完全██編14 心の空
アリアはあれから言葉を発していない。
村の外を向いてモンスターは来ないか見ている。俺もしばらくそうしていたが、同じところを見ていても意味がないことに気づいた。
沈黙も俺は苦じゃない。が、10分はお互いに黙ったままだ。いい加減に空も見飽きた。帰りそこねてやることもない。
ぼーっと。堀をながめていた。
あたりは真っ暗で、勇者の視力でも堀の水までは見通せず。暗黒だ。落ちたら悲惨だろう。
この村、入口以外は堀でぐるっと囲まれているな。あれか、
堀は村を四角く囲んでいるのではなく、一部がジグザグしている。掘る手間を考えれば俺なら直線を選ぶ。これは、意図がある。何だろ。
入口付近の堀が
堀が広がり池のようになってる裏には、重要な施設があって守ってるとかか。堀の水はどこから確保してるんだろ……。
村の東の方、ほど近くから川の流れる音が聴こえるからそれかな。そっちから、
すこし冷えてきたのか、アリアの横顔がすこし赤い。ような気もする。
俺は魔力が強すぎて、悪天候でさえ無意識にレジストしてしまう。燃える薪だって素手でつかめたからな、相当だ。集中して
就寝前の日課の魔法の訓練もある。そろそろ部屋に帰りたい。アリアに声をかけることにした。
「戻らないか?」
「……夜明け前には。勇者様はもう休んでください」
こいつ、寝ないのか? ちょっとびっくりした。
平然とした顔をしている。アリアはたしかに馬車でぐうぐう寝まくってたけどさ。元気すぎるぞ。
ふと気づいて辺りを見渡す。違和感が……、そうだ。村の自警団が見えない。アリアが帰らせたのか? あなたがたの代わりに警備するから、とか言って。
「そんなことをいつもしてるのか?」
「……ええ。馬車で移動するときだけですが」
「すげえな」
つい、うなってしまった。
旅で疲れていても夜警まで手伝うのか。村人のために。
いくら魔力が強くても、俺にはマネができない。アリアはまさに聖女だ。完全なる聖女。
その顔につかれは見えない。やさしい微笑みが浮かんでいる。むしろ、いつもより穏やかにも感じる。
アリアの細い肩。俺よりずっと弱い魔力。1割以下。頼りない。それなのに。
等身大のアリアを、俺の心がまた深く受け入れはじめていた。ずっと目を逸らして殺意を練り上げていたのに。理解するたびに距離が縮まる。レジストしきれない。
夜空の下で、小さな生き物がたてる音の世界にいるせいだろうか。
右手の薬指から魂がアリアとつながる。
そんな幻覚がまた。
このままでは。
俺のココロのカドが削り尽くされちまう。
強烈な危機感が、俺の口を開かせる。
「今日は休めよ。俺が立ってるから」
「よく寝ましたので平気ですよ?」
首をかしげる仕草が可愛くて胸が苦しくなった。
アリアには慣れた旅路でも俺には初めてのものだ。俺は今、つかれてるんだ。殺意が一滴も湧いてこないのは、そのせいもあるはずだ。きっと。
「あと少しで俺は戻るよ」
「はい」
また沈黙。
もう黙ったままでいることにした。今日は調子がわるい。
いろんな感情が浮かんでは夜の闇にとけていく。そんな中、アリアがこちらを向いた。
「……何かおもしろい話をしてください」
「ああ?」
おい、アリア。
お前までそんなことを言い出すのか。と思いながら舌を回す。すでに反射。ただの思いつきで。
「このはるかなる空の下、孤独を感じることがよくある」
目標。いい話感を出す。
それで満足させて俺は部屋で寝る。よし。頭の回転を加速させる。
「こんなに空は広いのに、なぜ俺はひとりなんだと。世界の広さが逆に孤独を深くするんだよな。そんな気分になることはないか?」
「……たまに」
「俺もある。この世界にきてからも。前の世界でも」
話しながら目をつぶって思考を高速回転させる。すこし調子が出てきた。思いつきで話のタネを芽生えさせる。
「前の世界、孤独だったんですか?」
「いや? 家族とも仲がよかった。友人も数人いた。それで孤独と言ったらバチが当たるな」
にやりとアリアに笑いかける。
先を続ける。恋人については当然ふれず。
