9月下旬の物語
第3話:-秋の夜に嗜む大人-【01】
それは、九月の下旬を迎えたばかりの土曜日の深夜のこと。
私、坑田 エトナは、現在仕事がフリーの状態になっている。
『編集部での月刊誌のメンバーを入れ替える都合で、来月号の発売が無しになってしまったんです。あと、ブラック体勢を指摘される前に、夏休みを全員に取らせるという会社的な都合もありまして……』
私の担当をしてくれている山梨さん(三十二歳・既婚)の言葉を思い出す。
収入に関しては、年間契約の都合と、企業側の都合でることを考慮して、一ヶ月空いても収入は保証されることが約束されている。
……まあ、私の場合は特別大きな収入というわけではないけれども、前月通販で様々に衝動買いしたクレジットカードの支払いに関しては、問題なく対応ができそうだ。
「それにしても、暇だな……」
私は仕事用の椅子に座り、背中を大きく伸ばしながら、突然生まれた一ヶ月間の休暇を持て余している最中だ。
この狭い部屋の中では、硬いベッドや床の座布団に座るより、奮発して購入したプロ仕様の仕事用の椅子に座っている方が、よっぽど身体をリラックスさせることが出来るためだ。
暇と言いつつも、この期間を利用して漫画のストックを作るというような生真面目な意欲はなく、どうせ一度はボツを喰らうのだからと、仕事をするという選択肢は除外している。
面倒くさがり屋な性格なので、部屋の掃除をしたり、料理をしたりという選択肢もない。
そんなことをするならば、この椅子で一秒でも長くのんびりすることを優先したい。
「はぁ、私の面倒くさがり屋スキル、かなり人生の足枷になっていないか……」
我ながら、天性で外すことのできないバッドスキルを抱えていることは喜ばしいことではないと感じている。
世の中の真面目さんは、よくメリハリを付けて生きる事が出来るなと感心する。
しかしながら、この椅子でただぼーっとして時が過ぎるのを待つ生活をして早三日が経過しているから、そろそろ何かをしないと勿体無い気がしてならない。
ただ、インドア生活に全力で勤しんでいる私だから、どこかへ出かけて息抜きをするという選択肢は無い。
自然の空気を吸うより、カップ麺の美味しそうな香りを嗅いでいたい。
だが、肝心のカップ麺を始めとする食料品関連が、そろそろ底をつきようとしている。
今週の頭にセールでまとめ買いを敢行したというのに、私の大食いスキルのせいで、冷蔵庫に詰め込まれていた生鮮食品達は絶滅寸前――
非常食として残していたカップ麺のダンボールの中身も、今朝空っぽにしてしまったばかりだ。
そして、面倒だからと食事を控え、今日の昼から何も食べずに長い時間を過ごし、現在、午後二十二時を回って現在に至る。
お陰で私のお腹は空腹だ。
動いていないが、自然循環で新たな食糧を体が求めている。
最近、生命の維持に危機があるというのに、私の面倒くさがり屋はそれを危機だと感じていないことに危機を感じている。
石器時代に生まれていたら、私は間違いなく先に餓死する民族だっただろう。
しかしまあ、これ以上の空腹は流石に耐えられない。
身体の苦痛に耐えてまで、椅子の上で自堕落な生活を送ろうとは思わない。
「……出るか」
私は、ボサボサになった髪の毛にシュッシュとスプレーをかけて寝癖を直し、軽く化粧をすると、上着を着て数日間篭りきっていた部屋から脱出することにした。
ガチャ……と扉を開けると、外の風が私に向かって襲い掛かってくる。
「涼しっ……そっか、もう秋だもんね」
熱気が完全に失われた空気を身体に受けて、ほんのりと心地の良い風を受けて秋であることを感じる。
七月から八月は仕事がごった返していた関係で、ずっとクーラーのかかった部屋の中で過ごしていたので、正直夏がどのように熱くて大変だったのか、私はよく分からない。
時折、窓の外ではしゃいでいる子どもたちの様子を見るに、まあ例年通りの暑さで夏休みを謳歌できるレベルなのだろうなというのは間接的に感じてはいたけれど……。
夏を体験できなかったのは、ちょっと残念だけれど、この年になって季節を満喫できなくても別にいいやと感じるようになったのは、大人になったのか、インドアになりすぎたのかはわからない。
しかし、こうして風一つで秋を満喫することに喜びを感じているということは、私もまだまだ季節を体験したい年頃なのだろうなと痛感する。
「秋といえば、食欲の秋だな……何か、旨いものは売っていないかな?」
夏の間、クーラの部屋にいたせいで、食欲の増減なんて全く持って影響はなかったものの、秋の独特の温度感というのは、なぜだか食欲を増幅させる。
インドア生活なので太らないようにと気遣っているつもりだけど、どうしても強い押しには弱い私だ。
二十二時過ぎなら、まだスーパーは開いている。
コンビニよりはバリエーションが多く、選ぶ自由は生まれるだろう。
何が売っているだろうか――
そんな期待を膨らませつつ、私は秋風が吹く道を歩きだす。
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