに痺れを切らした絵空は雲ひとつ流れていない青空に指をさす。


「今、この場は私と現くん二人だけのものなんだよ。だって道路の真ん中をこんな風に、めいいっぱい使ってるんだから」

「うん。うん?」

「普通ならいつ車が通るか分からない道路で寝転がるなんて危ないし、怖くてできないじゃん。でも、今、普通ならできないことをしていて、普通だったら見られなかったであろう景色を、綺麗な青空を見ることができる。すごくどきどきする。こんなにもどきどきすることを他の人も試して、皆も知っちゃうのはなんかやだ」

「意外。楽しいことは皆と共有したいタイプかと思った」

「楽しいことは皆と楽しみたいよ。でもこういうどきどきは二人だけの秘密にしたいじゃん」


 二人だけの秘密。なんて魅惑的な言葉なのだろう。好意的に見ている女の子にそんなこと言われたら思考停止して頷きたくなる。

 しかし、確かに。ざらついたアスファルトが肌に擦れる不快感。硬い地面は太陽に温められて熱く、寝心地が悪い。寝床にするには最低な条件。

 けど、あえてそこに寝転がって見る青空はなんだか新鮮で、いつもよりも綺麗に見えた。そんなこと、誰もが知っていたら新鮮さは薄れるし、いつもと同じ青空に見えてくるのかもしれない。絵空が言いたいことはそういうことなのだろう。

 なんて感受性が豊かな子なのだろう。道路のど真ん中で寝転がる。その流れで見上げた青空にそれだけのことを思えるなんて。


「絵空の人生って楽しそうだね」

「そう?」

「青空一つでそんな風に感動することができるんだ。なんでも楽しく思えるんじゃないかなって」

「うーん、そうかなあ。でも、そうかも。時間は有限だもん。目に映るものをただ流し見をして生きるなんてもったいないじゃん」

「ありふれた景色でも?」

「ありふれた景色なんて一つもないよ。例えばここ、住宅街でしょ」

「ああ。見覚えのない場所だけれど、見慣れた景色だ」

「それは現くんが何も見ていないからそう感じるだけだよ」


 むくりと起き上がった絵空はにんまりと笑う。イタズラを閃いた悪ガキのような、自分の閃きに天才かもしれないと酔いしれる子どものような。そんな無邪気な笑顔を浮かべる。

 俺はこの短時間のやりとりで絵空はとても素直で感受性が豊かな少女であると認識した。そして、自由でマイペースな子どもだと捉えた。

 だからきっと、これから彼女が提案することに俺の拒否権はないのだろう。あったとしても、うっかり自殺した後の俺にやることはないので暇潰しに乗るのだが。それが ──。


「私とこの住宅街をお散歩しよ! きっと楽しいよ!」


 それが、デートのお誘いというのなら尚更。


 かくして。希死念慮と戦う日々を過ごした末に魔が差してうっかりと自殺をした俺こと現と夢の世界の常連だという少女こと絵空は邂逅する。

 夢の世界で出会うとか、なんて運命的なのだろう! 生きていたら感動で打ち震えていたかもしれない。普通に可愛い女の子とこんな風に出会って喜ばない独り身の男なんていないだろう。女嫌いとか、厨二病拗らせて尖っている男じゃなきゃ。

 けど、残念ながら俺は既に死んでいる。もしかしたら自殺を図ったものの死にきれていないのかもしれないという淡い期待はしない。どうやって自殺したかは覚えていないけれど、俺は俺の身体は死んだのだと確信している。根拠は述べられないけど。

 ならばこれは希死念慮と戦い続けた俺に対する最期のご褒美なのかもしれない。打ち負けた俺にご褒美をくれるなんて神様も粋なことをする。


「なら、最期の夢を楽しむとしよう。付き添いの天使もいることだし」

「現くん。またなんか意味の分からないことを呟いていて気持ち悪いよ」

「絵空さん。気持ち悪いはやめよう。悪意も嫌悪もないのは分かっていても連呼されると傷つく」

「でも私、気持ち悪いものを気持ち悪いという言葉以外で表現する方法を知らないよ」

「うーん、素直だなあ!」

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