完全██編16 エピローグ

【視点切替 マコト???】



 ああ……。

 アリア様……、その横顔……。

 お美しい……。


 隠れて付き合ってるメイドとは……。性欲処理にしか使えない、あの女ユーノとは全然違う。有象無象の女どもとは、次元レベルが……。生まれ持っての格が違うっ!


 ああ……。

 アリア様……。

 本当にお美しい……。


 真実の、聖なる乙女……。

 清らかで、私を包み込むような絶大な魔力……。

 まさに、……聖女様っ!


 だが……。


 アリア様の私を見る目は、……冷たい。こちらを見向きもしてくださらない。まるで私が存在してないかのようだ。私たち使用人たちを家具のように扱う……。


 ああ……、辛い……。

 それが、つらい……。



──俺の記憶じゃない。こんな記憶はない。



 ああ…っ。

 どこだ……、アリア様の部屋……。

 あそこだな……⁉︎

 ああ、なんて魔力なんだ……。


 寝てるアリア様の部屋のドアを壊して、男を知らないアリア様を襲う! 俺という存在を無理矢理ねじ込むっ! 清らかな体を、蹂躙するっ! ああ…っ、想像するだけでイキりたっちまうっ!


 やるぞ……。

 …………、やってやるっ!!


ガンッ! ガンッ! バギン!


 よし…っ! あ、アリア様、起きて……ッ!?


「……"風"」


ドッ!


「い、いてぇぇっ!?」


 一瞬。

 爆風と共に、宙を右手と5本の指が舞い散っていくのがゆっくりと見えた気がした。


「はぁ……。私もまだまだですね」


 み、右の手首から先がない! な、ない! あわてて残った左手で血を噴き出しつづける手首を押さえる。


「ひぃっ!」


 が流れ出して止まらない。絨毯に、今も血が流れている。俺のは、あとどれくらい残っているんだ!?


 死が目前だからか。この屋敷で働き始めてから初めて。アリア様を初めて見かけてからずっと頭にのぼっていた血の気が抜け、すこしだけ冷静になった。


 そして見上げた。


 ああ……。

 アリア様……、その青い瞳が、いま……。

 俺を見てくれている…っ!

 ああ…っ! なんて綺麗なんだっ!


「……"風よ"」


ドッ!


「ぎゃあっ! ひぃ、左腕があぁっ!?」



──俺の記憶じゃない。こんな記憶はない。



ゴッ! グジュッ!


「ひぃっ! いだいっ! も、やめて……」


「話せば止めてやる。なぜアリア様を襲った」


「何回も話してるじゃねえか…っ! アリア様とヤリたかったんだよ! てめえだって、どうせヤリたいんだろォア!?」


ガッ!


「ひぃ」


ドスッ! ゴッ!


 屈強な兵どもに代わるがわるボコボコにされて、汚ねえ床に這いつくばっていた。地下牢だ。何日経ったかもわからねえ。


 殴られて殴られて殴られて。


 日も射さないこの地下牢で、殴られるか、たまに腹を蹴られて同じことを聞かれるだけだ。腕で腹を守ってるが、両手の先はない。なかった。


 右は手首から先、左は肘から先がない。血は出てない。気絶してる間に回復魔法で傷を閉じられたらしい。くそっ。中途半端な治し方しやがって! 中に異物があって、そこがズキズキ痛えんだよ!


 治したのはアリア様だろうか? アリア様が俺を見つめたあの目を思い出す。この瞬間だけは、拷問されているのにニヤけてきちまう……。


「何を笑ってやがるッ!」


ゴンッ ゴンッ


 そうやって頭がおかしくなるまで殴られていたから、その声が聞こえた時は死ぬ前の幻かと思った。


「魔族の気配はありましたか?」


「あ、アリア様!?」


 うす汚ねえ地下室でも。アリア様の美しさは変わらなかった。もしも神がいるのなら、アリア様とおなじ見た目をしているはずだ。髪の先。まつ毛の先まで金に光ってて。ああ…っ。神々しかった。