「それでも孤独を感じるんだ。ふとした瞬間に。仲間と笑いあっている時の襲われることもある。そういうもんなんだよ」
「……そういうものなんですか」
「ああ。この世界にきてからは特に感じるけどな。この空の下に俺の理解者はいないんだとか、俺の魔力しかこいつら見てねえなとか」
「……それについては、申し訳ありません」
華奢な体がさらに小さくなる。ほんとうに調子が狂う。励ましてやろうと、笑顔と明るい声をなんとか作ってやる。
「いいよ、もういい。許すよ。まあ、こんなふうに空の果てまでひとりきりってことを、"
こんな感じで、勇者召喚に関する当てこすりをいい話風にして言ってやった。
ずっと言ってやりたかったが、それでアリアに恨まれたら損だからガマンしていた。このくらいで許してやるよ。
天涯。異郷。川から流れては消える
「そういや"天涯"なんとかって歌があったな」
「ふふっ。どんな歌ですか?」
昔、学校で習った古典がなぜか浮かんだ。とりあえず続ける。
「王に宮殿から追放された仲間に向けた歌。響きが綺麗でな。2000年語り継がれてる」
「すごいです。魔法の歌ですね」
「いいなそれ。そうかもしれない」
数千年後も異国の人々の口を動かして、心までも動かすことができるなんて、たしかに魔法みたいだ。得意の
「この世界でいうなら、魔族領域の近くに仲間が向かうことになるんだ。そこは
アリアの反応を見ながら緩急をつける。
「俺とお前はともに故郷をはなれて宮殿で働いていた。俺の心はお前とつながっている。たとえ空の端まで離れたとしても、俺の心はお前のすぐ隣りにあるから。そんな歌だ」
「素敵です。まるで……、恋の歌ですね」
「たしかに」
「ふふふっ」
笑ってしまったが、たしかにそのとおりだった。超解釈すぎるけど。
「たしか、"
ボッサードの法則によると物理的な距離と心理的な距離は同じだ。遠くに離れてしまえば心も離れる。思い出すことさえ少なくなる。
だが、
「俺はそこまで心が通じあった相手なんていないけどな。エミはアリアに洗脳されてるし」
「……あなたが、お願いしてきたんですよ?」
「まあなー…」
そういや俺も共犯だった。今日も好きに楽しんだ。恋人の顔がふと浮かんできて、最低な気分になる。ボッサードには勝てなかったよ…。
「俺がこの歌を初めて聴いたときは、別のことを感じたんだけどな」
「どんなふうにですか?」
ちょっと厨二っぽいからためらうが、そのまま言うことにした。
「この広い空の下で、俺たちはそれぞれが孤独な心を抱えたまま隣り合っている。みんな等しく孤独なんだよ。孤独の深さに違いはあっても大して変わらない。孤独という点で、みんなの心は同じだってね」
「ひねくれてますね」
「はははっ、たしかに!」
「かわいいです」
「うるせえな」
年下の女に可愛いとか言われてしまった。あの頃、俺も中学生だった。仕方がない。
アリアの深い青の瞳が俺に向けられる。
真剣な表情。
何かを言おうとしてごちゃごちゃ考えている顔だ。この顔だけならめちゃめちゃタイプなんだけどな。
「私ではダメですか?」
不意打ち。ばくんと心臓が鳴る。落ち着け。気付けば見つめ合う。潤んだ瞳。頭がくらくらする。魅了されている。洗脳は解けたはずなのに。
話の流れが記憶から飛んでいた。
これはあれだ。心が通じ合う相手とアリアじゃダメか。そんな話か。
言葉をまちがえれば取り返しがつかなくなる予感。
「そうなりたいと俺は思っている」
極上の笑顔。気づけば見惚れていた。あわてて目を逸らす。俺は今、だらしない顔をしている。
初めて見た。聖女の仮面はそこになかった。
「あなたでよかったです。あなたがきてくれて本当によかった」
白い頬が真っ赤に染まっている。俺はどうなっているかわからない。
頭が回らない。
なんだかくやしくて、こう返してやった。
「光栄です、聖女様」
うやうやしく頭をさげる。
思ったような反応を俺がしないから、少しむっとしている。
その顔さえ可愛かった。
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