10.高田家お預かり

真理と高田が不機嫌度MAXであるのにも関わらず、二組の両親は和やかに会話が弾んでいた。


真理は騙された怒りと苛立ちから、両親達の会話はあまり頭に入ってこなかった。

時折、自分に話しかけられるのを、なんとか笑顔を作って相槌を打つのが精一杯だった。


だが、最後の父の言葉だけは聞き取れ、あまりの内容に耳を疑った。


「では、来週から娘をお願いします」


真理の両親は深々と高田夫妻に頭を下げた。


(はい?)


真理はこれでもかというほど目を丸めて自分の両親を見た。


え? どういう事だ・・・?


話の前後をまともに聞いていなかった真理は、その場で固まった。

そんな真理を、母親は呆れたように見ると、真理の頭を押さえるように下げさせた。


「こちらこそ宜しくお願いします。さあ、翔、真理ちゃんをお部屋に案内してあげて。その後、昼食を頂きましょう」


高田の母親は微笑むと、隣に座っている高田の腕を軽く叩いた。

高田は軽く溜息を付きながら立ち上がると、真理に向かって、


「こちらへ」


と言い、廊下へ出て行ってしまった。


真理は訳が分からず、座ったままポカーンと高田を見送っていたら、母親に頭を叩かれた。


「翔君が案内してくれるって言ってるでしょ! 早く!」


母親に急かされ、慌てて立ち上がると、高田夫妻にちょこんと頭を下げて、急いで高田の後を追った。


(な、な、何・・・? どうなってるの?)


廊下の先で高田が真理を待っていた。心底、嫌そうな顔で真理を見ている。

だが、真理はそれどころじゃない。何が何だか分からない。

高田の傍に駆け寄ると、


「何がどうなってるの? 意味が分からないんだけど!」


と、食い気味に尋ねた。


「・・・親たちの話、聞いてなかったの?」


高田は呆れるように尋ねるが、


「うん、だって全然頭に入ってこなかったから!」


悪びれるどころか興奮気味に答える真理に、高田は大きく溜息を付いた。


「中井さんのご両親が仕事で北海道に行っている二か月の間、うちで君を面倒見るってことになったんだよ」


「は? 何? 北海道?」


「仕事で北海道に行かれるんだろ? 君のご両親」


「・・・」


「その間、一人きりにさせられないから預かれってさ。・・・上手くやったつもりなんだろうけど、俺らを親しくさせようってね」


「・・・北海道・・・」


「悪いけど、俺は君と親しくなるつもりないから」


「・・・聞いてない・・・」


「は?」


真理は泣きそうな顔で高田を見上げた。


「聞いてない! 何それ、北海道って! 置いて行かれるってどういうこと?」


「・・・知らないよ、聞いてないなんて。それはそっちの家族内の問題だろ?」


「うっ・・・、確かに・・・そうだけど・・・」


真理は言葉を詰まらせた。

もう、頭の中がぐちゃぐちゃだ。


「とにかく、部屋はこっち」


頭を掻きむしっている真理を尻目に、高田はスタスタ歩き出した。

それに気が付き、真理は慌てて追いかけた。





高田に連れて来られた部屋は、それはそれは可愛らしく飾り立てた女の子らしい部屋だった。

その部屋の前で二人は無言で佇んだ。


「それじゃ」


高田は踵を返すと、その場立ち去ろうとした。

しかし、真理はガシッと高田のシャツの背中を掴んだ。


「ちょっと待ってよ! 高田君!」


「・・・何?」


高田は迷惑そうに首だけ振り向いた。


「何って・・・、一人で逃げないでよ。何で黙って言いなりになってるの? 何で阻止しないのよ?」


真理はグッと高田に詰め寄った。


「もちろん反対したさ。だけど、無理だった」


高田はやる気無さそうに首を竦めた。


「役立たず!」


「悪かったね」


「このままだと本当に許嫁にされちゃうわよ!」


「それはごめんだ」


「それこそ、こっちのセリフですー!」


鼻息を荒くして食って掛かる真理に、高田は溜息を付くと、無理やり真理の手を背中から引き離した。


「お互い嫌がっていることは、親だって分かってるんだ。放っておけばいい。お互い認めなければいいさ、永遠に。あいつらに踊らされるなよ」


「・・・。そ、そっか・・・」


真理の動揺ぶりとは裏腹に、高田は妙に落ち着いている。

真理もその様子に何となく拍子抜けしてきた。


それもそうだ。認めなければいいのか、永遠に・・・。


思わず、感心したように高田を見つめた。


「と言うことで、来週から同じ家に住むんだ。せいぜい気を使ってくれよ。俺の生活の邪魔だけはしないでくれ」


「あ?」


高田の発言に、感心した気持ちは一瞬にして消えた。


「それじゃ」


再び立ち去ろうとする高田の背中を、真理はもう一度掴んだ。


「今度は、なんだよ!?」


高田は真理の手を振り払うと、苛立ち気に真理を睨みつけた。

しかし、真理はそんな高田に臆することなく詰め寄った。


「邪魔してほしく無かったら、もう一度、あなたのご両親を説得してよ!」


そして、何かを思い付いたような顔をすると、高田の襟首を掴んだ。


「そうだ! 私に生活の邪魔して欲しく無かったら協力して!」


「は?」


「協力してくれたら、晴れて許嫁解消できるわ!」


真理はキラキラした目で高田を見た。


「川田君を落とすの!」


「どこに?」


「恋に!」

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