──俺の記憶じゃない。こんな記憶はない。



 俺に隠す気はあまりなさそうだ。


 雑に少し離れて話してるのを、まだまともに聞こえる左耳を向けて集中する。


 なんとか俺の扱いがよくなるネタが拾いたかったし、何よりアリア様のエロい声が聞きたかった。


「隠してるのなんて下心だけ! とんだスケベ野郎ですよ! 既にメイドに手を出してる。それも2人ですよ? あげくの果てに、アリア様にまで夜這いをかけるだなんて! 万死に値します…っ!」


「そうですか」


 アリア様の声だぁ……。


「耳を裂いて放免するつもりでしたが。私の従者達に手を出すなんて。許せませんね。闇医者を使って治して、他所の屋敷で同じことを起こしたら……。わかりました」


 ヤバい。ダメだ。殺される。



──俺の記憶じゃない。こんな記憶はない。



コツ コツ コツ コツ コツ


 美しい死神の足跡が、ゆっくりと、近づいている。俺は死ぬ。それだけは理解できた。


 最期はアリア様の手に掛けてもらえる可能性がある。それだけが。俺の人生に残された唯一の楽しみだ。


 アリア様のあの美しい青い目。

 空色の瞳。

 そこに俺の姿が映るのは。

 一瞬でも、天上の快楽だった。

 俺を見てくれ。

 永遠に憶えててくれ……!

 ああ……っ!!!


「あなたを救いましょう」


「えっ!? アリア様……。こ、殺さないでくれるのか」


 ぞくっ。


 背筋が凍りつく。


 音はなかった。


 アリア様の膨大なすべての魔力が、この場から失われる感覚。


 そして奇跡が起きた。


 目が潰れるほどの光。この地下室を光が埋め尽くした。


 最初は頬。焼けるほどの熱と共に、痛みが消えた。


 そして足。腹。股間。頭。


 最後は、両手。


「手、手が!?」


 あるっ! 俺の手が治っている!


「あなたに試練を与えます」


 ああ…っ。アリア様…っ!!


 アリア様のふたつの瞳に俺が映っている。


 至上の快楽。股間が熱くて燃えそうだ。たまらねえ。どうせ助かるはずがねえんだ。


 二度と会えるかもわからない。それなら最期にと、股間を剥き出しにしてシゴき始める。


 はぁ……、はぁ……。


 もうイキそうだっ! もっと俺を見ろっ!


「あなたには魔王を討伐していただきます」


 ぞくっ。


 背筋が再び凍りつく。


 今、初めて気付いた。


 アリア様の目に俺が映っている。たしかに俺の姿が映ってはいる。


 それなのに。


 俺を見ていない。


 狂気をたたえたその綺麗な瞳は、俺の先に別の誰かを見ていた。俺のことなんか、一度も見ていなかったんだ。



「ふふふっ。勇者様?」



──俺にはこんな記憶はないはずなのに、俺はすべてを憶えている。血がかよった生々しい記憶として。俺じゃない、俺の記憶を。



✳︎



 夢と現実の間にある俺の意識が理解した。

 氷のように冷めきった理性を働かせて。

 完全理解の境地に至る。


 目を逸らしていた現実。


 揺らぐはずのない心の底。

 自己同一性という大地に。


    びきっ    びきり


 地割れがひろがっていく。


びきっ


 世界が崩壊する音がまた聞こえる。


 召喚の日。

 俺の精神は。魂が。心を。

 あの犯罪奴隷と融合した。統合された。


 アリアによって。


 そしてたった今。



 魂 が     し た。



 それが理解できてしまった。あの犯罪奴隷の記憶が今も流れ込んでくるせいで。


 ああ、あたまがいたい。


 クソがっ! 頭が割れるように痛いっ!



✳︎



 自己同一性。


 自己の同一性を疑うことは、途轍もないストレスだ。不可能できない。自分の完全否定はできるはずがないんだ。後悔しても無駄だ。


 想像しなかった。予想もできなかった事実が、いきなり足元に転がってきた。


 魂の融合。言語習得。洗脳。洗脳した奴隷との精神統合。魂を融合。真実。勇者召喚と洗脳の真実。勇者を支配する裏技。やっと。やっとすべてを理解した。


 これほど最悪の目覚めは二度とないだろう。



 殺そう。


 アリアを殺す。殺さなければ。俺の心が耐えられない。



───────────────────

      完全融合編 完

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      次回 聖女洗脳編

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